ご家族の方へ

家族のためのハンドブック

コミュニケーションのために

ケネディー・クリーガー研究所
音声言語部門 アシスタント・ディレクター
キャサリン・ファーガソン(2008年改定)

Katherine Ferguson, MS CCC-SLP - Asst. Director, Speech-Language Dept. - Kenedy Krieger Institute

A-T患者のコミュニケーションスキルを向上させるには、患者が手段・方法を学ぶことと、周囲の人の支援が必要です。このふたつが合わさって、患者は他者との積極的なコミュニケーションが可能となるのです。

発語や言語のリハビリ・サービスは、患者が弱点への対応方法と障害を代替するやり方を学べるようなものが推奨されます。発語や言語に対するリハビリには学校を通じて提供されるサービスがふくまれます。学校を通じて行われるリハビリでは実行計画を作成します。また教室内でのリハビリと教室外での個人あるいは集団によるリハビリを含むことが有用です。教室内のリハビリでは、リハビリセンターで習ったことを実践的に練習させます。学校の先生は言語リハビリテーションの専門家のアドバイスを受けて、患者のリハビリを支援します。話すことによる疲労が大きすぎるときは先生がサポートし、あるいは代わりとなる方法を考えます。

一般的に、患者の障害をカバーする対処方法を早く学び実行すれば、患者は繰り返し長く利用することができます。早い時期に方針を学ぶことにより、A-T患者だけでなく家族や学校関係者も、その方法を活用できます。もっとも大切なことは全てのアドバイスを守り続け、練習を続け、実行し続けることです。

A-Tでは言語機能に明らかな影響が出ることが多く、治療としてどのように対処すればよいのかといった質問が良く出ます。言葉を他者に理解してもらえるよう明瞭に発音できない時、通常会話力の強化と理解力の向上を目指します。しかし、A-Tの子供にとって、これはけっして合理的な治療目標とはいえません。A-T患者は病気による身体調整能力の障害から、どうしても言葉を歯切れよく正確に話すことができないからです。単語では、どのような音もきちんと発声することができる子供も、文章や会話ではそれができなくなるケースは少なくありません。単語も複数の音で構成されているものは大変で、特に語尾が不明瞭になります。生理学的な見地からいって、口内で舌を早く正確に動かして音を作成することは、彼らには一苦労です。そのため、単語の後半の音はあいまいになり、あるいは省略されてしまいます。また正確に舌を動かし、音を形作ることができる場合も、それを相手に聞こえるように発声できないケースも間々あります。

例えば最後に“s”がくる“us”や“windows”です。患者の顔と口を観察すると、きちんと“s”を発音する動きをしていても、的確に空気を吐いて、音を作り出すことはできません。こうしたケースでは、語尾の音である“s”の音を作る練習をしても意味がありません。口や舌の動かし方は知っているし、音を出そうと試みているのですが、ただできないのです。

その結果、発語・言語治療において、基本的には患者が音声を作り出すトレーニングは推奨されません。ただし子供の年齢によって状況は若干変わります。どの音が発声しやすいかは、A-Tがどのように運動機能を障害しているのかによって変わります。そしてまた患者の運動のパターンと疲労の関係を知ることを常に頭に入れておく必要があります。A-T患者の運動により容易に疲れやすいので、ドリルを何度もやらせたり、繰り返し発声練習をさせたりすることは控えなくてはなりません。長い目で見れば、かえって悪影響が出てしまいます。

治療においては特定の音を練習させるのではなく、相手の言いたいことを理解し、自分の気持ちを伝えるコミュニケーション能力を高める、つまり代替となる方法を考えるべきでしょう。A-T患者の他の分野での治療と同様に、子供ができることや子供にとって助けとなる方法により注目すべきです。

頻繁に生じる重要な問題としてA-Tの子供は疲れてくると会話が困難になることがあげられます。子供は疲れると言葉が不明瞭になり、しばしば何をいっているのか分らなくなります。このような場合、 A-T患者は話すだけでどれだけエネルギーを使うのかを考え、患者の状況を慮る必要があります。子供が疲れていそうな場合は、長い文章からなる回答を引き出そうとしてはなりません。代わりに重要な単語、つまりキーワードだけを話すように促してみてください。例えば、「すいません。ここでオレンジジュースを飲んでもかまいませんか」といった丁寧な言葉を期待せずに、「オレンジジュース」とだけ言わせます。子供が疲れているときには「お願いします」とか「ありがとうございます」といった敬語を強制してはいけません。こうした表現はただ子供のエネルギーを消費するだけで、伝えたい内容は変わらないのですから。明らかに子供に元気が満ちあふれているときは、敬語を使わせてもかまいません。キーとなる単語や中心となる内容ですら話すことが辛そうな場合は、ひとつかふたつの単語で済むように会話を導いてください。また単純に「はい」か「いいえ」だけで済む質問にしたり、口で言う代わりにうなずくなどで気持ちを伝えてもらうことも必要です。

A-Tの子供と話していると、会話の一部しか分からないことは頻繁に起こります。このようなときは、自分が理解できたのはどの部分なのかを子供に伝えましょう。こうすると子供は相手が理解できなかった部分を言うだけで済みます。これは重要なテクニックですので、ぜひ覚えておいてください。前回と同じように、子供が文章を全て言ったとしても、また同じ箇所が通じないことがあります。話す際に必要な呼吸の力が弱いので、同じ箇所でトラブルが発生してしまうためです。同じ箇所が理解できないと、子供も聞く側もフラストレーションが募ります。このプロセスはとても労力が要るために、ついに子供は「もういい」といって諦めてしまいます。相手が理解していない部分がどこなのかを子供が分かれば、子供はその部分だけを話し、うまくいけばこの悪循環を断ち切ることができます。家族がそうしたテクニックを同じように誘導しても、テクニックを覚えられる子供もいますし、そうでない子供もいます。このテクニックによりフラストレーションを軽減できるのでしたら続ける価値はありますが、そうするかどうかは最終的には、A-T患者自身の判断によるべきでしょう。

会話力の脆弱さは社会生活や学校生活を送るうえでの障害となります。治療によっても上達が認められない場合は、子供自身に弱点を認識し他の手段で代替させることを教えることが重要です。幸いに多くの A-T患者にとって、聞くことは得意分野です。他の神経機能の障害が進行した場合も、聴いた言葉をすぐに記憶し物事を理解する能力は保たれます。この聴覚の優位性で、他の言語能力の問題を補うことが可能です。

言葉によってであれ、そうでない場合であれ、しばしばA-T患者は情報を理解し要求に答えることが一般の人に比べ時間がかかります。A-T患者は返答に時間がかかることは周りの人にわかりにくいので、その点も援助が必要だと考えてもらえれば助けになります。患者がもう少し待って欲しい、あるいはもう少し説明が必要だといった意味のことを示した場合は、できるだけそれに応じてください。もう少し待って欲しい場合には手を挙げるといった言葉によらないサインを決めておくと、患者は助かります。学校では1対1のサポートを受けている場合、子供がもう少し時間を必要としていることを介助者が相手に伝えるとよいでしょう。患者がそうしたことを自分で伝えられない場合は、周りで「もう少し考えたい?」とか「難しい?」と聞いてあげてください。そうすることによって患者も応答し話を進めることが可能になります。

子供が言葉を思い出せなくなってきたとしても、その後も単語の学習やその他の勉強は続けてください。語彙がなければ授業についていけなくなります。学校で勉強する単語学習は間違いなく重要なのです。また単純に単語を丸暗記するだけでなく、意味や使い方の理解が必要です。単語のカテゴリーやどういった場面で使うのかを知れば、語彙を増やすのが容易になります。ヒントを与えて単語を考えさせるゲームは語彙を増やすのに役立ちます。ゲームの例としては、まずあるカテゴリー (動物の名前など) を選びます。そしてそれぞれ挙げられるだけ答えを書き出し、その数を競います。もうひとつ例を挙げると、あるカテゴリーを決め、いくつかその答えを予めリストアップしますが、ひとつそれに含まれないものを正しくないとわかるように入れておきます。例えばカテゴリーを“果物”、回答リストには“りんご、みかん、ストーブ、バナナ”を挙げておき、仲間はずれのストーブを当てさせます。別の例としては、子供にあるものの色や働き、場所などを示させ、他の子供にそれに該当するものを答えさせます。ちょっと難しいゲームとしては、カテゴリーを決め、さらにそのカテゴリーの中で条件を絞り、関連したものの名前を答えさせます。例えばカテゴリーを“果物”として、条件を木に実るもの、あるいは赤いものは何かを考えさせます。

患者が言葉を思い出せない場合の助ける方法は、いくつかあります。まず、できる限り多くの言葉を表現してもらいます。あるいは、言葉を特定できるようにこちらから質問します。さらにその言葉に結びつきそうな聴覚的あるいは視覚的なヒントを与えます。そして患者に時間を与え、思い出すように促します。さらに助けが必要なようなら、その言葉の最初の音、または最初の音節をヒントとして与え、思い出すまで待ちます。その単語が複音節であるなら、次の音節を言い、また少し待ちます。すぐに答えを出さずに、ヒントは少しずつ出して能動的に考えられるようにしてください。

何かの指示を子供に与えた場合、指示内容の中で何がキーとなる重要な単語なのか、それを見つけることが大切だということを教えてあげましょう。子供がその重要な単語を認識するためには援助と練習が必要です。そのためにはまず、指示された言葉をそのまま、あるいは要点を復唱させてみましょう。これは子供の理解を助ける練習となり、また子供がうまく聞けていなかった場合は、そのことが分かります。うまく復唱できたなら、きちんと言えたことを子供に伝えてからもう一度指示を与えてください。

A-Tでは口部の運動機能を障害されるため、その影響は言葉の面にも飲食の面にも現れます。A-Tのことを知らない、あるいは特徴を理解していない人からすれば、運動機能の障害はトレーニングにより強化できるとのではと考えることは一見論理的です。口部の運動機能に問題があるからといって、筋力の強化は A-Tに対してはあまり効果的ではありません。口部運動機能をトレーニングすれば、嚥下、飲食、発語の機能を長期的に強化できるのかどうかは、現在のところ明らかではないのです。そうしたことから一般的には、A-T患者へ口部運動機能のトレーニングは推奨されてはいません。それでもA-T患者に対し、口部運動機能のトレーニングを実施しようとする場合は、トレーニング方法を事前に検証し、経過を詳細に観察する必要があります。A-T患者への筋力強化のトレーニングにおいては、絶対疲労が高まらないような注意を心がけなければなりません。患者の能力、どの程度進歩したのかを詳細に観察し、さらに患者本人 (可能であれば)、家族、セラピスト (参加していれば) で相談しながら継続すべきかどうかを確認してください。そしてトレーニングが効果的であることを示す長期的データはないことは念頭においてください。

口部の運動障害が進むと、A-T患者では流涎 (流涎) が問題となります。流涎は変化し、子供の成長とともに改善したり再発したりします。また子供によっては問題とならない場合もあります。なぜ子供により症状に違いがあるのか、また同じ子供でも時期により症状が変化するのかは明らかにされていません。流涎への対処としては、唾液を"すする"あるいは飲み込む方法があります。少し難しいのですが、この方法を用いる場合、まずこの技術を子供に教える必要があります。子供がこの技術を覚えたら、次にご両親が自分の頬に指を触れるような言葉によらないサインを行い、同時にお子さんの名前を呼んで、流涎に気付かせます。この言葉によらないサインにはふたつの目的があります。ひとつ目は言葉により、子供が受動的に命令に従うのではなく、子供に能動的な行動を起こさせることです。ふたつ目は流涎を流しているという社会的な負い目の払拭です。

もしお子さんの流涎の問題が続くようでしたら、違う対処方法も考えましょう。ひとつは手首に巻いたテニス用のリストバンドで流涎をふき取らせることです。もうひとつは、首に巻いたスカーフで流涎をふき取る方法です。スカーフは流涎で濡れたら取り替えるようにしましょう。この方法なら、目立たずに、また周りの人にあまり気付かれることもありません。

呼吸をうまく行う技術は基本的な体を支持する能力と全体的な運動機能により左右され、口部の運動機能や発語能力に影響を与えます。呼吸を適切に援助することは、相手に聞こえ、理解してもらえるだけの声量の維持に欠かせません。運動機能の障害が呼吸技術に影響を与え、十分な声を出せずに相手に聞き取ってもらえないことがあります。そうしたことから、呼吸機能の改善は治療面からも欠かせない重要な項目です。しかしA-T患者における呼吸訓練に長期的なメリットがあるかどうかは明らかではありません。それゆえ、こうした呼吸訓練の導入はA-T患者において一般的には推奨されません。

発語に必要な呼吸機能を強化するために、姿勢を正すことは効果的です。正しい姿勢で座るためには足がしっかり床に付いていなくてはなりません。また椅子に座る場合、小さなタオルまたは布を縦と横の幅を調整するため丸めて使用します。幅を調整したタオルを肩甲骨の間に収まるようにして背中に当て、あるいは肩甲骨の位置で背中とクロスするように置き、あるいは小さく丸め背中に当てます。こうしてタオルでサポートすると、腕と肩の動きが楽になり、また胸郭を開きます。こうるすと呼吸が楽になり、話しやすくなり、大きな声もでます。もし患者が車椅子を使ってよく動く場合は、タオルがずれてしまうかもしれません。それでも諦めずにまたタオルを当ててください。

A-T患者に構音障害 (どもり) が見られても、表情を見ながら注意深く聞けば、何を話しているのかを理解することができます。その結果、A-T患者でも会話によって意思を伝えることができ、特に患者の話に慣れている人に対しては問題なく行えます。またコミュニケーションのための代替器具もいくつか存在します。しかし、ろれつが回らない、あるいは構音障害があっても、代替器具を常に使用する必要はありません。眼球運動失行症があった場合も代替器具の使用を考えてよいでしょう。

仮に患者が伝えたいことの半分程度 (約60%) しか、口頭では伝えることができない場合は、コミュニケーションを補完する機器が役に立ちます。ホワイトボードのようなローテクなものでも、発話を補助するハイテク機器でも可能であれば詳しい専門家の意見を取りいれながら試してみるとよいでしょう。特に環境によって (相手がA-T患者に慣れていない場合や騒がしい場所で) は、ホワイトボードやハイテク機器などコミュニケーションを補完する機器は効果を発揮します。しかしどんなに高度な機器でも正常な発話の代わりにはならないこと、脳と口の自然な連携のようにすみやかに伝達されないことは理解しておく必要があります。患者が言いたいことが伝わらずフラストレーションが募り、その結果話すことを避けるようになった場合は、このような代替機器の使用を考慮することは重要です。

こうしたコミュニケーションの代替機器はA-Tを患った人にとって、大きな意味を持ちます。コミュニケーションは生きていく中で、強力な力となり、あらゆる面での知識や技術向上に欠かせぬものであり、前向きに生きるうえで必要不可欠なものだからです。

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