プレスリリース

「 白血病阻止因子LIFは抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎関連間質性肺疾患の新規疾患マーカーとなりうる 」【沖山奈緒子 教授】

公開日:2023.4..3

「 白血病阻止因子LIFは抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎関連間質性肺疾患の
新規疾患マーカーとなりうる 」
― 世界初の皮膚筋炎関連間質性肺炎トランスクリプトーム解析 ―

ポイント

  • 膠原病の一つである皮膚筋炎のうち、抗MDA5抗体陽性患者さんでは、時に急速に進行して死に至る間質性肺疾患を発症することが知られていているものの病態解明は進んでいませんでしたが、今回、白血病阻止因子LIFが一つの疾患マーカーになり得ることを見いだしました。
  • 本研究では世界で初めて患者肺組織のトランスクリプトーム解析※1を行い、抗原提示関連因子や炎症性サイトカインの高発現を見いだす中で、白血病阻止因子LIFの高発現を新規に同定しています。
  • 抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎関連間質性肺疾患の患者さんでは血清LIF値も上昇しており、同じ皮膚筋炎関連間質性肺疾患でも抗ARS抗体陽性患者さんでは認められない現象であることより、本疾患特有の疾患マーカーであると示唆され、今後の病態解明の一助となるとともに、治療方針決定への応用が期待できます。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 皮膚科学分野の沖山奈緒子教授と市村裕輝非常勤講師の研究グループは、河北総合病院、筑波大学との共同研究で、抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎関連間質性肺疾患の疾患マーカーとなり得る分子として、白血病阻止因子LIFを新規に見いだしました。その研究成果は、国際科学誌Rheumatology (Oxford)に、2022年11月3日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 膠原病の一つである皮膚筋炎は、炎症性筋疾患の一つでもあり、特有の皮膚症状と、近位筋優位の筋炎によって診断されますが、間質性肺疾患を合併することも多く、患者さんの生命予後を左右します。また、皮膚筋炎では近年、複数の筋炎特異的自己抗体が同定され、その抗体ごとに特徴的な臨床像を呈し、サブグループ化されることが指摘されています(Okiyama N. Journal of Clinical Medicine. 2021)。そのため本邦では、筋炎特異的自己抗体の内、(抗Jo-1抗体を含む)抗ARS抗体、抗MDA5抗体、抗Mi2β抗体、抗TIF1γ抗体については、その測定検査が保険収載されており、日常診療で測定できる環境が整えられています。このうちの一つである抗MDA5抗体が陽性の皮膚筋炎は、日本を含む東アジアに患者が多く、血管傷害の強い特徴的な皮膚症状を呈し(Koguchi-Yoshioka H, Okiyama N, et al. British Journal of Dermatology. 2017, Okiyama N, et al. British Journal of Dermatology. 2019, Okiyama N, et al. JAMA Dermatology. 2019)、筋炎はないか軽度であるものの、間質性肺疾患が時に急速進行性であり、死亡率の高い疾患グループです。そのため、高用量ステロイドや、タクロリムスなどのカルシニューリン阻害薬、シクロフォスファミド点滴静注療法といった複数の免疫抑制剤を併用した集学的治療が行われています。その急性期死亡率の高さも相まって、病態解明は十分進んでいないものの、血液検体解析では、I型インターフェロン(IFNα/β)やインターロイキン(IL)-1β、IL-6、IL-8などの炎症性サイトカインの病態への関与が示唆されています。ただし、実際の肺組織でのこれらのサイトカインの発現上昇があるのかや、MDA5に対する自己免疫が病態に関与するかどうかなどは、未解析のままです。

研究成果の概要

 現在まで、国内外にて抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎関連間質性肺疾患症例の剖検肺の病理学的解析は17例ほど報告があり、そのほとんどが、びまん性肺胞傷害というタイプの病理組織像を呈したとされています。今回、抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎関連間質性肺疾患でお亡くなりになり剖検を受けられた患者さんの肺組織を用いて、トランスクリプトーム解析を行いました。この剖検肺では、やはり、びまん性肺胞傷害の病理組織像を呈していました。対照としては、年齢・性別が合致し、肺癌にて亡くなられた患者さんの正常肺組織部分を用いています。
 トランスクリプトーム解析では、対照群と比べて高発現していた遺伝子が395個、発現低下していた遺伝子が124個同定され、遺伝子オントロジーエンリッチメント解析※2においては、抗原提示関連遺伝子の顕著な高発現が特徴的でした。また、蛋白質相互作用ネットワーク解析※3では、抗原提示関連遺伝子である主要組織適合性複合体(MHC)クラスII関連の遺伝子クラスターが同定され(図1)、これはMHCクラスIIを介して抗原提示を受けるCD4陽性ヘルパーT細胞が病態に関与することをうかがわせる結果です。また、肺組織傷害を反映して、肺サーファクタント物質・細胞骨格に関与する因子や、コラーゲン関連遺伝子のクラスターも認められ、かつサイトカイン・ケモカインのクラスターも認めています(図1)。サイトカインでは、血液検体解析で発現亢進が示唆されてきた、IL-1β、IL-6、IL-8に加え、IL-6スーパーファミリーの一つである白血病阻止因子LIFの発現亢進が新規に同定されました。

図1 剖検肺の蛋白質相互作用ネットワーク解析

 研究グループは、このLIFに着目し、2015年4月~2019年3月の間に、我々の施設で診断した、間質性肺疾患を合併していた抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎12症例と抗ARS抗体陽性皮膚筋炎12例、さらに間質性肺疾患を合併していなかった皮膚筋炎(DM)10例の治療前血清検体と、健常人ボランティア12例の血清検体を用いて、ELISAにて血清LIF値を測定しました。そこで、血清LIF値は抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎関連間質性肺疾患症例にて有意に上昇しており、これは健常人や間質性肺疾患非合併皮膚筋炎症例のみならず、間質性肺疾患を合併している抗ARS抗体陽性症例でも見られなかった所見でした(図2)。つまり、LIFの発現上昇は、抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎関連間質性肺疾患特有の疾患マーカーであると示唆されます。

図2 患者群ごとの血清LIF値(ELISA)

研究成果の意義

 LIFはIL-6スーパーファミリーに属するサイトカインで、受容体であるgap130/LIFRβを介し、ヤヌスキナーゼ(JAK)-シグナル伝達兼転写活性化因子(STAT)系などのシグナル経路を活性化し、C反応性因子(CRP)などの急性期蛋白を誘導するとされています。肺では平滑筋細胞が主な産生細胞であり、様々な原因で急性呼吸不全に陥る状態の総称である呼吸窮迫症候群の症例の気管支肺胞洗浄液中での上昇が指摘されています。つまり、抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎関連間質性肺疾患では、他の皮膚筋炎関連間質性肺疾患と比べて、急性増悪を来していなくても、呼吸窮迫症候群と同様の病態が潜在的に存在していることが示唆されます。
 本研究の結果は、抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎関連間質性肺疾患の病態解明の一助となるとともに、近年本疾患への治療薬として報告されつつあるJAK阻害薬の有用性を理論的に裏付ける所見でもあり、かつ、疾患マーカー、特に治療方針決定に寄与する重症度判定因子や治療反応性モニター因子としての有用性の検討へ発展していくことが期待されます。
 最後に、闘病の末にお亡くなりになりました患者さんのご冥福を心よりお祈りするとともに、剖検と研究解析にご同意下さったご遺族の方々に深謝申し上げます。

用語解説

※1トランスクリプトーム解析:組織に蓄積するRNA全体を網羅的に解析する手法
※2遺伝子オントロジーエンリッチメント解析:遺伝子の生物学的プロセス、細胞の構成要素や分子機能によってグループ分けした遺伝子オントロジーを調べる方法
※3蛋白質相互作用ネットワーク解析:遺伝子により合成される蛋白の相互作用の関係をもとにネットワーク化して可視化する方法

論文情報

掲載誌:Rheumatology (Oxford)

論文タイトル: Relevance of leukemia inhibitory factor to anti-melanoma differentiation-associated gene 5 antibody-positive interstitial lung disease

DOI:https://doi.org/10.1093/rheumatology/keac632

研究者プロフィール

沖山 奈緒子 (オキヤマ ナオコ) Okiyama Naoko
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
皮膚科学分野 教授
・研究領域
皮膚免疫学
 自己免疫

市村 裕輝 (イチムラ ユウキ) Ichimira Yuki
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
皮膚科学分野 非常勤講師
・研究領域
 膠原病・リウマチ学
 自己免疫

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
皮膚科学分野 沖山 奈緒子(オキヤマ ナオコ)
E-mail:okiy.derm[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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