細胞内のHIVウイルス動態を高精度で可視化する新規感染系を確立
公開日:2024.4.9
熊本大学
東京医科歯科大学
鹿児島大学
~HIV感染の治癒を目指した研究の有用なツールになることが期待~
ポイント
- タイマー蛍光タンパクを活用したHIV-Tockyシステムという新しいウイルス感染系を開発し、HIVが細胞に侵入後のウイルス動態の詳細な可視化に成功しました。
- HIV-Tockyシステムを用いた解析によって、ウイルスの潜伏感染細胞が生じる際に、2つのルートが存在し、その2つの群における異なる潜伏の仕組みを特定しました。
- HIV-Tockyシステムを用いて作製した感染細胞モデルは、潜伏を標的とする薬剤で処理をした際に、従来のモデルに比べてより鋭敏に薬剤効果を判定できることから、今後のHIV感染の治癒を目指した研究において有用なツールになる事が期待されます。
概要説明
本研究結果は令和6年3月20日(現地時間)に英科学誌「Communications Biology」に掲載されました。
また、本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)エイズ対策実用化研究事業「革新的核酸解析技術によるHIV潜伏感染機序の解明と克服のための研究」からの支援を受けて行われました。
説明
HIVはレトロウイルス※4に分類されるウイルスであり、感染した細胞に自身のゲノムを組み込む能力を持ちます。このウイルスは感染した免疫系細胞に細胞死を引き起こすことで、エイズを引き起こします。その一方で、感染した細胞が全て細胞死に至るわけではなく、感染後細胞内でウイルス複製が止まって、潜伏感染というウイルス複製が休眠した状態になる細胞もあります。この休眠した細胞のゲノムに組み込まれたウイルスは、通常の抗ウイルス薬や抗ウイルス免疫の効果が及びにくく、そのことが抗ウイルス薬を中止した際のウイルス再活性化の一因となり、HIV感染の治癒を困難にしています(図1)。

図1:典型的なHIV感染者における血液中ウイルス量の推移を示した図

図2: HIV-Tockyシステムによる2つのウイルス潜伏ルートの可視化
左図:従来の方法では2つの潜伏経路が識別不可能であった。
右図:タイマー蛍光タンパクの特性により、2つの潜伏経路識別が可能となった。

図3: 2つの異なる潜伏ルートで異なる潜伏の仕組み

図4: HIV-Tockyシステムを用いた潜伏を標的とした治療薬の評価例(概念図)
左図:従来の方法でよく用いられる蛍光タンパクGFP※5はタンパクの寿命が56時間と長いのに対し、タイマー蛍光タンパクは青色が4時間で赤色に変化する。
右図:そのため、LPA(潜伏促進薬)によるウイルスの休止効果を鋭敏に検知可能。
本研究成果はHIV感染の治癒へ向けた、新たな研究ツールを提案するものであり、現在は治癒が困難であるHIV感染症の問題克服へ向け、一歩前進する研究成果と考えられます。
用語解説
※1: ヒトレトロウイルス学共同研究センター
HTLV-1やヒト免疫不全ウイルス等の難治性ヒトレトロウイルスの克服を共通目標に、熊本大学と鹿児島大学が大学の枠を越えて2019年4月に新設した研究センター。
※2: 蛍光タンパク
生物学や生物工学等の分野で広く使用されるタンパク質の一種。蛍光タンパク質は、その名のとおり、特定の波長の光を吸収し、それに応じて別の波長の光を放出する性質を持つ。細胞内の化学反応の場所や進行状況等を蛍光顕微鏡等の手法を用いて観察することが可能である。
※3: タイマー蛍光タンパク
特定の時間経過後に発光する蛍光が変化する蛍光タンパクの一種。一般的に、このタイプのタンパク質は、生物学的なプロセスや細胞内の出来事の経時的な解析に役立つ。
※4:レトロウイルス
逆転写酵素を有し、自らの核酸を逆転写して宿主ゲノムに組み込ませるRNAウイルス。ヒトに病原性を示すレトロウイルスとしてHIVの他にヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV;Human T-cell Leukemia Virus)が知られている。
※5:GFP
GFP(Green Fluorescent Protein;緑色蛍光タンパク質)は、緑色の蛍光を発するタンパク質であり、広く生物学の研究で利用されている。このGFPは元々、オワンクラゲから発見された。
論文情報
著者:Omnia Reda, Kazuaki Monde, Kenji Sugata, Akhinur Rahman, Wajihah Sakhor, Samiul Alam Rajib, Sharmin Nahar Sithi, Benjy Jek Yang Tan, Koki Niimura, Chihiro Motozono, Kenji Maeda, Masahiro Ono, Hiroaki Takeuchi & Yorifumi Satou.
掲載誌:Communications Biology
DOI:10.1038/s42003-024-06025-8
URL:https://www.nature.com/articles/s42003-024-06025-8
お問い合わせ先
(研究に関すること)
ヒトレトロウイルス学共同研究センター
熊本大学キャンパス
ゲノミクス・トランスクリプトミクス学分野
教授 佐藤 賢文(さとう よりふみ)
E-mail:y-satou“AT”kumamoto-u.ac.jp
研究室HP:https://kumamoto-u-jrchri.jp/satou/
(報道に関すること)
熊本大学総務部総務課広報戦略室
E-mail:sos-koho“AT”jimu.kumamoto-u.ac.jp
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
E-mail:kouhou.adm“AT”tmd.ac.jp
国立大学法人鹿児島大学 広報センター
E-mail:sbunsho“AT”kuas.kagoshima-u.ac.jp
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