研究テーマ

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光遺伝学を用いたシグナル分子の機能の解析

光遺伝学は狭義には、イオンチャネルを神経細胞に発現し光で操作することを示しますが、ここでは広義のシグナルタンパクの光スイッチを細胞に導入し、細胞に光を当て、シグナルのメカニズムを解明することを指します。 細胞生物学の最新の手法を用いて、細胞やシグナル分子の機能の新しい見方の提唱を目指します。

20世紀後半から生命科学は大発展を遂げ、いまや人ゲノムが全て解読され、構成蛋白の網羅的解析が行われ、遺伝子ノックアウトマウスが作られています。しかし、これまで生物学の殆どの研究は、結局のところ様々な条件での生物機能を描写(describe)するものでした。実際、実験に対する批判として、しばしば“生理的でない”という言葉が使われてきました。

我々は21世紀の生物学はこれと異なると考えています。

我々は生物システムを解明すべく、積極的に細胞機能を操作していきます。
光を使えば、時間空間的に細胞機能を活性化できます。
入力を様々に変化させ、その出力からシステムの構造を明らかにします。
もし有益な性質を細胞に付与できれば、産業に結び付くかもしれません。
我々のこれまでの幾つかの研究成果を紹介します。

(1)PI3キナーゼ シグナル分子の光制御

 PI3キナーゼは細胞膜にあるPIP2からPIP3を作る重要な酵素です。PIP3は様々な細胞内現象に関わっています。特に細胞の極性形成に関わるとされてきました。細胞の極性というのは、対称でないと言うことです。例えば神経細胞では幾つかの神経突起のうち1本だけが軸索となり、非常に長くなります。残りが樹状突起となります。情報は必ず樹状突起から軸索に伝わり、その反対はありません。これを神経の極性といい、ニューロコンピューティングにとって極めて重要な現象です。そのメカニズムとして、細胞の1つの突起でPI3キナーゼが特に活性化するというものが有力な仮説でした。本来、この仮説を証明するにはまだ運命の決まっていない突起の1つだけにPI3キナーゼを与え、活性化します。もし仮説が正しければその突起が軸索になるはずです。

 しかし、これまでは、そんな実験は不可能でした。PI3キナーゼの阻害剤はあるのですが、それを1つの突起にかけようとしてもすぐに拡散して周りの突起に影響が出てしまいます。しかし、この新しい方法を用いれば光スイッチ付のPI3キナーゼを細胞中に発現しておき、ある突起にだけ光を程好くあてるとその突起にだけPI3キナーゼが増えることになるのです。(もちろん拡散はするのですが、PI3キナーゼはタンパク複合体なので、分子量が大きく細胞膜を通過しないため、細胞内の拡散のモニターを行えば、常にその突起にPI3キナーゼが多い状態が作れます。)
 私は博士論文の審査の時に電顕の写真は素晴らしいが、機能的な実験がないと批判を受けました。その通りだと思いました。しかし、その当時は光スイッチもモニターする仕掛けもなく、細胞内の局所でのタンパクの機能実験はなかなかできなかったのです。
 この結果は残念ながらPI3キナーゼが軸索のキューとなるものではないということでした。ただ、軸索の真ん中でPI3キナーゼを活性すると両方向にアクチンの重合が波のように進んでいくウェービングと呼ばれる現象が見られました。つまり、PI3キナーゼは方向にかかわらず、アクチンを強く重合させ、葉状仮足を形成させるという働きがあるということがわかりました。

(2)BACCSの研究

 シグナル分子の中で特に重要なものは何かという問いに客観的に答えるには、やはりインターネットで論文数、研究者数を調べれば一目瞭然です。カルシウムは研究人口が非常に多く、これは筋肉の収縮、分泌、シナプス伝達のほか受精、細胞膜融合などあらゆる重要な細胞現象に関わっているからだと思います。

 こういうものの、光スイッチがあれば便利だと思って作り始めたのが、BACCS(Blue light-activated Calcium Channel Switch、青色光活性化カルシウムチャネルスイッチ)です。これは多くの人が狙っていることは明白だったのと、その時点で論文が出ていないことから、すでによく知られたタンパクではなかなかうまくいかないのであろうと考え、その時ちょうど発見されつつあったORAI1システムがカルシムチャネルであることを使えば何とかなるのではないかと始めたものです。
 スイッチはうまくできたのですが、ほぼ同時の研究グループが4つあるというコンペティティブな状況でした。我々のスイッチが今でも最もクオリティーが高いものと思っています。
Light generation of intracellular Ca2+ signals by a genetically encoded protein BACCS.
Tomohiro Ishii, Koji Sato, Toshiyuki Kakumoto, Shigenori Miura, Kazushige Touhara, Shoji Takeuchi, Takao Nakata.
Nature Communications. 2015 Aug 18; 6:8021. doi: 10.1038/ncomms9021

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(3)細胞内のシグナルの普遍性について

 みなさんは研究室のポスターなどでシグナルネットワークの流れ図を見たことがあると思います。あれを全て解明すれば生命の原理がわかるのでしょうか?実はあれは一部のモデル細胞についてのみ言えることなのです。同じ哺乳動物の細胞でも細胞によって基本的なシグナルに対する応答も正反対だったりします。
 我々は低分子量GタンパクのrhoAの光スイッチを作成し、細胞を刺激しても細胞により応答が全く違うことに気づきました。特にカルシウムは上がるといわれている細胞でも何個かに1つしか上がらなかったり、ほとんどの細胞で上昇したり、と応答が異なります。
 更にそのメカニズムを調べると、途中まで一緒ということではなく、全く異なっていることが分かったのです。これは分子進化をちょっと聞きかじっただけの一般の生物学者(我々)には大変な驚きでした。
Optogenetic control of small GTPases reveals RhoA mediates intracellular calcium signaling.
Hironori Inaba, Qianqian Miao, Takao Nakata.
Journal of Biological Chemistry. Jan-Jun 2021;296:100290. doi: 10.1016/j.jbc.2021.100290. Epub 2021 Jan 13.

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(4)骨や歯の形成

 東京医科歯科大学はもうすぐ大学の名前が変わりますが、これまでは医学部と歯学部があり医歯学融合を目指す国立大学としてユニークでした。我々もその一環を担えればと骨や歯の形成に関わる骨芽細胞、破骨細胞の研究にも取り組んでいます。
Optogenetic manipulation of intracellular calcium by BACCS promotes differentiation of MC3T3-E1 cells.
Moe Sato, Toshifumi Asano, Jun Hosomichi, Takashi Ono, Takao Nakata.
Biochemical and Biophysical Research Communications.2018 Oct 27. pii: S0006-291X(18)32269-1. doi: 10.1016/j.bbrc.2018.10.107.

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Aiko Takada, Toshifumi Asano, Ken-Ichi Nakahama, Takashi Ono, Takao Nakata, Tomohiro Ishii. Development of an optogenetics tool, Opto-RANK, for control of osteoclast differentiation using blue light. Scientific Reports. 2024 Jan 19;14(1):1749. doi: 10.1038/s41598-024-52056-w.
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(5)細胞融合とカルシウム

 こう見てくると我々はカルシウムに関わる研究が多いように思います。組織の形成において細胞の融合というものはたまにしか出てきませんが、大変重要なステップです。
 たとえば、胎盤の細胞、筋管細胞、破骨細胞等細胞の融合でできる細胞は案外多く、それにはカルシウムがトリガーとして働くことが知られています。しかし、それを直接証明した人はいません。我々は光スイッチを使ってこれまでアプローチしにくかった細胞融合の瞬間をとらえたいと思っています。
Development of a Cre-recombination-based color-switching reporter system for cell fusion detection.
Toshifumi Asano, Philipp Sasse, Takao Nakata.
Biochemical and Biophysical Research Communications. 2024 Jan 1:690:149231. doi: 10.1016/j.bbrc.2023.149231. Epub 2023 Nov 17.

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