背景

背景

研究の背景

人工心臓の国内外の趨勢

 生活の欧風化により、重症心不全に陥る患者は年々増加傾向を示し、1997年には脳死患者からの臓器移植法案も可決され、1999年には1968年の和田心臓移植以来の2例目の心臓移植が行われた。しかし、社会的・倫理的背景の影響でドナー不足は深刻な問題であり、本日(2002年9月25日)までに14例の心臓移植が行われたに過ぎない。心臓移植に必要なドナー不足の問題点を解決することを目的に、最近万能とされるES細胞からその人固有の組織や臓器を培養する研究が注目を集め、多額の研究費が投資されているが、培養に時間が掛かるため緊急時等には対応できない。その点、人工臓器は、人の死に頼らず、また、組織や臓器の培養を必要とせず、何時でも、何処でも、誰でも、そしてどの患者にも適応可能な “Off-the-shelf”availabilityを有し、万能な治療法となりうる。本邦で行われた14例の心臓移植の内11例は、補助人工心臓(Ventricular Assist Device, VAD)からのブリッジであり、欧米では、VADからのブリッジは既に、5000例以上に達し、心臓を切除して完全に人工心臓で置換するTotal Artificial Heart(TAH)の使用もブリッジとして200例以上の患者に使用され、好成績を収めている。VADやTAHからの心臓移植への成功率は平均70%前後である。30%前後の患者は、デバイスの故障、ポンプ内で発生する血栓による塞栓症、感染等の理由で亡くなっている。最近欧米では、年齢制限、免疫抑制剤による合併症、他の臓器障害等の理由で心臓移植の対象となれない患者で、Destination Therapy(ターミナル治療)が開始された。

VADとTAHのDestination Therapy
 VADを用いたDestination Therapyでは、1998~2001年に掛けて129名の心臓移植の対象となれない重症心不全患者を無作為的に68名のVAD群(Thoratec vented electric Heart Mate I)、61名の薬物治療群に分け生存率の比較を調査した結果、VADによる一年生存率は約52%に比べ、薬物治療は23%、2年生存率はVAD装着患者が25%、薬物治療群が8%を示し、心臓移植に代わる治療法としてVADの効果が示されたと言っても過言ではない。VAD装着患者において、主な死亡原因は、感染、デバイスの故障、血栓塞栓症等であった。
また、2001年7月から、体内完全埋め込み式置換型人工心臓(AbioCor TAH)の臨床応用が米国で開始された。心臓移植の適用基準から外れ、余命30日以下の重症心不全患者において、体内完全埋め込み式TAHによる循環維持、延命、そしてQOLの向上を目的とした言わば実験的なトライアルである。2003年5月までに、10例の患者を対象にTAHを用いた治療が行われた結果、2名は手術後即亡くなったが、6名は54、56、144、151、292、512日生存し、残り2名は現在生存している。1964年に開始された米国の人工心臓プロジェクトが40年の歳月の後、VAD、TAH共に臨床応用可能な形で重症心不全患者の救命、延命、そしてQOLの向上にと貢献し、心臓移植に変わる永久循環維持法として注目を集めている。