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1. リスクベースドメディシンの位置づけ

1.0 イントロダクション

リスク管理という考え方はいろいろな局面において,とても有効に利用することが出来ます.ここでは特に医療機器の実用化に関わる問題について議論しますが,例えば医療における治療方針の選択などにも有用なはずですし,更には日常生活での健康の維持,増進といったことにも使えるでしょう.

ではリスク管理を中心として考えるということはどういうことなのか,これについておいおいと詳細に説明をしていきますが,まず手っ取り早い説明として,他の考え方とどう違うのかについて説明します.

取り上げるのは,エビデンスベースドメディシン(EBM)との違い,リスクマネジメント(ISO 14971)との関連,臨床経済学との関連,リスクベースドエンジニアリング(RBE)との関連などです.

1.1 エビデンスベースドメディシンとの違い

リスク管理の概念が必ずしも医療に十分に浸透していない理由の一つは,エビデンスベースドメディシン(EBM)との整合性が問題になるからかもしれません.リスクについては統計学的な根拠を持つエビデンスを利用した議論が出来ない場合が多いからです.しかしリスクベースドメディシン(RBM)とEBMは矛盾する概念ではありません.RBMはEBMを包含している概念です.このことについて説明しましょう.

EBMとは根拠に基づいた医療であり,客観的な疫学的観察や統計学な方法による治療結果の比較に基づいて方針を決定する医療を指します.具体的には,治療方法の科学的な評価を目的として,可能な限り二重盲検試験のように統計学的に信頼度の高い根拠をもって治療結果の比較を行い高い治療効果を追求していくものです.

既に確立した治療方法についてそのベネフィットを検討する場合には,確かにEBMの考え方は有効です.しかし新しい治療方法や医療機器の安全性について議論するに場合には,こういったEBM的な考え方,統計的な方法を機械的に適用する考え方だけでは済みません.リスクを扱う必要があるからです.

被害が生じる前に防止しよう,万一被害が生じたとしても早い段階で食い止めよう,というのがリスク管理ですので,リスクについては厳格な意味での統計学的な手法を適用することは出来ません.ではどうするのかというと,リスク管理では被害が実際に生じる前に,どのような被害が生じる可能性があるのかを推定します.推定である以上,客観的ではなく主観的であるという批判を受けることになります.それはそのとおりですが,客観的な答えを得るために実際に健康被害が生じてしまうのを待っているわけにはいきません.被害が生じる前にそれを予防しようというのが目的である以上,客観的な証拠が揃わないうちに判断を行う必要があります.主観的な要素は排除できませんが,推定の部分については可能な限り科学的な推定を仮説として立てることにより,合理的な判断が出来るようにしなくてはなりません.それがRBMの立場です.

例1.1 医原性クロイツフェルト・ヤコブ病(CRJ)
リスクに対する統計学的な判断の不適切さとして具体例で説明しましょう.医原性クロイツフェルト・ヤコブ病(CRJ)は,ドイツのビー・ブラウン社が製造したヒト乾燥硬膜由来の製品ライオデュラによって感染が多発し,医療機器の引き起こした被害として大問題になったものです.この製品は脳外科の手術などに世界的に利用されていたものですが,1987年にライオデュラの移植を受けた患者に発症を見た第1号患者の報告論文が発表されました.米国ではこの1例だけの報告でライオデュラの使用が禁止されました.ところが日本では対応が大変に遅れて,多数の患者に感染が生じてしまった後の1997年になってようやく禁止されました.この背景の一つとしては,ライオデュラについては我が国でも治験が行われており,多数の症例においてその有効性と安全性が統計学的に証明されていたということが考えられます.ただCRJは潜伏期間が10年以上ありますので,治験で証明されたのは,使用したロットにおいて1年程度の短期では感染しなかった,ということだけなのですが.しかし治験という管理された状況下で科学的に安全性,有効性が証明された以上,いろいろな誤差要因の介入が考えられる臨床症例で,しかもたった1例の症例では,EBM的な考え方に立つと科学的な根拠に欠けるとしてリスクの判断が出来なかったのではないかとも思われます.これに対してRBMでは統計学的な根拠だけを重視することはありません.加えて重視するのはリスクの大きさの推定です.潜在的なリスク要因(ハザード)を抽出して,それらが実際に被害を生じるに至る状況の解析を行います.感染の可能性が1例であっても被害の程度は大きく,さらに感染の場合には背後には多数の例が隠れていると推定されます.したがって1例の感染例の報告でも使用禁止の判断を下すことは合理化されます.

もちろんEBMでも専門家が個人として持つ意見を完全に無視するわけではありません.単にエビデンスのレベルが低いものとして扱うだけです.RBMでも同じです.主観的な判断よりも客観的な証拠の方が確度の高いことは当然です.違いがあるのはリスクの概念です.後でも説明しますが,リスクは被害が生じる確率と被害の大きさの積で評価されます.主観しか根拠がないのであれば被害が生じる確率の評価が低くなりますが,被害の程度が大きい場合にはリスクとしては大きくなるので,症例数1であってもRBMではこれを無視できないと判断することが可能です.しかしEBMでは被害の程度の大きさは考慮に入れられなくて確率の概念だけしかありません.ですので主観が根拠であれば自動的に勧告の強さが低くなってしまい,症例数1の結果はEBMでは無視されがちになります.これがRBMとEBMの主な違いです.

一方,ベネフィットについてはRBMでもEBMと同じように考えます.ただ,EBMでは単純にベネフィットを比較しがちになってしまうことがありますが,RBMではリスクが零でないことを考慮してリスクベネフィット比を重視しますので多少の方向性の差はあります.ベネフィットの高い治療方法を選択することには異論がありませんが,それはリスクが同等の場合だけに成立する議論です.もちろんEBMでリスクが無視されているわけではありませんが,ベネフィットを見るときには常にリスクも同時に見ようとするRBMとは少しだけ方向性が異なります.これがRBMとEBMの二つ目の違いです.

このようにRBMにはEBMと多少の相違点があります.しかしそれはリスクを管理しようとの意図から来るところであって,科学的に医療を考えようとする立場は同じです.ですからRBMはリスク管理が出来るように拡張されたEBMであると言って良いでしょう.

1.2 リスクマネジメントとの関連

ISO 14971 Medical devices — Application of risk management to medical devices はリスク管理を医療機器に適用するための標準で,JIS T14971 リスクマネジメントの医療機器への適用,はこれの翻訳規格です.良くまとめられた分かりやすい文書です.ただ医療にリスク管理の概念を導入するのであれば,もう少し大胆に踏み込んでも良いように思いますが,これは国際標準ですので誰も異論を唱えない古典的な内容となっているのでしょう.

もの足りない部分があるというのは,例えばこれらの文書のD.6.1.の最後にこう書かれています.「Unfortunately, there is no standardized approach to estimate benefit. 残念ながら,効用を推定するための標準的な方法は存在しない.」

価値観は個人ごとに違って当然ですので,どのような治療効果を求めるかは人ごとに異なって当然です.ですからベネフィットを正確に評価できないというのは確かにそのとおりです.しかしベネフィットが正確に評価できないのであればリスクを評価する努力が意味を失いかねません.なぜならば医療ではベネフィットとリスクを比較することが常に要求されているからです.「医薬品や医療機器を適用する際のリスクは,ベネフィットに比べて受容できるものでなければならない.」このあたりの詳細は2.1節で,個人差の問題は2.2節で取扱います.

ベネフィットに関してのISO 14971の立場はこのようなものですが,次の1.3節で述べるように臨床経済学では治療の効果の効用を定量的に評価する努力が継続されており,その成果は3.2節で紹介するように広く受け入れられるようになりつつあります.RBMではこの臨床経済学の方法論とISO 14971に代表されるリスク管理の方法論を統合しています.要するに,RBMはISO 14971と整合的なリスクマネジメントを拡張して,臨床経済学の成果を包含するようにしたものです.

1.3 臨床経済学との関連

医療機器の話題の中で経済学に基づいた議論をしましょうなどと言うと,機器がどのくらい売れるかといった話になるかと思われるかもしれません.それも確かに重要なことではありますが,しかしここではそういった話ではなく価値観の問題に関わる議論において経済学の手法を導入します.というのも医療機器のベネフィットについて検討するにはその治療効果についての価値判断が必須になるからです.

そもそも価値判断とは考えて見ますと難しいものです.例えば目の前に林檎と蜜柑があるとします.林檎が好きか蜜柑が好きかは個人の好みの問題ですので,どちらに価値があるかは人ごとに違うはずです.さらに一口に林檎と言っても,紅玉が好きだとかふじが良いとか品種を言い出したら切りがありません.蜜柑が同じ品種だとしても静岡産だとか和歌山産だとかで区別があります.とは言っても現実的にはこの紅玉は一山が幾ら,この静岡産蜜柑は一袋が幾らと価格がついて商店で売られているわけです.このように商品については市場において金銭的な価値の評価が与えられ,それに基づいて生産者,販売者,消費者が自らの行動を決定しています.商品についてどのように価値を判断し金銭的な評価とどのように対応づけするのか,というのは確かに経済学の問題です.

林檎と蜜柑のように質的に異なるものの価値をどのようにすれば比較可能なように出来るのか.この問題に対して経済学で開発された一つの有力な手段は,取引という概念の一般化です.質的に異なるものであっても取引が成立するのであれば,そこには価値としての優劣の判断があります.現生での欲望の成就と来世での魂を交換したファウストとメフィストフェレスの取引のようなものですね.ファウストは欲望の成就の方が魂より価値があると判断してメフィストフェレスに代価として魂を売り渡したわけです.このような取引をきちんと整理して,目に見えない価値観というものを,数字として結果を表すことのできる定量的な評価方法として構成しようという試みについては,既に経済学において議論が進んでいます.

医療において治療効果を評価しようとする場合にも,林檎と蜜柑の例と同じような,しかしもっと深刻な問題に直面します.けれども,上のような経済学的な手法に基づけば何かしらの定量的な評価が可能になるわけで,その代表的な例が質調整生存年 QALY の概念です.QALY値が大きい治療の方が,より効果が高いと判断します.けれども臨床経済学では,治療に成功した場合のQALY,あるいは平均的な場合のQALYを用いて治療の効用について議論しますが,リスクの管理が目的ではありませんので,治療におけるいろいろな事象の確率の概念は入っていません.RBMでは臨床経済学の方法論を取り入れて,治療が成功した場合の効果や失敗した場合の被害をQALY値として定量的に評価してリスクの管理を行うものです.

ただここで注意しなくてはならないことは,治療のベネフィットの定量評価は平均値なものにならざるを得ず,個人の価値観は無視されることです.臨床経済学では社会全体の経済を考えますからそれで構わないのですが,リスク管理では個々の患者も対象になりますので大きな問題として残ります.QALYという数字だけで機械的な判断を行うことは決して正当化するべきではありません.そこでRBMでは個人の価値観の要素を取り入れることをインフォームドコンセントにおける必須条件とすることにより解決しようとしています.これは2.2節で議論されます.

1.4 リスクベースドエンジニアリングとの関連

工業製品においては,その安全性を高めるために,信頼性工学,品質工学あるいは安全性工学などの学問が発達してきました.これらの学問では,安全な製品をつくるために製品の設計や製造を工夫するという方向性を指向するもので,多くの有用な成果をあげてきています.しかし実際に事故が起こるのは製品の使用時です.製品は,出荷時には問題がなかったものが使用中に経年劣化しますので,事故を防止するにはメンテナンスが必要になります.とはいってもメンテナンスにはそれなりの費用と手間がかかり,隅から隅まで全てを検査して補修しようというわけにはいきません.そこで生まれたのがリスクベースドメンテナンスの考え方で,事故のリスク(この場合には壊れやすさと壊れた場合の被害の大きさの積です)を考慮して合理的なメンテナンスを実施できるようにしようというものです.さらにこの考え方は広げられ,設計,製造,メンテナンスの全てにわたってリスク管理の考え方を導入しようとするのが,リスクベースドエンジニアリングです.

一方,リスクの考え方自体は,経済学あるいは経営学から来ています.金融工学などにおいてリスク管理の手法が発達して来たことは,この方法の有効性を大いに喧伝することなりました.ただこの方面のリスクというと,何かしら金銭的なリスクの印象が強くあって,安全性という方面とのかかわりが薄かったように思われます.

いずれにしましても,我々の日々の生活の中での健康維持を考えると,このようなリスクの考え方,特にリスクベースドエンジニアリングの方法論は大変に有用と思えます.このリスクベースドエンジニアリングの考え方を医学,歯学に応用しようとして考えているのが,ここで言うところのリスクベースドメディシン,リスクベースドデンティストリーなのです.