研究室案内

そのほか進行中の研究

1.COVID-19に生じる血栓症・サイトカインストームの研究

2019年から全世界で猛威を振るっている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ではサイトカインストームといわれる強い炎症応答を合併すること、血栓症を合併することなどの特徴がありました。

東京医科歯科大学は、パンデミックの早期から、大学全体で一丸となってCOVID-19診療に取り組んできました。我々の研究室は、COVID-19の診療に協力する中で、血栓症の合併や、抗リン脂質抗体 (aPL)という自己抗体が陽性になる点などから、COVID-19は膠原病である抗リン脂質抗体症候群に似ていることに気付きました。また、サイトカインストームは重症の膠原病でしばしば合併し、治療に難渋する病態の一つです。そのため、我々の研究手法がCOVID-19でも役に立つかもしれないという思いから、COVID-19に合併するサイトカインストームや血栓症の研究を行いましたので、以下に紹介します。

COVID-19で東京医科歯科大学病院に入院した患者に合併した血栓症の特徴やリスク因子の解析を行い、本邦のCOVID-19患者には動脈血栓症と静脈血栓症が同程度に合併すること、入院時のD-dimerやフェリチンの高値が血栓発症のリスクになることを見出しました(1)。また、COVID-19患者に出現するaPLの頻度と臨床的な意義の検討を行いました(2)。

COVID-19にサイトカインストームや血栓症が合併するメカニズムを解明するため、国立感染症研究所と共同研究を行いました。遺伝的に肥満をきたすマウスにSARS-CoV-2を感染させると、内臓型肥満のマウスでは肺組織障害が重症化して、サイトカインストームを生じることが分かりました。東京医科歯科大学のCOVID-19の入院患者でも、内臓脂肪の多い患者で予後が悪く、炎症性バイオマーカーが高値であったため、内蔵型脂肪はSARS-CoV-2感染時の炎症増強因子になっている可能性があります(3)。本研究成果は東京医科歯科大学からのプレスリリースでも報告しました (4)。

さらに、SARS-CoV-2のS蛋白はマクロファージにサイトカイン産生をもたらすことを見出しました。この誘導能には変異株ごとに強弱があり、デルタ株では強く、オミクロン株では弱い誘導性を有していました。(5)

このように、COVID-19ではSARS-CoV-2への免疫応答を介して、様々な病態が生じることがわかりました。当科が有する知見や実験手法がCOVID-19の病態の一端を解明する助けになったのは望外の喜びです。

References

  1. Oba S. et al. Arterial and Venous Thrombosis Complicated in COVID-19: A Retrospective Single Center Analysis in Japan. Front Cardiovasc Med. 2021 Nov 19;8:767074, doi: 10.3389/fcvm.2021.767074.
  2. Oba S. et al. Thrombosis and antiphospholipid antibodies in Japanese COVID-19: based on propensity score matching. Frontiers in immunology. 2023 Oct 16;14:1227547. doi: 10.3389/fimmu.2023.1227547.
  3. Hosoya T, Oba S, Komiya Y, Kawata D, Kamiya M, Iwai H, Miyamoto S, Kataoka M, Tobiume M, Kanno T, Ainai A, Sato H, Hirakawa A, Mitsui Y, Satoh T, Wakabayashi K, Yamada T, Otomo Y, Miyazaki Y, Hasegawa H, Suzuki T, Yasuda S. Apple-shaped obesity: A risky soil for cytokine-accelerated severity in COVID-19. Proc Natl Acad Sci U S A. 2023 May 30;120(22):e2300155120. doi: 10.1073/pnas.2300155120. Epub 2023 May 22. PMID: 37216518; PMCID: PMC10235975.
  4. 「内臓脂肪の増加がCOVID-19のリスクとなるメカニズムを解明 」【保田晋助 教授】https://www.tmd.ac.jp/press-release/20230525-1/
  5. Kawata D, Iwai H, Oba S, Komiya Y, Koike R, Miyamoto S, Kanno T, Ainai A, Suzuki T, Hosoya T, Yasuda S. Diverse pro-inflammatory ability of mutated spike protein derived from variant strains of SARS-CoV-2. Cytokine. 2024 Jun;178:156592. doi: 10.1016/j.cyto.2024.156592. Epub 2024 Apr 3. PMID: 38574505.

2.SLE/APSの病態研究

全身性エリテマトーデス(SLE)の臨床研究

全身性エリテマトーデス(SLE)は若年女性に多く発症する自己免疫疾患の1つで、皮膚、関節、腎臓、神経、血球など全身の臓器に多彩な症状を呈します。かつては生命予後の悪い疾患でしたが、近年の治療の進歩によって副腎皮質ステロイドや様々な免疫抑制剤を使用することで治療成績は大きく向上しました。しかし、今でも従来の治療では十分な治療効果が望めない患者さんもいます。生物学的製剤をはじめとする様々な薬剤の開発が世界中で盛んにおこなわれており、当院でも多くの薬剤開発のための治験に協力施設として参加しています。また、一見いろいろな臓器の炎症が沈静化して、疾患活動性が低下したように見えても倦怠感などの症状が強く、日々の生活を送ることに困難を感じる患者さんも多く、unmet medical needs(満たされていない医療ニーズ)の多い疾患です。

私たちは日常診療の一環として、SLEの患者さんの医療情報、アンケート形式による患者さんのQOL(生活の質)の評価を行っております。また、腕時計型ウェアラブルデバイスを用いた生体指標を解析することで、生活の質の改善やより詳細・早期の疾患活動性の変化の評価が可能か、といったことを研究しております。また、SLE患者の長期・短期予後のコホート研究(PLEASURE-J研究)やループス腎炎治療におけるグルココルチコイド減量スピードによる腎予後の解析などの他施設共同研究にも参加しております。詳細は臨床研究の項目をご参照ください。

抗リン脂質抗体症候群(APS)の臨床研究

抗リン脂質抗体症候群(APS)は血液中に抗カルジオリピン抗体、抗β2GPI抗体、抗ホスファチジルセリン抗体などの抗リン脂質抗体が存在し、動脈や静脈に血栓症を生じたり、習慣流産などの妊娠合併症を引き起こす疾患です。全身性エリテマトーデスに合併することもよくあるのですが、治療方針は全く異なり、血小板や血液凝固に作用する薬剤を用いて、血栓症を予防していく必要があります。

APS患者の予防、治療、自然経過に関しては不明な点が多く、本邦におけるAPS患者さんの抗リン脂質抗体の測定の標準化と患者の詳細な情報を収集する研究(「抗リン脂質抗体症候群及び抗リン脂質抗体症候群疑い患者における前向き研究(J-RAPS)」)が北海道大学を中心に実施されています。当診療科もJ-RAPSの研究協力機関の1つとして、他の参加病院とともにAPSの解明を目指して、レジストリー構築をおこなっています。

全身性エリテマトーデス(SLE)のモデルマウスの解析

全身性エリテマトーデスは多彩な症状をきたすため、さまざまなモデルマウスが使用されています。我々の研究室では、MRL/lprマウス、NZBxNZW F1マウス、BXSBマウス、NZWxBXSB F1マウスなどSLEに類似した病態を自然発症するモデルマウスのほか、自然免疫刺激となるイミキモドを用いたモデルマウスを用いてSLEの病態解析と、新たな治療ターゲットの探索を行っております。

3.成人発症の免疫異常症に関する研究

これまで単一遺伝子異常に伴う免疫異常症の多くが小児期に発症すると考えられてきました。しかし、次世代シークエンサーの普及により、400を超える免疫異常症の原因遺伝子が報告される中、全体の40%が成人期に発見され、これまで考えられてきたよりも多くの成人発症の免疫異常症患者さんが存在すると考えられます。

一般に膠原病・リウマチ性疾患は多因子遺伝病と考えられ、典型的な膠原病・リウマチ性疾患では単一の遺伝子異常が見つかるケースはほとんどありません。しかし、非典型的な経過で暫定的に膠原病・リウマチ性疾患と診断されたケースや未診断の自己炎症症候群の中には、単一の遺伝子異常に伴う免疫異常症が隠れていると考えられます。このようなケースでは、時に原因不明のままフォローされたり、原因不明ゆえに治療に難渋することが少なくありません。

遺伝学的検査は単一遺伝子異常に伴う免疫異常症の診断には必須であり、有用な検査です。しかし、決して万能な検査ではありません。なぜなら、疾患関連遺伝子における遺伝子変異が既知の場合、解釈は比較的容易ですが、実際にはそのようなケースは非常に稀だからです。むしろ、報告がないために、病的意義が不明とされる遺伝子変異が見つかるケースの方が多いくらいです。現状、どのような症例に対して単一遺伝子異常に伴う免疫異常症を疑い、遺伝学的検査をすすめれば良いかの指針はありません。遺伝子変異=病気という単純な図式にはならず、結果の解釈は非常に難しい問題となります。そのため、遺伝学的検査の適応に関しては、個々の患者さんにおいて慎重に判断する必要があります。

それでは万が一、病気に関連している可能性がある遺伝子異常が見つかった場合はどうすれば良いのでしょうか。新規の遺伝子変異と患者さんの症状とに真に関連性があるのかを明らかにするためには、基礎的な実験による証明が必要になってきます。当科では単一遺伝子異常に伴う自己免疫疾患や自己炎症性疾患が疑われる患者さんの末梢血リンパ球の免疫表現型の解析や患者さん由来の細胞を用いた機能解析などを研究室で行い、遺伝子変異の病的意義を検討しています。私たちは変異の病的意義を明らかにすることで、病態を正確に把握し、最終的には適切な治療選択へと繋げていきたいと考えています。