プレスリリース

「 矯正歯科治療で歯を動かせる範囲を広げる新たな方法を開発 」【小野卓史 教授、松本芳郎 講師】

公開日:2024.8.9
 
「 矯正歯科治療で歯を動かせる範囲を広げる新たな方法を開発 」
― 骨を作る薬を歯ぐきに注射して、歯を支える骨の損傷を防ぐ ―

ポイント

  • 矯正歯科治療において薄い、狭い、もしくは痩せた歯の周囲の骨(歯槽骨)に対して歯を移動する場合、歯槽骨の裂開※1が起こるリスクがあり、これを手術以外に予防する方法は確立されていません。
  • 本研究では、マウスの臼歯に矯正力を加え歯槽骨の裂開を引き起こす実験モデルを開発し、侵襲の少ない骨同化作用(骨形成)薬の局所投与により、歯槽骨の裂開を予防できることを初めて示しました。
  • 今後、矯正歯科治療の際の望ましくない歯槽骨吸収の予防や治療期間の短縮のみならず、より広範な領域での侵襲の少ない局所骨形成治療法の開発に発展することが期待されます。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 咬合機能矯正学分野の小野卓史教授、松本芳郎講師、斉佳大学院生らの研究グループは、口腔基礎工学分野の青木和広教授らとの共同研究で、青木教授らが開発した骨形成タンパク質(BMP)-2※2とOP3-4ペプチド※3から成る骨同化作用薬を局所に留めるゼラチンハイドロゲルとともに注入する骨形成促進法に着目し、新たに開発したマウスの上顎臼歯に加える矯正力で歯槽骨の裂開を起こす実験モデルに応用しました。その結果、骨同化作用薬を局所に投与して歯に矯正力を加えた場合、局所投与しないで矯正力を加えた場合に比べて歯根膜※4内の骨吸収と歯根膜外の骨形成双方の活性が高まることで歯槽骨の裂開※1を防げることを初めて明らかにすると同時に、骨量不足による歯の移動期間の遅延が改善する可能性と、これまで矯正歯科治療で歯の移動が難しかった部位にまで歯を移動できる可能性を新たに示しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金の支援のもとで行われたもので、その研究成果は、国際科学誌Scientific Reports に、2024年7月10日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 矯正歯科治療で歯を移動できる範囲は、元々歯槽骨の存在する領域によってある程度制限されています。臼歯の頬側への移動や前歯の前後的な移動、抜歯してから時間が経過して歯槽骨の幅が狭まったり、歯周病で歯槽骨の高さが失われたりしている部位などへ歯を移動すると、移動に時間がかかるだけでなく、歯肉が退縮したり、歯槽骨の裂開や穿孔などの歯槽骨の吸収、歯根の吸収などの望ましくない反応を引き起こしたりする可能性があることが知られています。歯槽骨の裂開などがあると、歯や歯肉の美的外観が損なわれるだけでなく、長期的には歯の寿命に悪影響を与えます。望ましくない歯槽骨の状態が生じるリスクがあると、どこまで、あるいはどのように歯を移動するかを決める矯正歯科治療計画の立案にも大きな影響を与えることになります。
 歯を移動する際の歯槽骨の不足と移動限界の問題を克服するために、これまで腸骨など他の部位の骨や人工骨の移植や骨再生療法などの外科的侵襲を伴う方法が主に検討されてきました。一方、より侵襲が少ない注入法などはまだ、十分検討し尽されているとは言えません。研究グループではこれまでBMP-2 とOP3-4 ペプチドを足場材となる顆粒状のゼラチンハイドロゲル(ニッケ社のご厚意により提供)に染み込ませて徐々に放出させる注入技術を開発してきました。

研究成果の概要

 このような背景のもと、研究グループは、マウス上顎臼歯の側方移動により歯槽骨裂開を引き起こす新たな実験系を確立しました。そして、8週齢に左側のみに注入した骨同化作用薬が、12週齢(注入4週目)から矯正力を付与した際の骨裂開に与える効果と、歯の移動量や骨リモデリング活性に対する影響について、以下の4群に分けて検討を行いました。
・Ctr群:骨同化作用薬の注入も、矯正力の付与もしていない未治療の対象グループ(左側を使用)
・Inj群:骨同化作用薬のみ注入したグループ(右側を使用)
・FA群:12週齢から14日間矯正力のみ付与したグループ(左側を使用)
・Inj/FA群:骨同化作用薬を注入し、かつ注入4週目から矯正力も付与したグループ(右側を使用)


図1.各群における元々存在していた骨と誘導した骨の経時的生体内マイクロCT画像とその解析

A.上顎第一臼歯遠心根の位置での前頭断画像による骨密度の解析 P:口蓋側(内側)、B:頬側(外側)

B.頬側の歯槽骨の幅の変化

C.6週目の平均的な歯槽骨の幅と歯槽骨の高さ

D.上顎第一大臼歯の頬側面の代表的な3次元再構成画像とFA群での歯槽骨の裂開(水色矢印) M:近心(前方)、D:遠心(後方)

 Ctr 群に比べInj群では歯槽骨幅は増加、FA群では減少しましたが、Inj/FA群では6週目の歯槽骨幅は同等(図1AB)、歯槽骨の高さはFA群のみ減少し、骨同化作用薬注入の効果が確認できました(図1C)。また、Ctr 群に比べInj群では歯槽骨の造成、FA群では5-6週目に歯槽骨が裂開しましたが、Inj/FA群では歯槽骨の裂開はなく、骨同化作用薬注入の効果が確認できました(図1D)。さらに、石灰化した骨の染色でも同様の所見でした。


図2.頬側歯槽骨での骨形成活動

A.蛍光二重標識による蛍光顕微鏡画像の代表例:アリザリン(赤色蛍光)は観察15日前、カルセイン(緑色蛍光)は観察5日前に投与

B.骨形態計測法による骨形成活性の評価
骨添加速度:1日あたりの類骨幅の増加量、骨形成速度(骨量基準):単位骨量あたり1日あたりの類骨幅の増加量

 蛍光標識画像により、骨芽細胞の活性を示す骨添加(石灰化)速度は、Ctr群よりもInj群、Inj/FA群で増加しました(図2A、B)。同様に、骨量に基づいた骨形成速度は、Ctr群と比較して、Inj群とInj/FA群の両方、すなわち骨同化作用薬の注入により骨形成活性の上昇を示しました(図2B)。一方、Inj群とInj/FA群の骨添加速度と骨形成速度に差はなく、歯の移動により骨形成の活性は阻害されませんでした。

図3.骨を吸収する破骨細胞を染色した組織像での骨形態計測と矯正力付与後の歯の移動距離
破骨細胞面(単位骨面積当たりの破骨細胞が存在する骨表面積)、浸食面(単位骨面積当たりの吸収窩の骨表面積):どちらも2次元で計測

 骨を吸収する破骨細胞を選択的に染める酒石酸抵抗性酸ホスファターゼ(TRAP)染色像では歯根膜に面する歯槽骨内面にTRAP陽性で多核の破骨細胞の出現が認められました。そのTRAP染色像での骨形態計測により、骨吸収の活性を示す破骨細胞面と浸食面の値から、矯正力を付与したFA群とInj/FA群では歯根膜側の骨吸収の活性が亢進して歯が移動し、骨同化作用薬の投与によっても歯の移動は抑制されないことが明らかとなりました(図3)。さらに、FA群ではInj/FA群に比べ矯正力付与開始14日目の歯の移動距離が少ないことから、骨量が少ない部位への歯の移動は停滞している可能性が示唆されました。

研究成果の意義

 これまで、奥歯の頬側への移動や前歯の前後的な移動、歯槽骨の幅が狭まったり、高さが失われたりしている部位などへ歯を移動する際には、歯根が歯槽骨から露出しないよう、非常に慎重に歯槽骨の外側に骨を形成しながら時間をかけて歯の移動を行うか、そのような部位へ歯の移動はリスクが高いもしくは不可能と考えていました。しかし、今回開発した方法が臨床的にも応用できるようになれば、リスクが高い歯の移動もより安全に行うことができるようになり、矯正歯科治療計画の立案にも大きな影響を与えることになります。また、骨量が少ない部位への歯の移動の遅延が改善できれば、治療期間が短縮する可能性も期待されます。
 さらに矯正歯科治療以外の分野、例えば歯周疾患の重症化が見込まれる部位への予防的応用や、歯周疾患や歯の欠損に伴い、歯槽骨の幅や高さが不足している部位に対する歯の移植治療やインプラント治療、義歯による治療においても比較的侵襲の少ない新たな骨増生法の選択肢の一つとして応用できる可能性があり、新たな予防法や治療法の開発へとつながることが期待されます。

用語解説

※1歯槽骨の裂開・・・・・・・・歯を支える周囲の歯槽骨辺縁の吸収と歯肉の退縮が生じ、歯冠寄りの歯根が露出することである。主に歯周病や外傷性の嚙み合わせなどに伴って生じるが、歯槽骨の量が不十分な部位への歯の移動によっても生じることがある。
※2骨形成タンパク質(BMP)-2・・・・・・・・Bone morphogenetic proteins(BMP)の一種でTGF-βスーパーファミリーに属する分泌型シグナル伝達分子である。もともと軟骨や骨形成の制御因子として発見され、胚形成や組織・器官の形態形成において様々な働きを持つ一方、局所骨形成を強力に誘導する成長因子で、既に欧米では骨形成促進薬として臨床応用され、優れた骨再生・骨癒合促進作用が報告されている。しかし、良好な骨再生を得るための高用量のBMP使用により、投与箇所の炎症反応や目的としていない部位にも骨が形成される異所性骨化などの副作用も報告されている。安全に使用するため、低用量のBMPでシグナルを効率的に伝える方法が模索されており、各種RANKL結合ペプチドを併用する方法もそのうちの一つである。
※3 OP3-4 ペプチド・・・・・・・・分子量1400ほどのRANKL結合ペプチドの一種である。RANKLとは核因子κB活性化受容体リガンド(Receptor activator of nuclear factor-kappa B ligand )の略称で、骨芽細胞・骨細胞などの骨芽細胞系の細胞に多く認められる。破骨細胞に存在するRANK に結合して、破骨細胞の分化・成熟を刺激するリガンド分子である。一方、OP3-4 ペプチドなどの新しい骨同化作用薬である RANKL結合ペプチドは、この骨芽細胞系の細胞のRANKLに結合することで骨吸収を阻害するだけでなく、骨芽細胞系の細胞を活性化することにより、BMP-2 が誘導する局所骨形成などを促進することが知られている。
※4歯根膜・・・・・・・・歯と歯根周囲を支える歯槽骨の間に存在し、歯と歯槽骨をコラーゲン線維で結合する軟組織で、食物を咀嚼する際の歯のクッション機能がよく知られている。この歯根膜が持続的に圧迫や牽引されることにより、歯根膜に面する歯槽骨の吸収や形成が生じ、生理的な歯の移動や矯正歯科治療による歯の移動が生じる。

論文情報

掲載誌: Scientific Reports

論文タイトル: Prevention of bone dehiscence associated with orthodontic tooth movement by prophylactic injection of bone anabolic agents in mice

DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-024-66617-6

研究者プロフィール

斉 佳(チー ジャー) Qi Jia
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 
咬合機能矯正学分野 大学院生
・研究領域
歯科矯正学、骨代謝学、骨形態計測学
松本 芳郎(マツモト ヨシロウ) Matsumoto Yoshiro 
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 
咬合機能矯正学分野 講師 
・研究領域 
歯科矯正学、骨代謝学、口腔組織学
 

小野 卓史 (オノ タカシ) Ono Takashi
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 教授
・研究領域
歯科矯正学、口腔生理学、睡眠医学
 

青木 和広(アオキ カズヒロ) Aoki Kazuhiro 
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 
口腔基礎工学分野 教授 
・研究領域 
硬組織薬理学、骨代謝学、骨形態計測学、口腔基礎工学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 小野 卓史(オノ タカシ) 
E-mail:t.ono.orts[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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