ごあいさつ
第23回日本司法精神医学会大会を、2027年9月11日・12日の両日、新たに誕生したInstitute of Science Tokyo(東京科学大学)で開催いたします。
新しい大学名にちなみ今回のテーマは、 その判断に、科学(サイエンス)※はあるか。 — Bridging Science and Forensic Psychiatry としました。
司法精神医学は、法と医療、個人の自由と社会の安全といった、異なる価値観や論理が複雑に絡み合う境界領域を扱います。私たちは日々、精神鑑定を通じて責任能力の検討に寄与し、心理アセスメントに基づいた支援を考案し、社会復帰に向けた多種多様な治療プログラムを実践しています。こうした多層的な状況下で、私たちは常に最適解を模索し続けなければなりません。
現場で積み重ねられるこれらの「判断」は、果たしてどこまで科学的であると言えるでしょうか。客観的な事実や理論に裏打ちされた「普遍的なサイエンス」と、目の前の個に向き合う「精緻な臨床的視点」。この両者を高い次元で両立させるために、私たちは今一度、自らの立脚点を問い直す必要があります。
特に今回は大学開催という機を活かし、臨床実務の再考のみならず「教育」を重要なサブテーマとして据えました。司法精神医学の専門性は、単なる知識や技法の集積ではなく、「どのように判断するか」という思考様式にもあります。次世代の専門家がいかにして科学的思考と倫理的姿勢を継承していくべきか、学際的な視点からアプローチしたいと考えております。
本大会では、こうした実務の問いと教育への視点を Science × Forensic Psychiatry という表現に集約しました。このコンセプトのもと、従来の司法精神医学の枠組みを超えた議論を目指します。
第22回大会が2026年6月に札幌で開催されますが、そこで育まれた熱い議論のバトンを受け取り、湯島聖堂や昌平坂学問所に連なる学問の伝統が息づくここ御茶ノ水の地で、司法精神医学の新たな可能性を切り拓く場としたいと存じます。
2027年9月、初秋の気配が整い始める東京科学大学のキャンパスにて、多くの学会員、ならびに司法精神医学・医療に携わる多職種の皆様とお会いできることを、心より楽しみにしております。
2026年4月吉日
新しい大学名にちなみ今回のテーマは、 その判断に、科学(サイエンス)※はあるか。 — Bridging Science and Forensic Psychiatry としました。
司法精神医学は、法と医療、個人の自由と社会の安全といった、異なる価値観や論理が複雑に絡み合う境界領域を扱います。私たちは日々、精神鑑定を通じて責任能力の検討に寄与し、心理アセスメントに基づいた支援を考案し、社会復帰に向けた多種多様な治療プログラムを実践しています。こうした多層的な状況下で、私たちは常に最適解を模索し続けなければなりません。
現場で積み重ねられるこれらの「判断」は、果たしてどこまで科学的であると言えるでしょうか。客観的な事実や理論に裏打ちされた「普遍的なサイエンス」と、目の前の個に向き合う「精緻な臨床的視点」。この両者を高い次元で両立させるために、私たちは今一度、自らの立脚点を問い直す必要があります。
特に今回は大学開催という機を活かし、臨床実務の再考のみならず「教育」を重要なサブテーマとして据えました。司法精神医学の専門性は、単なる知識や技法の集積ではなく、「どのように判断するか」という思考様式にもあります。次世代の専門家がいかにして科学的思考と倫理的姿勢を継承していくべきか、学際的な視点からアプローチしたいと考えております。
本大会では、こうした実務の問いと教育への視点を Science × Forensic Psychiatry という表現に集約しました。このコンセプトのもと、従来の司法精神医学の枠組みを超えた議論を目指します。
第22回大会が2026年6月に札幌で開催されますが、そこで育まれた熱い議論のバトンを受け取り、湯島聖堂や昌平坂学問所に連なる学問の伝統が息づくここ御茶ノ水の地で、司法精神医学の新たな可能性を切り拓く場としたいと存じます。
2027年9月、初秋の気配が整い始める東京科学大学のキャンパスにて、多くの学会員、ならびに司法精神医学・医療に携わる多職種の皆様とお会いできることを、心より楽しみにしております。
2026年4月吉日
第23回日本司法精神医学会大会大会長
岡田幸之
岡田幸之
※ 「科学(サイエンス)」というと自然科学natural science、つまり理系とか、数字やデータ、測定や実験、物質や分子や量子、生物や細胞や遺伝子といったものがイメージされやすいと思います。しかしここではより広く「学知」「学問」「学術」を考えます。ドイツ語のWissenschaft(ヴィッセンシャフト)が意味するもの、と言うとよいのかもしれません。
