ピアサポート通信第21号 - 研究室に行こう

ピアサポート通信第21号 - 研究室に行こう

配信日:2024年4月10日


目次

  1. 第1節 
    ​​はじめに 研究室に通おうと思ったとき、考えること
    第2節
     研究室を探す
    第3節
     研究室見学に行く
    第4節
     先生と研究テーマを相談する (閑話休題:海外の研究室に挑戦する)
    第5節
     おわりに


    第1節 ​​はじめに 研究室に通おうと思ったとき、考えること
     
 研究室に行ってみたい、と思ったことはありませんか。先輩や同級生が研究室に通っているところを見たり、授業中に先生方が研究の話をしているのを聞いたりして、自分も実験や研究をやってみたいと思うことは少なくありません。嬉しいことに私たちの大学では、学年や専攻の別を問わず、また将来研究者になることを目指していない学生であっても、研究室に通って実験に参加することが可能です。しかしながら、いざ研究室に行く準備をしようと思うと、いったいどんなことから始めたらいいのかわからず困ってしまうという人も多いのではないかと思います。どうやって研究室を探したらよいのか、希望する研究室に見学に行けた際にはどんなことを質問するべきなのだろうか、研究室に通い始めたらどんなことを先生と話し合いながら実験や研究を進めていくのか、といったことを自力で知ろうとするとなかなか大変です。今回の記事では、こうした疑問について一緒に考えることで、それを踏まえて皆さんが自分に合った研究室を探せるようになることを目標にします。それでは、まずどのように研究室を探したらよいのか一緒に考えていきましょう。


第2節 研究室を探す

 自分に合った研究室とはどのような研究室でしょうか。このままだと質問が漠然としていて答えにくいので、この質問を「自分は研究室に通うことでどんなことを学びたいのか」というものに置き換えて考えていくことにします。研究室に通うことで学べることを挙げていくとまず思いつくのは、現在自分が興味を持っている分野について授業で学ぶこと以上のことを学び、その分野における最先端の事柄について考えることができるということです。その分野で最先端の研究をしている先生と議論をする機会も得られますし、そうした議論を行うために自習をしたり実験をしたりすることで、自分が興味を持っている分野についての基本的な知識を得ることもできるでしょう。次に思いつくのは、実験のやり方を学んだり研究の進め方を学んだりできるというものです。将来研究者にならない場合でも、何らかの形で研究に参加する機会を持つ人は多いので、学生のうちから実験や研究の進め方に少しでも親しんでおくことは必ず将来何かに活きるのではないでしょうか。

 このようなことを踏まえると、研究室を探すうえで知りたいことは主に以下の2点ということになりそうです。

  • (1) 研究内容:どのような研究テーマをどのような方法で明らかにしようとしているのか。その研究テーマはあなたの興味がある分野と接点を持っているのか。

    (2) 研究室の規模感:1)で確認した研究内容のうち、学生はどの部分に関わることができるのか。必要な実験手技や研究手法について、誰からどのような形で学ぶことになるのか。また、どれくらいのペースで実験を進めていくことができるのか。
このうち2)については研究室見学で確認できることが多いので、研究室を探す段階では主に1)について調べることになります。では、試しにいくつかの研究室について、一緒に調べてみましょう。

 研究室を探す際に、一番簡単な方法は、研究実践プログラムに参加している研究室の中から自分に合った研究室を探すことです。WebClassから研究実践プログラムについての資料を検索し、配属先の一覧表を見てみましょう。学生を受け入れ可能な研究室はたくさん列挙されていますが、ここでは例として、一番上に掲載されている中田隆夫先生の細胞生物学分野においてどのような研究が行われているのかを一緒に見ていきましょう。
 WebClassで細胞生物学分野のページを開くと、分野名や分野責任者の記載に続いて「研究内容」という欄がありますね。この欄をまずは見ていくことにします。学生はどんな研究に参加できるのでしょうか。はじめの段落には、
「研究は、自然科学における新発見を目標とします。たとえば癌の薬の開発は新発見というより癌で苦しむ人をなくすための研究であり、崇高な目的ですが、私たちの考える科学とは少し違います。私たちは生命の仕組みが知りたい、遺伝と進化という方法で多くの生き物をつくってきた創造者の設計図を見てみたい、その発想を知りたいのです。このプログラムではみなさんと発見の歓びを分かち合いたい。その結果として、人々の役に立てればこんなに素晴らしいことはありません。」
と書いてあります。治療や医療の改善に直結するような研究というよりは純粋に知識を探求する研究を一緒にする学生を募集しており、特に生命の仕組みについて研究したいということですが、より具体的な研究テーマの説明が次の段落に続いています。
「私たちの細胞は、様々な仕事を同時にこなしています。たとえば、細胞外からのシグナルをエンドサイトーシスしながら、核の中では転写を行い、細胞骨格を用いて突起を伸ばし、神経細胞ならシナプスを形成する。私たちはシグナルのセカンドメッセンジャーという言葉も習いました。サイクリック AMP や Ca などです。でも仕事の数に比べて、セカンドメッセンジャーの数は少ない。細胞は一体どうして仕事のプライオリティをつけているのでしょうか?」
細胞が様々な仕事をどのように優先順位をつけながらこなしているのかということが研究テーマになるようですが、WebClassには紙面の関係でこれ以上の説明が記載されていないので、もう少し詳しく研究内容を知るために、WebClassに記載されている細胞生物学分野のWebページ(https://www.tmd.ac.jp/cbio/reseach/)ものぞいてみることにしましょう。
 細胞生物学分野のWebページを開き、「研究テーマ」という項目を見てみましょう。ページを開くと冒頭に「光遺伝学を用いたシグナル分子の機能の解析」と書いてあります。「光遺伝学」と「シグナル分子の機能の解析」という2つのキーワードが出てきたので、さらにページを読み進めてそれぞれが何を意味しているのか読んでいきましょう。まずは研究対象である「シグナル分子の機能」というのが具体的に何を示しているのかを見ていくと、「シグナル分子」とは主にカルシウムのことを指しており、その主な「機能」とは細胞融合という変化を引き起こすことであり、この細胞融合という現象が細胞や組織の形成につながっていくものであることがわかりました。それでは、その現象を調べるための手段である「光遺伝学」とはなにかということになりますが、こちらはWebページを読んでいくと、光を当てることによって細胞内の特定の場所でのシグナル分子の量を調節する方法らしいということがわかります。つまり、WebClassに記載されていた研究目的である「生命の仕組みを研究する」とは、「光を当てることで局所でのカルシウム量を調節し、それによって細胞融合を通じた組織形成が誘導されていく様子を生きた細胞で明らかにしたい」ということであったことがわかりました。
 さて、この節のはじめにおいて、研究室を探す段階では「その研究室がどのような研究テーマをどのような方法で明らかにしようとしているのか」を知りたいと書きました。今、研究テーマについてはある程度分かったので、今度はそれを明らかにする方法(光遺伝学)について、手技のレベルまでもう少し具体的に知りたくなります。WebClassに記載されている資料には「分子生物学の他に光学顕微鏡、動画・画像解析ができます」と書いてありますが、ここでピックアップされている顕微鏡操作や画像解析はどのようなものなのか気になります。そこでWebClassに記載されている論文か、Webページに記載されている論文のどれかにあたってみることにしましょう。試みに、WebClassで一番上に載っている論文を参照してみましょう(Hironori Inaba, Qianqian Miao, Takao Nakata. Optogenetic control of small GTPases reveals RhoA mediates intracellular calcium signaling. Journal of Biological Chemistry. 2021 Jan 13;100290. doi: 10.1016/j.jbc.2021.100290. Online ahead of print.)。
 まず論文のAbstract部分を読みます。研究の趣旨としては、Rho/Ras family small GTPasesによって制御される細胞増殖や細胞分裂といった細胞構造の変化は、Ca2+によっても制御されるため、Rho/Ras family small GTPasesによる制御とCa2+による制御の間には影響しあう関係があるはずだというものだと書いてあります。そしてその関係を調べるための方法として、光遺伝学を使うとしています。具体的には、光刺激によってRhoAが活性化される光スイッチを作り、それによって細胞内Ca2+の上昇がひきおこされる過程を観察するとあります。つまり、先ほど確認した大まかな研究目的である「光を当てることで局所でのカルシウム量を調節し、それによって細胞融合を通じた組織形成が誘導されていく様子を生きた細胞で明らかにしたい」という流れの中においては、この研究は「光を当てることで局所でのカルシウム量が調節される」部分に焦点を絞った研究であるらしいことがわかりました。
 
 

 
 それではこの研究のどこに顕微鏡操作が出てくるのかということですが、Resultsの項目を読み進めると、光刺激によるRhoAの活性化状況を観察する過程で何やら顕微鏡による観察が行われているのがまず目にとまります。

Resultsを読むと画像Aは光スイッチについて説明していることがわかります。光が当たっていない状態ではmVenus-SspB-LARG-DHは細胞質内に分散していますが、細胞膜に偏在しているiLIDに458nmのブルーライトを照射することでmVenus-SspB-LARG-DHが細胞膜へと移動させられ(画像B)、細胞膜に位置しているRhoAの活性化が起こるようです。この論文ではRhoAの活性化状況を見る指標として、細胞膜へと呼び出されるmVenus-SspB-LARG-DHの光照射部位への集まり具合を観察対象としているようであり(画像C)、その下段のmCherry-RBD rhotekinを観察している実験ではmVenusがmCherryに置き換えられています。光照射部位とその他の部位でのmVenus-SspB-LARG-DHやmCherry-RBD rhotekinの集まり具合を時間経過にそって観察すると、どちらも光を照射している時間に光照射部位に集まってきていることがわかり(画像D)、光刺激により限局的にRhoAが活性化されることがわかります。ここまで読むと、この研究室では光スイッチによるシグナル操作を顕微鏡観察で記録していくようだということがわかり、実際に研究室に配属されたら取り組むことになるはずの手技のイメージもわきました。
 さて、今回はWebClassに記載されている研究室の研究内容について見ていく練習をしましたが、WebClassに記載されていない研究室はどのように調べればよいでしょうか。今回と同じ手順を踏んで、大まかな研究テーマから具体的な手技の順に調べていけばよいですね。例えば、三年生で一番はじめの科目である循環器の研究室に興味を持ったとします。その場合は循環器分野のHPを検索し(https://tmd-cvm.jp/)、「研究活動」のページに飛べば同じように研究テーマを調べることができますね。論文のリンクも掲載されていますから、大きな研究テーマの中でどの部分を追究する実験が行われているのか、またその詳しい手技の内容についても見ることができます。


第3節 
研究室見学に行く

 自分の興味に合う実験を行っている研究室が見つかったら、研究室見学を申し込みます。教室のHPや授業資料などに記載されている先生のメールアドレスにメールを送り、その教室の研究内容に興味を持っていることや、研究室に見学に行き実際に実験の様子を見たいことを伝えましょう。

 さて、スケジュール調整の結果研究室にお邪魔することができるようになったとして、実際に研究室に行ったらどんなことを聞けばよいのでしょうか。これは人によって様々な意見があると思いますが、私は第2節で書いたようなHPや論文を読んだだけではわからないことを聞けたら良いのではないかと考えています。研究内容を調べただけではわからないことというのはどんなものがあるでしょうか。これは改めて考えてみると難しい問題なのですが、なるべくスケールが大きい抽象的な質問から、より細々とした質問まで順を追ってリストアップしてみたいと思います。また、質問を考える際に、具体的な質問対象がないと抽象的な話に終始してしまい、何を聞くべきなのかイメージしづらいと思いますので、試みに先ほど取り上げた中田隆夫先生の研究(Hironori Inaba, Qianqian Miao, Takao Nakata. Optogenetic control of small GTPases reveals RhoA mediates intracellular calcium signaling. Journal of Biological Chemistry. 2021 Jan 13;100290. doi: 10.1016/j.jbc.2021.100290. Online ahead of print.)を研究室見学の際にザックリと説明されたと仮定して、具体的な質問を考えていきましょう。研究内容は「低分子量GタンパクのrhoAの光スイッチを作成し、光刺激によって細胞内カルシウムが上昇するシグナル経路を調べたところ、細胞によってカルシウムが上昇するまでのシグナル経路や反応が違うことが分かった」というものでした。これに対する質問を考えましょう。

1)個人的には、まず聞いてみたい質問というのは、その研究室の研究の全体像が分かるようなものではないかと考えています。つまり、その研究が明らかにしたことによって何がわかったことになるのか、最終的にわかろうとしていることは何で、そこに至るためには何がわかっていないのか、などということです。

例1)今回の研究では光刺激によって細胞内カルシウム量を調整することができるようになりましたが、今後どのような研究につながるのでしょうか

例2)HPには「カルシウムシグナルの調節を通じて、細胞融合を介した組織形成が誘導されていく様子を生きた細胞で明らかにしたい」とありましたが、今回の研究をこの最終的な目標につなげるためには、次はどんなことがわかる必要があるのでしょうか
例3)今回の研究では細胞内カルシウムの上昇がみられるまでの経路や反応の仕方は細胞によって異なることが分かったとありましたが、これは細胞のシグナル伝達について研究していくうえでどのような意義があるのですか

2) 
1)のような質問は今後の展望も含めた研究の全体像をつかむためには重要な質問であると思いますが、あまり抽象的な質問をしすぎても答えにくく、また具体的な実験内容に踏み込めないことも多いです。ですから、全体像についてザックリと把握したら、実験内容についての質問もすることで、研究の意図がより具体的にわかるのではないかと思います。具体的には、大きな研究テーマの中でなぜその実験内容に研究の焦点を絞ったのか、そしてそれを明らかにするためになぜその実験手法を選んだのかが気になります。

例4)数あるシグナル経路の中でもカルシウムに注目したのはなぜですか
例5)最終的な研究テーマである組織形成過程においては、カルシウム関連のシグナル経路はどのようなときに関わってくるのですか
例6)光スイッチによるシグナルの操作を導入することで、どのようなことが新たに検証できるようになったのですか/なぜこの研究には光スイッチによるシグナル操作が必要だったのですか

3)
さらに、実験手法や結果の詳細について不明点があれば質問するようにしてください。また最後に、研究室に受け入れていただけることになった場合に気になる細々としたことも、差し支えない範囲で質問しておくのが良いと思います。

例7)実際に研究に参加する場合は、どの範囲の手技まで学生が参加できるのでしょうか
例8)実験を進める際はいつどなたと進めることになるのでしょうか(先生と進める、大学院生と進める、自学自習で進めるなど)

 ここまで質問出来たら、あとはその研究室がわかろうとしていることが自分の興味関心とどれくらい一致しているのか、そこで得られる経験が自分の将来とどれくらいかかわってくるのかを考えて、行きたい研究室を決めてください。


第4節 
先生と研究テーマを相談する (閑話休題:海外の研究室に挑戦する)

~閑話休題~ 海外の研究室に挑戦する


 記事があまりにも長くなってきてしまったので、このあたりで休憩をはさむために、留学について少しだけ触れようと思います。学部生のうちに研究留学をしようと思った場合、各学科のカリキュラムの中で研究実習にあてられた期間内において、提携先の大学に研究留学することができます。留学先の選択肢や応募方法については学生派遣係のHPやWebClassを参照していただければわかるのですが、学内の面接で派遣生に選ばれた場合、実際に派遣されるまでの間にどのような準備が必要なのでしょうか。私の場合について簡単に触れてみたいと思います。

 
1)家を探す
留学するまでの間は関連する論文を読んだり担当してくださる先生の専門分野について調べたりしてたくさん勉強しておくのが理想だと思いますが、私の場合は準備を完璧にこなす余裕がなく、派遣が決まってから渡航するまでの間ずっと住む家を探していました。私の派遣先の大学はロンドンにあったので、派遣が決まるまでは、留学中はきっと大学構内にあるハリー・ポッター的な学生寮に住めるのだろうと考えていました。しかしながら、コロナ渦の財政難によってイギリスでは学生寮を一部手放す大学が出てきたり、オンラインから対面授業への流れに合わせてロンドンに学生が戻ってきていたりと様々な理由が重なり、学生寮を含めて全体的にロンドンでは住宅事情がひっ迫しており、なかなか住居を見つけられない時期が続くことになりました。また様々な事情により住居を自力で探す必要があることを知ったのが留学選考後になってしまったため、多くの物件が契約済みであったことも痛手でした。ロンドンに限らずどこの国の不動産屋でもそうだと思いますが、基本的には半年以上の長期契約を結べる人(または途中で引っ越しをする場合でも直後に契約を引き継げる人がいる人)が優先的に部屋を借りられるので、半年未満の期間で借りられる部屋を探している私のような学生は不動産屋に後回しにされがちです。特にイギリスでは9月以降の新学期に合わせて契約を更新し、半年から一年の長期契約を結びたいと考えているので、9月以降の短期契約は非常に取りにくい状態です。私の場合は最終的に派遣先の大学が学生寮を一部の期間かしてくださることになり、残りの期間についても直前に部屋の空きが出たという連絡があり、渡航前に部屋を借りることができました。短期契約の場合は入居時期直前まで契約が取れない場合が多いため、住む家が決まらなくてもそこまで焦る必要はないようですが、留学に応募する段階から早めに住居を探しておけばよかったと思わされました。

2)
応募先の研究室を決める
研究実習期間内に留学する場合、たいていは派遣先の大学のみが決まっていることが多く、実習先の研究室については自分で担当の先生にメールを打って受け入れていただくことになります。私の場合も、10個程度の受け入れ可能な研究室の中から一つを選び、履歴書やエッセイを送って受け入れを確約していただきました。短期留学で研究室を選ぶ際に困る点は、事前に研究室見学に行くことができない点です。研究室を選ぶ際に手元にあるのは、候補となる研究室に関する説明が各1ページずつ程度書かれた書類だけなので、残りの知りたい情報は自分で調べる必要があります。調べると言っても、この記事に書いたような作業をすることになるので、それ自体はそんなに大変ではないですが、候補となる研究室を教えていただいてから先生に連絡を取るまで一、二週間程度しかなかったことと、あまり複数の研究室に連絡を取らないほうがいいのではないかなどとも言われていたので、思いのほか調べるのに手間取ってしまいました。また、担当してくださる先生がどんな方か、基本的には紙面からしかわからないのも困る点だと思います。
そうした事情を踏まえると、事前に担当してくださる先生とオンラインで会っておくことが大事だと感じました。私の研究テーマを担当してくださった先生は大学の記事などを読む限りは強面の先生ですが、実際に話してみるととても話好きな先生であることがわかり安心することができましたし、先生もこれからどんな学生が来るのか知ることができて安心だったのではないかと思います。
事前にオンラインで話した内容についてですが、先生からはこの研究プログラムの間どんなことをしたいのか、と聞かれました。やりたいことというのは、将来私がどんなことをしたいと思っていて、そのために今回のプログラムからどんなことを学びたいのかという質問も含んでいますし、それとは別に今回与えられた研究テーマについて、具体的にはどんな課題について研究したいのかという質問も含まれています。将来やりたいことというのは人によって別々であると思いますが、研究実習において君はどんな課題について研究したいの、と聞かれるというのは多くの学生に共通する状況なのではないかと思います。こういう時、どんなことを考えてどう答えればいいのでしょうか。留学についてのコラムはこのくらいにして、本題であるこの疑問について考えたいと思います。


~本題~ 先生と研究テーマを相談する

 研究室に通うようになると、先生から「君はどんな研究がしたいの」と聞かれることになります。研究室全体で大きなテーマが決まっていることが多いので、そのテーマの中で君はどの部分をどのように研究してみたいのですかという質問です。これにはどのように答えたらよいのでしょうか。あまり抽象的なことを話していてもイメージがわかないので、私が研究実習中に先生からいただいた以下のテーマについて考えることで、この疑問について考えることにしたいと思います。


*与えられた論文
・Huisman DE, Reudink M, van Rooijen SJ, Bootsma BT, van de Brug T, Stens J, et al. LekCheck: A Prospective Study to Identify Perioperative Modifiable Risk Factors for Anastomotic Leakage in Colorectal Surgery. Ann Surg 2022;275:e189-e97.
・Shogan BD, Belogortseva N, Luong PM, Zaborin A, Lax S, Bethel C, et al. Collagen degradation and MMP9 activation by Enterococcus faecalis contribute to intestinal anastomotic leak. Sci Transl Med 2015;7:286ra68.
・もう一つ、腸内細菌層がサイトカインを調整することによって炎症を制御し大腸がん手術における縫合部治癒の予後を左右するという論文がありましたが、オープン・アクセスの論文ではないので今回の記事では省略します

*研究テーマの大枠
腸内細菌叢が大腸がん手術縫合部治癒の予後を左右すると予想されることから、大腸がん手術後の患者の大腸縫合部から経時的にサンプルを採取し、腸内細菌叢についての解析を行う

 ここまで与えられた時点で「君はどんな研究がしたいの」と聞かれたとします。私はそう聞かれたときにうまく答えられなかったので、「その質問にはどんなことを考えてから答えるのが良いでしょうか」と聞いてみました。先生がおっしゃるには「論文のBackgroundとMethodsを書くのと同じことですね」ということなのですが、与えられたものを踏まえてBackgroundとMethodsを書くにはどうすればよいでしょうか。
 ここで第2節と第3節の内容を振り返ってみると、どの研究も次のような点を意識して取り組まれているのではないか、と思われてきます。すなわち、

1)
大まかな(広い)研究テーマ:○○という現象/疾患について理解する(ことで、治療等に応用する)
例)カルシウムシグナルによって細胞融合を介した組織の形成が進む過程を理解したい

2)
研究が行われる以前の現状:何かがわかっていないことによって○○という現象/疾患についてわかっていない状態である
例)生理的な細胞融合現象を生きた細胞で観察することが難しかった

3)
乗り越えるべき直近の問題点:これがあることによって○○という現象/疾患についてアプローチできなかった
例)生きた細胞でシグナル伝達を外部から制御できなかった

4)
今回の研究で目指す到達点(狭い研究テーマ):問題点をどのような方法で克服することで大まかな(広い)研究テーマにつながる研究結果を示すか
例)光スイッチによって外部からカルシウムシグナルを調整する手法を確立する。またその際のシグナル経路を細胞ごとに確認する。
という四段階です。

これを今回の研究テーマについて当てはめていくとどうなるでしょうか。

1)
大まかな(広い)研究テーマ
縫合部治癒のメカニズムを腸内細菌叢によるサイトカインの調節と絡めて理解することで、将来的には手術時に縫合部の予後を予測したり、縫合不全を防ぐための適切な介入を行ったりできるようにする

2)
研究が行われる以前の現状
腸内細菌叢がどのように縫合部を治癒に導くのかが明らかになっていない。そのため術後縫合不全によって患者は時には致死的な状況に陥る。

3)
乗り越えるべき直近の問題点
縫合部において腸内細菌叢の変化を経時的に観察したサンプルが存在しなかった

4)
今回の研究で目指す到達点(狭い研究テーマ)
縫合部において腸内細菌層の変化を術中から経時的に観察し、その変化が何によって起こされているのか把握したい。また、そうした変化のうち、縫合部治癒のメカニズムと関連がありそうな経時的細菌層の変化も発見したい。あわよくば、縫合不全を予測するようなマーカーの発見につながるような発見をしたい。

これをより詳しく述べるためにどのような文献を検索すれば良いか考えましょう。研究テーマの中心は縫合部治癒過程のメカニズム解明とそれを引き起こす経時的な腸内細菌叢の変化についてです。まず一つ目のテーマである縫合部治癒過程のメカニズムついて調べるうえでとっかかりとなるのが二つ目の論文です。腸内細菌によるコラーゲン分解が縫合不全と関係があるという趣旨の論文ですが、これを踏まえた研究テーマを設定するために必要な情報は、1) コラーゲン分解がどのように縫合部治癒のメカニズムと関係しているのか、2) その腸内細菌は何をどのように制御しているのか、などではないでしょうか。三つ目の論文についても同様に調べます。続けて、二つ目のテーマである腸内細菌叢の経時的変化についてですが、これについて知りたい情報は、1) 大腸がん手術を受けた患者の中で腸内細菌叢にはどれくらいばらつきがあり、そうした違いは何(年齢、性別、BMI、既往歴など)によってもたらされているのか、2) 大腸がん患者の手術前後でどのような要素(手術手技、抗がん剤、放射線治療など)が腸内細菌叢にいかなる変化をもたらすのか、などではないでしょうか。これらの情報を手に入れたうえで、Abstractに入れたい情報をまとめるとすると次のようになるでしょうか。

1)
今回の研究の(狭い)メインテーマとその現状
ⅰ)縫合部とは何で、縫合不全とはなにか。どれくらいの頻度で起き、どのような予後をもたらすのか。
ⅱ)縫合部の治癒のメカニズム。その過程のどこでどのような腸内細菌がかかわっており、何をどのように制御しているのか。
ⅲ)腸内細菌叢の患者ごとのバリエーションとその術後経時的な変化。何がどのように腸内細菌叢を変化させるのか。
 
2)問題点とその克服法
腸内細菌叢の変化を経時的に観察し、その経過を縫合部治癒の予後と結び付けた研究はなかった。どのような腸内細菌叢を持った集団が(年齢、性別、BMI、既往歴などによって分類した集団間で腸内細菌叢は異なるかもしれない)、どのような介入(手術、抗がん剤、放射線などの治療)によって、どのような細菌叢の変化を見せ、それが縫合不全の予後とどう関連しているのかを調べる。
 
3)目指す到達点
1)
を踏まえて、縫合部の治癒に影響力を持つ因子を推測・特定し、その因子がどのように縫合部を治癒に導くのか、その因子はどのような介入によって制御されるのかを観察して明らかにする。


ここまで出来たら、一人で考えるには限界があるので一度先生に見せて、テーマについて一緒に話し合うのが良いと思います。また、Methodsに関してはやったことがなければまったくわからないこともあるので、話し合いの際にこちらも一度先生と相談してアドバイスをいただくのが良いのではないかと思います。


第5節 
おわりに

 ここまで、研究室に行こうと心に決めてから、実際に先生と研究テーマを話し合うまで、どんなことを考えるのか一通り私なりに考えてみました。考えている内容については勉強が足りないところも多々あったと思いますが、どのような流れで研究室配属が進んでいくのかはなんとなく伝わったのではないでしょうか。研究室に行く、と考えるととてもハードルが高いことのように感じますが、実際に何をするのかわかってしまえば、自力で行動するまでのハードルはそこまで高くなくなるのではないかと思います。ぜひたくさんの研究室に足を運んで、自分にあった研究室を探してみてください。