オイゲン・ウント・イルゼ・ザイボルト賞(Eugen-und-Ilse-Seibold-Preis, Eugen and Ilse Seibold Prize) 2017年10月10日 受賞スピーチ全文

オイゲン・ウント・イルゼ・ザイボルト賞(Eugen-und-Ilse-Seibold-Preis, Eugen and Ilse Seibold Prize) 2017年10月10日 受賞スピーチ全文

オイゲン・ウント・イルゼ・ザイボルト賞受賞スピーチ(和訳)

来賓の皆様、この度はEugen und Else Seibold賞の受賞者に選ばれたことを大変光栄に存じます。

私のドイツとの関係は約30年前1988年にアレクサンダー・フォン・フンボルト・フェローとしてReth博士の研究室に加わった時に始まります。Reth博士の研究室は当初ケルンにあり、その後フライブルグに移転しました。3年間のドイツでの研究滞在の間に免疫学の重要な研究分野の1つであるBリンパ球生物学の領域の多くのドイツ人研究者と知り合うことができました。幸いその後も私はこの領域で継続的に研究することができました。このため、多くのドイツ人研究者と一緒に研究を行い、友人として交流することができました。

私の研究業績を簡単にご紹介したいと思います。我々の免疫システムは病原体を攻撃しますが、それ以外の物資は攻撃しません。もし、免疫システムが食物、花粉や自己の体の成分を攻撃すると、アレルギーや自己免疫疾患といった免疫疾患を発症します。したがって、正常な免疫システムには、病原体とそれ以外の物質を区別する仕組みが備わっている必要があります。ここで、「抗原」という用語を紹介したいと思います。抗原とは免疫システムにより攻撃され得る物質のことです。もう1つ、皆さんに覚えていただきたい用語が「Bリンパ球」です。Bリンパ球は抗体を産生する白血球です。例えば、インフルエンザウイルスに感染すると、体内のBリンパ球がウイルス抗原に反応し、インフルエンザウイルスに特異的に結合する抗体を産生します。この抗体はウイルスを不活化し体内から除去します。

当初、研究者はBリンパ球が抗原に反応するとBリンパ球は活性化し、抗体を産生すると信じていました。しかし、私は抗原に反応するだけではBリンパ球は活性化せず、むしろBリンパ球が死滅することを示しました。この発見により、Bリンパ球が病原体抗原に反応した際に、何からのメカニズムでBリンパ球が細胞死から救済されるメカニズムが存在すると予想されました。そうでなければ、Bリンパ球は病原体に対する抗体を産生することができません。我々は、このメカニズムにCD40と呼ばれる分子が関わることを明らかにしました。CD40分子はB細胞表面に存在し、他の免疫細胞から微生物からの抗原が存在するかどうかについての情報を受け取ります。Bリンパ球が微生物抗原に反応した場合には、CD40分子がBリンパ球を細胞死から救済し、Bリンパ球は抗体を産生します。もし抗原が病原体以外のものであると、CD40分子はB細胞を細胞死から救済できず、抗体産生はおこりません。したがって、CD40はBリンパ球が微生物抗原に反応した際に抗体産生をおこさせる分子スイッチとして機能することで、抗体産生が微生物に対してはおこるが、他の抗原に対してはおこらないようにしています。この我々の知見は、その後他の研究者によっても他の実験系で追試され、抗体産生においてCD40が重要な機能を果たすことが確立しました。

抗体は120年以上前にドイツにおいてドイツ人と日本人の共同研究によって発見されました。ドイツ人研究者Emil von Boehring博士と日本人研究者北里柴三郎博士が抗体を発見し、この知見を血清療法の開発に応用しました。血清療法により、当時ジフテリアなどの感染症にかかった数百万人の命が救われました。北里先生はその後日本に帰国し、医学教育および研究機関をいくつも設立しました。北里先生はしばしば若い研究者に「研究だけをやっていたのではダメだ。それをどうやって世の中に役立てるかを考えよ」とおっしゃっていたそうです。

我々や他の研究者によって免疫におけるCD40の重要性が明らかになると、いくつかの製薬企業が、全身性エリテマトーデスと呼ばれる代表的な自己免疫疾患の患者さんでCD40の機能をブロックする治療法の臨床試験を行いました。私はこの臨床試験に関係したわけではありませんが、日本の製薬企業から情報を聞いていました。当初は、この治療を受けた患者さんで疾患の活動性が抑えられ、臨床試験は成功するかに思われました。しかし、この治療を受けた患者さんに副作用が出現したために臨床試験は中止になりました。我々の発見が診療の場に活用できなかったのは残念でした。しかし、最近、薬剤をさらに改変することでCD40をブロックする治療法の副作用を克服することができるという希望の持てる知見が報告されています。

インフルエンザウイルスへの免疫反応と全身性エリテマトーデスという自己免疫疾患についてすでに触れました。この両方ともDNAやRNAといった核酸が重要な役割を果たします。DNAは人でも微生物でも生命の設計図という機能を持っています。免疫細には種々の核酸センサーが備わっており、ウイルスやその他の微生物のDNAやRNAを検知して、免疫細胞を活性化します。しかし、これらの核酸センサーは弱いながら自己自身の核酸にも反応してしまいます。自己核酸による免疫活性化の結果、全身性エリテマトーデスの患者さんでは核酸への自己抗体が産生され、疾患が発症します。

以前、アメリカの研究者Ann Rothstein博士とMark Schlomchik博士は、核酸センサーの中にはCD40と同様の分子スイッチとして働くものがあることを明らかにしました。自己の核酸を検知した核酸センサーがスイッチをオンにすることでBリンパ球は活性化し、核酸に反応する自己抗体を産生するようになります。これは、全身性エリテマトーデスの患者さんでどのようにして核酸への自己抗体が産生するのかを解明する上で重要な発見です。しかし、自己の核酸が核酸センサーによって検知されて自己抗体を産生するのであれば、どのようにして健常人は自己抗体産生から逃れているのでしょうか?最近、我々はこのことについての答えを得ることができました。我々は、微生物の核酸を検知しないが自己核酸を検知しする抑制性の核酸センサーを発見しました。この分子は、免疫細胞を活性化する核酸センサーの作用をキャンセルします。この抑制性の核酸センサーは自己核酸への抗体産生を抑止する分子スイッチですが、微生物への抗体産生は抑制しません。その結果、微生物への免疫反応には影響せずに、健常人が自己免疫をおこすことを予防します。もし、この分子のスイッチ・オフの機能を増強するような薬剤を開発できれば、微生物への防御機能を損なわずに、全身性エリテマトーデスを治すことができる理想的な薬剤になると期待されます。

私は、2005年にドイツ連邦共和国大統領からフィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト賞を頂きました。その後、アレクサンダー・フォン・フンボルト財団本部とより緊密に交流するようになりました。皆さまご存知かもしれませんが、日本からのアレクサンダー・フォン・フンボルト・フェローの数は過去30年の間に激減しました。財団がもはや日本には援助せず、もっぱら中国などの新興国を援助するようになったとのうわさがありました。しかし、財団本部とのやりとりの中で、これは事実ではないことを知りました。原因は、ドイツでの研究留学を志す日本人若手研究者の減少でした。これは他の奨学金でも同じことだと思われます。日本のフンボルト・アルムニではこのことを深刻に受け止め、数年前から若手日本人研究者や大学院生がドイツへ研究留学するのを支援する活動を行なっています。私はドイツでの科学研究や研究留学についての情報を提供し、ドイツでの研究留学に関心がある参加者がドイツでの研究留学から帰国した直後の研究者と交流できるドイツ研究留学説明会をお世話しています。この説明会には毎回100人程度の参加者があります。参加者へのアンケートでは、説明会に参加することでドイツへの研究留学についての考え方が変わったかいう質問に大多数がYes という回答をしています。すでに北里とBoehlingの時代から国際的な共同研究は科学を進歩させる強力なプロモーターです。国際共同研究を最も効率的に進めることができるのは、相手国の人々と文化を知る者であることを強調して私のスピーチとさせて頂きます。

ご静聴ありがとうございました。