細胞内輸送から細胞骨格蛋白質動態研究へ

細胞内輸送から細胞骨格蛋白質動態研究へ

研究者として独自の視点をもつことは非常に重要である。「異文化との接触」が現在の自分を形作ったと語る寺田純雄先生に、お話を伺った。

――現在のご研究に至られた経緯を教えてください。

  • 学部生の頃から研究に興味はありましたが、漕艇部や山岳部の活動に忙しく、研究室には通いませんでした。卒後は迷った末、臨床活動に専念する覚悟で埼玉医科大学第1外科に入局しました。尾本良三先生をはじめとする諸先輩がたの下、充実した外科臨床に励んでいましたが、心臓移植準備のための臨床研究の手伝いがきっかけとなり、基礎研究への憧れが蘇ってきました。折しも同級生の原田彰宏君から廣川信隆先生の解剖学第1講座への勧誘の電話をもらい、卒後3年目より基礎研究の道に入ることとなりました。埼玉医大の先生がたはいつでも戻ってこいと暖かく送り出してくださいましたが、このような身勝手を繰り返すまいと固く決心して進路を研究職へ変更しました。
  • 大学院に入った当初はなかなか成果が出ず、紆余曲折がありましたが、途中で助手にしていただいて6年後に、神経細胞内の細胞質性蛋白質輸送(遅い軸索輸送)の研究でその後の方向性を決める論文を書くことができました。以降、この細胞内輸送を駆動するモーター分子を同定し、輸送を支える足場としてシャペロン蛋白質が重要な役割を果たしていることを明らかにしました。このときのさまざまな失敗の経験や取り入れた種々の方法論が今の自分を支えています。
  • 細胞内輸送と細胞骨格蛋白質動態とは深い所で相互にリンクしていますが、解明が進んでいません。現在は、分子細胞生物学的手法、ケミカルスクリーニングや質量分析の他、蛍光相関分光法の拡張等の新規顕微測光法の開発を介して、この問題に取り組んでいます。特に新規顕微測光法の開発は優先課題です。潜在的な重要性を秘めた領域で、今後の展開を期待しつつ基礎的かつ本質的な成果を目指して実験を続けています。

――先生にとっての転換点とは何でしょうか。

  • 私自身、今のキャリアを最初から思い描いていたわけではなく、いろいろな人と会ったり勉強したりする中で変化しながら現在に至っています。例えば、バージニア大学のGary Banker教授の研究室に海馬神経細胞の低密度分散培養法を習いに行ったところ、たまたまウイルスベクターの存在を知りました。この偶然が、斎藤泉先生の開発されたアデノウイルスベクターを利用した、in vivoの遅い軸索輸送研究に繋がりました。マウス個体へのウイルスベクターの導入は、小宮義璋先生の教室でメタボリックラベリングの手技を教わったことで、初めて可能となりました。転換点の存在は実際には後になってわかることが多いですが、私の場合振り返ると、広い意味での「異文化との接触」がポイントとなっていたように思います。東大の解剖学教室には本質的な研究を重視する伝統があり、ここで研究者としての基礎教育を受けた意義はとても大きい一方で、私の現在は学外のたくさんの先生がたの影響なくしては考えられません。出会いは非常に大切です。研究の軸ができてきたら、積極的に打って出る姿勢も必要だと思います。

――研究テーマはどう設定すればよいか、ご意見をお聞かせください。

  • 研究テーマの設定は大きな問題ですが、じっくり考えた後は自分の経験にもとづいた勘に頼らざるを得ないと思います。自律的な研究者として筋道立って考えられるようになるまでは経験者の指導を頼りにするべきですが、その後は難しい。多くの場合、先達の意見は的確で従うべきですが、従わないことで初めて生まれる極少数のブレイクスルーがあることも事実です。
  • 私自身は臨床でも基礎でも、activityの高さ、つまり考えるのも大事だが何より体を動かすことが仕事を進める前提となる、という雰囲気に惹かれてその時々の進路を選びました。その選択は大きくは間違っていなかったように思います。初心者の頃は研究テーマについて考えこむより、単純にこの研究がおもしろそうだ、この指導者は自分と波長が合う、といったことを基準に選ぶので良いと思います。最初は自分の問題意識に立脚した問いが立てられなくても、経験を積み重ねるうちに何が本質的か、どこをやるとおもしろいか、次第に方向性が見えてきます。難しいですが、研究が深みを増すのもそれからです。

――MD研究者を目指す人に向けて、メッセージをお願いします。

  • 研究には大きく3段階あります。第1段階は発見、第2段階は発展と展開、第3段階は各論と応用、という流れです。たくさんの人とお金が必要となる第2・第3段階の研究を遂行することも必要な一方で、日本のような人的・経済的資源の限定された国にとって、今後鍵となるのはあまり資源を必要としない第1段階の仕事を展開する研究者を増やすことだと思います。そのためには研究者のheterogeneityがとても重要です。独創性の高い仕事の多くは異分野とのぶつかり合いから生まれるからです。この意味で、研究者の中にヒトの生物学の専門家としてのMD研究者が存在する意義は大きく、その数が減っている現状は問題です。
  • 卒後研修を経て認定医・専門医等の資格取得まで進んでしまうと、自身の年齢が障害となって、その後基礎研究に進むことをためらってしまいます。基礎研究には多少の「運」が必要で、資格取得のように年限を過ごせば必ず成果が出るというわけではありません。もし少しでも基礎研究に興味があるのであれば後回しにせず、できれば認定医等の取得に進む前にまず挑戦してみることをお勧めします。研究の向き不向きは学生時代の成績とはあまり関係がなく、やってみなければわからないですから。

――どうもありがとうございました。

東京大学医学部同窓会会報鉄門だより692号(2012年11月10日)「転換点」所収