前頭側頭葉変性症胎児期のDNA損傷が数十年後の発症に影響する (2021)

前頭側頭葉変性症胎児期のDNA損傷が数十年後の発症に影響する (2021)

前頭側頭葉変性症(前頭側頭葉変性症)はアルツハイマー病、レビー小体型認知症に次ぐ有病率を示す認知症のひとつで、細胞内にタウ、TDP43などの異常タンパク質が蓄積・凝集することで病理学的に診断される。前頭側頭葉変性症には、遺伝性の明瞭な家族性前頭側頭葉変性症と、遺伝性の不明瞭な弧発性前頭側頭葉変性症があり、VCP遺伝子、PGRN遺伝子、CHMP2B遺伝子、TDP43遺伝子などが、家族性前頭側頭1 葉変性症の代表的原因遺伝子として知られている。これらの遺伝子から産生されるタンパク質は種々の機能を持っているが、いずれもDNA損傷の修復に重要な役割を果たすことで共通している。
我々は、これまでに、損傷DNAに対する修復機能の低下が神経変性疾患における共通の病態であることを、ハンチントン病や脊髄小脳失調症1型を含む複数の神経変性疾患において、世界に先駆けて報告してきた(Qi  et  al.  Nature  Cell  Biol  2007;  Enokido  et  al.  J  Cell  Biol  2010;  Fujita  et  al.  Nature  Commun 2013;  Ito  et  al.  EMBO  Mol  Med  2015;  Taniguchi  et  al.  Hum  Mol  Genet  2016)。その結果、DNA 修復機能低下が、神経変性疾患の共通病態として認められている。前頭側頭葉変性症においても、DNA損傷修復不全が病態に関わる可能性があるが、詳細は明らかではなかった。また、我々が最近、アルツハイマー病態で明らかにしたような超早期病態(凝集タンパク質の出現前に始まる病態)が存在するかどうかについても、明確な結論は出ていなかった。
そこで我々は、前頭側頭葉変性症の新しいモデルマウス(KIマウス)を4種類用いて、その胎児期から成体(大人のマウス)に至る経過を詳細に調べた。特に、最新のプロテオーム解析法を用いて、胎児期の脳組織中のタンパク質変化の網羅的解析を行い、検出されたタンパク質変化が出生後のモデルマウスの病態とどのように関わるかを調べ、さらに、患者から提供された剖検脳を用いて、モデルマウスで推定された新規病態を確認した。
このような研究手法から、次のようなことが明らかとなった:
  1. 1)胎児期神経幹細胞のDNA損傷が十分に修復されないために、誘導されるDNA損傷ストレスが超早期(タンパク質凝集が認められる遥か以前)に前頭側頭葉変性症病態の端緒となる
  2. 2)神経幹細胞に蓄積したDNA損傷は、神経幹細胞から神経細胞に分化した後にも持ち越されて、超早期の神経細胞のネクローシスにつながる
  3. 3)前頭側頭葉変性症は、種々の原因遺伝子変異によって発症する多様な疾患グループであるにもかかわらず、神経幹細胞のDNA損傷から、超早期神経細胞ネクローシスを経て、変性タンパク質凝集につながる過程は、どのタイプの前頭側頭葉変性症においても共通している
  4. 4)前頭側頭葉変性症の4種類のモデルマウス(KIマウス)は、発達期に脳が全体的に小さい小頭症を示し、しかも、成体(大人のマウス)になるにしたがって、脳のサイズが正常化する
  5. 5)超早期神経細胞ネクローシスに対応して、pSer46MARCKSというリン酸化タンパク質が脳内で増加し、これはモデルマウスのみならず前頭側頭葉変性症ヒト患者の血清でも上昇が検出でき、脳内の神経細胞死を反映するバイオマーカーとして開発できる可能性がある
  6. 6)前頭側頭葉変性症に対して、AAV-MCM3、AAV-VCPといったウイルスベクターによる新たな治療法を開発できる可能性がある

神経幹細胞DNA損傷を端緒とする、細胞死・前頭側頭葉変性症発症に至るプロセス

本研究によって明らかになった超早期病態の神経細胞死(TRIAD)は、我々が最近報告したアルツハイマー病の超早期細胞死 (Tanaka et al,  Nature  Commun  2020)と同一のものと考えられる。Ser46リン酸化MARCKS増加は、前頭側頭葉変性症患者の脳脊髄液さらに血清においても検出され、バイオマーカーとして開発可能であることが明らかとなった。孤発性前頭側頭葉認知症の患者の剖検脳においても、同様にTRIAD 型の神経細胞死が確認できたことから、TRIADは超早期から終末期にかけて持続して発生していることが示唆される。 また、本研究により遺伝子治療が前頭側頭葉変性症モデルマウスの認知症状を改善することも明らかになった。論文中では、発症前に遺伝子治療のためのAAVベクターを投与しているが、今後、前頭側頭葉変性症の発症後の遺伝子治療、さらには、その他の治療法(特願2020-204343)の開発の可能性があると考えられる。

バイオマーカーとしてのpSer46-MARCKS、およびAAV-MCM3-T719A遺伝子治療効果

発表論文

Homma, H., Tanaka, H., Jin, M., Jin, X., Huang, Y., Yoshioka, Y., Bertens, C. J., Tsumaki, K., Kondo, K., Shiwaku, H., Tagawa, K., Akatsu, H., Atsuta, N., Katsuno, M., Furukawa, K., Ishiki, A., Waragai, M., Ohtomo, G., Iwata, A., Yokota, T., Inoue, H., Arai, H., Sobue, G., Sone, M., Fujita, K. & Okazawa, H. (2021)
DNA damage in embryonic neural stem cell determines FTLDs’ fate via early-stage neuronal necrosis.
Life Sci. Alliance 15 June 2021, 4 (7), e202101022. doi: 10.26508/lsa.202101022