ジョンズ・ホプキンス病院 小児アレルギーおよび免疫部門
小児科・内科・病理学分野教授 ハワード M. レダーマン 医師・医学博士(2000年)
Howard M. Lederman, M.D., Ph.D., Professor of Pediatrics, Medicine and Pathology
Division of Pediatric Allergy and Immunology, Johns Hopkins Hospital
免疫系は主にふたつの機能があります。(1)体にとって見慣れない物質である異物を認識する、(2)その物質に反撃する、です。異物 (抗原ともいう) とは感染症を引き起こす微生物、移植組織あるいは他者から移植された臓器、または本人の体内に発生した腫瘍 (異物) のことです。免疫系の十分な機能は感染症を防ぎ、移植臓器に対し拒否反応を示し、がんと闘います。
免疫系の最も重要な機能のひとつは、感染症から身を守ることです。身体は常に様々な感染性微生物、例えば細菌、ウイルス、カビなどの侵入を受けています。これらの微生物は色々な感染症を引き起こします。ほとんどは危険なものではありませんが、一部の微生物は生命に危機を与えます。例えば平均的な個人は、呼吸器系ウイルスによる風邪を毎年何回かひいています。肝臓への感染 (肝炎) や、脳への感染 (脳炎)など重症化するウイルスもあります。よくあるバクテリアによる感染は、例えば溶連菌による咽頭炎や皮膚感染 (膿痂疹)、耳の感染症 (中耳炎) などです。多くはありませんが、細菌感染でも、脳を覆う膜 (髄膜炎)、骨 (骨髄炎) 、や関節 (化膿性関節炎)に感染すれば重症になります。
どんな感染症にたいしても、免疫系は微生物の侵入を防ぐことで私たち体を守ろうとします。正常な免疫系は侵入しようとする微生物を殺し、感染の拡大を抑え、感染してしまった場合は治癒します。免疫系に異常があると、効果的に微生物を殺すことができません。感染は広がり、治療を行わないと患者は死亡することがあります。免疫系に障害がある患者は感染症に対し抵抗力が弱く、それゆえこの障害は患者にとってもっと深刻な問題のひとつとなります。ただし患者によっては免疫系の障害があっても、感染症にかかりにくかったり、感染しても軽くすんだりする人もいます。一方、一般的には問題にならないまれな微生物に対しても、頻繁に感染し、感染した場合、重度になりやすい患者もいます。
体のどの部分も、微生物や他の異物に対する防衛が必要ですので、免疫系は体のあらゆる部分に存在し、どの部分にも到達できるようになっています。それゆえ血液、胸腺、リンパ節、骨髄、脾臓と多くの箇所に免疫系の重要な構成要素が配置されています。皮膚のような免疫系の手薄な部位に感染が始まった場合でも、信号が体をめぐり多くの免疫細胞へ感染箇所への救助を依頼します。咽頭に感染した場合は首のリンパ節が腫れ、また皮膚感染ではその部位が化膿 (血液中の白血球の活動による) するのはそういう理由からです。
免疫系は様々な種類の細胞とタンパク質により構成されています。それら構成要素は病原菌のような異物を認識し反応するなど、それぞれ特殊な役割を担います。例えばある構成要素は、病原菌を見つけ出すことが主業務であり唯一の機能です。他の構成要素の機能は主に病原菌と戦うことです。また他の構成要素は病原菌や他の異物を見つけ出し、撃退する両方の機能を有します。
免疫系の主な構成要素 |
・Bリンパ球 ・Tリンパ球 ・食細胞 ・補体 |
免疫系の機能は生命を維持する上で非常に重要なもので、多くの免疫系は複数以上の構成要素によって機能しています。過剰なほどの構成は予備的な仕組みであり、仮にひとつの構成要素が任務の遂行に失敗し、またうまく機能しなかった場合でも、他の構成要素が少なくともある機能を補填するようになっています。
Bリンパ球
Bリンパ球 (B細胞と呼ばれることもある) は白血球の一部で、主な機能は抗体 (免疫グロブリンまたはガンマ・グロブリンとも呼ばれます) の産生です。Bリンパ球は骨髄中の 未分化な細胞 (幹細胞) から分化します。成熟したBリンパ球は骨髄、リンパ節、脾臓、腸の特定の領域、そして少量ながら血液中で見られます。異物や抗原から刺激を受けると Bリンパ球は、最終的に抗体を産生するプラズマ細胞に分化します。これらプラズマ細胞や抗体は血流、呼吸分泌物、腸内分泌物や涙にまで入り込んでいきます。
抗体は高度に専門化した血清タンパク分子です。抗体分子は多種あり、どのような外来抗原であれ身体に侵入すると、それを確実に見つけ出す抗体分子があります。鍵と錠の関係のように、例えばポリオウイルスにはそれに合う抗体分子があり、ジフテリアを引き起こす病原菌や麻疹ウイルスにはまたそれに対抗する抗体分子があります。抗体分子の種類は広範囲に及び、Bリンパ球はあらゆる微生物に対抗できる抗体を作り出します。抗体分子が微生物を異物として認識すると、その微生物に接着し次々と複雑な対抗策を開始します。最終的には免疫系のある構成要素が微生物を破壊します。
抗体タンパク質の化学名は“免疫グロブリン”あるいは“ガンマグロブリン”です。結合する微生物によって抗体の種類は異なりますが、同様にその専門化した機能も変わります。この専門化した機能は抗体の化学構造によって決定され、その化学構造は抗体あるいは免疫グロブリンのサブクラスを決定してます。抗体または免疫グロブリンには、主に以下の5種類のものがあります。
・免疫グロブリンG(IgG)
・免疫グロブリンA(IgA)
・免疫グロブリンM(IgM)
・免疫グロブリンE(IgE)
・免疫グロブリンD(IgD)
それぞれの免疫グロブリンは特殊な化学特性を有しおり、それが特有の機能を与えています。例えば、IgGの抗体は大量に生成され、血流から細胞組織に流れ込みます。IgGの免疫グロブリン (抗体) は胎盤を通じて母親から胎児へ免疫を運ぶ唯一の免疫グロブリンです。IgAの抗体は粘膜の近くで作られ、涙、胆液、唾液、粘液などの分泌物の中に認められます。IgAは気道内や腸管内で感染症と戦います。IgM抗体は感染に最初に対応する抗体で、それゆえ重要であり感染後の2,3日間はこの抗体が防衛します。IgE抗体はアレルギー反応に関与します。IgD抗体の機能は未だ分かっていません。
抗体は私たちの体を様々な方法で感染から守っています。例えばある微生物は体細胞に付着してから感染をおこしますが、抗体は微生物に結合し、その微生物が細胞に侵入することを防ぎます。ある抗体は、ある種の微生物の表面に付着し、細菌やウイルスを直接的に殺す"補体"と呼ばれるタンパク質の集合体を活性化させます。抗体に覆われた細菌は覆われていない細胞に比較して、簡単に食細胞に摂取され殺されます。これらの抗体の働きはどれも、侵入すれば深刻な感染症を起こす体内組織へ微生物が侵入することを防ぎます。
Tリンパ球
Tリンパ球 (T細胞とも呼ばれる) はまた別のタイプの免疫担当細胞です。Tリンパ球は抗体分子を産生しません。その代わり、Tリンパ球には特別な役割を担っており、ウイルス、カビ、移植組織などの外来抗原に直接攻撃をしかけ、また免疫系の統括役とし機能しています。
Tリンパ球は骨髄中の幹細胞から分化します。胎児期の早期の段階で、この免疫細胞は胸部にある免疫系の特殊な器官である胸腺に移動します。リンパ球はその胸腺の中で、成熟したTリンパ球に成長します (“T”は胸腺“thymus”の頭文字です)。胸腺はこの過程の中で基幹的な役割を担い、胎児に胸腺がなければTリンパ球は発達しません。Tリンパ球は成熟すると胸腺から離れ、脾臓、リンパ節、骨髄、血液など免疫系の他の器官に移動します。
それぞれの抗体分子が異なる抗原に対応するように、Tリンパ球はそれぞれ異なった抗原に対応します。実際、抗体と同じようにTリンパ球は表面に分子を付着しており、抗原を認識します。Tリンパ球の種類は多く、Tリンパ球を持つ私たちの体はあらゆる抗原に対応できるようになっています。またTリンパ球は機能面から以下の種類に大きく分けられます。“キラー Tリンパ球”あるいは“エフェクター Tリンパ球”、及び“ヘルパー Tリンパ球”です。それぞれは免疫系の中で異なる役割を持っています。
キラーあるいはエフェクター Tリンパ球は侵入した微生物を実際に破壊する任務を担います。体内で増殖し、生存する能力を有する特定の細菌やウイルスから、これらのリンパ球は私たちの体を防御します。キラー Tリンパ球はまた、移植された腎臓のような体内の「非自己」組織に反応を示します。体内の感染した部位や移植組織に集まり、集まったキラー 細胞は標的に付着し、殺します。
“ヘルパー Tリンパ球”はBリンパ球からの抗体産生を手伝い、また異物を攻撃するキラー Tリンパ球を支援します。ヘルパー Tリンパ球は、Bリンパ球に抗体をより多く産生し、IgG、IgA、やIgEを作るよう指示するなど、Bリンパ球の機能を支援し増強する働きがあります。またヘルパー Tリンパ球はキラー Tリンパ球やいくつかの食細胞、特にマクロファージの機能も支援、および強化します。
食細胞
食細胞は免疫系の中でも特殊な細胞で、微生物を貪食し殺す機能を持っています。食細胞はまた他の免疫系の細胞と同様に、骨髄中の未分化な幹細胞から分化したものです。成熟すると、体のあらゆる組織に移動しますが、とくに血流、脾臓、肝臓、リンパ節、及び肺に移動します。
食細胞には多くの種類があります。そのひとつである多形核白血球 (好中球または顆粒球) は血中に多く存在し、感染の部位に数分のうちに移動することできます。感染が起きると血中での数が増え、また実際に白血球増多の原因になっている貪食細胞が好中球です。感染後数時間以内に血流から移動し、感染した組織に蓄積し、“膿”を形成します。食細胞には単球という種類もあり、この細胞は血流に多く循環していて、肝臓と脾臓で血管壁に並ぶように接着します。これらの部位では単球は血液の中を通りながら、微生物を捕まえます。いったん血流を離れ組織に侵入すると単球は、形と大きさを変えマクロファージに変化します。
体内での感染に際し、食細胞は多くの重要な機能を果たしています。貪食細胞は血管から離れて、感染部位の組織に入り込むことができます。いったん感染部位に入ると、侵入した微生物を飲み込みます。微生物が抗体または補体、あるいは両方により包まれている状態にあると、食細胞による微生物の捕食はより容易になります。一度微生物を飲み込みまた捕食すると、食細胞内で化学変化が起き、その結果微生物は死にます。
補体
補体系は約20種の血清タンパク質により構成されています。秩序だって活性系が作動して、感染防御に働き、炎症をおこします。補体系のいくつかのタンパク質は肝臓で作られ、またいくつかはマクロファージによって産生されます。防御機能を遂行するためには、補体の構成要素は不活性型から活性型へ移行しなくてはなりません。補体が活性化するためには、微生物と抗体が結合する必要がある場合があります。また一方、抗体がなくても補体が微生物により直接的に活性化される場合もあります。感染が起こると,補体系は感染防御において様々な重要な機能を果たします。補体系のタンパク質の1つは微生物を包み込み、食細胞が食べやすい状態にします。補体の他の構成要素は化学信号を送り、食細胞が感染箇所へ行くように導きます。最終的に微生物の表面にすべての補体系が集まると、複合体が形成されて、微生物の細胞膜 (外部皮膜) に穴をあけ、殺します。