システム研究部門 | 第1回 血流を確保せよ! 再狭窄を抑える新時代の「ステント」治療

脳梗塞、心筋梗塞といわれる怖い病気の原因は血管がつまって血流が滞ることによるもの。「血の流れがサラサラ」というのは昨今の健康ブームにおいて一つのキーワードにもなっています。
でも、発症後については意外と語られないのが現状。「ステント」を使った新しい治療法が発症後の生活に希望の光を投げかけていること、ご存知ですか?


東 洋 教授
お話をしてくれた先生 制御分野 東 洋 教授
岐阜薬科大学大学院薬学研究科修士課程を修了。薬学博士。
東京医科歯科大学医用器材研究所助教授を経て、2002年より現職。

先生のご研究は、言ってみると「血管」についてのご研究ということになるのでしょうか?
そうです。まずは動脈硬化の話からしましょう。なぜ動脈硬化になるか分かりますか?
コレステロール値が高いからとも言われていますが、それは重要な一因ではありますが、「全部」ではありません。実は、どうして動脈硬化になるのか決定的な理由はそもそも分かっていないのです。しかし、原因となりそうなポイントは見つかってきています。
ポイントと言うと何ですか?
少し難しい話になりますが、「エンドセリン」というアミノ酸で作られた生体内物質があるのですが、もともとは高血圧に影響を及ぼす物質として日本の研究者によって発見されました。それが動脈硬化にも関係しているらしいのです。
エンドセリンが血管の中で悪さをしているらしい、ということですか?
そうなのです。また少し専門的な話になりますが、血管の内側は内細細胞と言う細胞によって敷石状に覆われていて、それは血管が正しく働くためにとても重要なのです。
内皮細胞の本来の働きが低下したり消失すると、エンドセリンの産生量が著しく増加し、これが動脈硬化の「モト」になる「内膜肥厚」を誘発し、血管の内腔が狭くなってしまいます。
それが長い時間の後に動脈硬化になってしまうわけですね。
正常血管組織像 内皮細胞の機能破綻後に認められる内膜肥厚と内腔狭窄
この「モト」を作るのに、エンドセリンが関係していることが分かってきました。ですから、エンドセリンの働きを抑えてあげれば動脈硬化は起こらないのです。
エンドセリンが動脈硬化の原因になるには、対応するエンドセリン受容体と結び着くことが必要です。ですから、エンドセリンが沢山作られても受容体と結び着かなくすることができれば、動脈硬化にはならない筈だと考えることができるでしょう。
エンドセリンが悪さをする前に、エンドセリンに似たカギを用意して、カギ穴である受容体を塞いでしまうのですね。
私たちは、エンドセリンに似たカギに相当する物質を発見し、ATZ1993と名づけました。2000余りテストした物質の中で1993番目に見つかったのです。
ATZというと東先生の「A」ですね!
それもありますが、本当は「A to Z」、最初から最後までずっと、という可能性の広がりを名前に込めました。
ATZ1993 をどうやって血管内の、しかも狭窄している部位に入れるのですか?
ステントってご存知ですか?これなのですが。
ステント
狭心症などの治療によく使われるのですが、細いチューブの先に小さい風船がついていて(風船は萎んだ状態)、風船の周りに金属製のステントが折り畳まれています。血管の患部までチューブの先端を差し込み、そこで、空気を送り込んで、風船を膨らませることで折り畳まれたステントを広げます。広げたステントをそのまま患部に留置することによって、血流を確保するのですね。
ステントは金属ですよね?血管内に金属性ステントをそのまま置いておくのは少し抵抗がありますが、血流を確保するためには仕方ないですね。
実は、そのまま留置しておいても、再度そこが狭窄してしまうことがあります。
そこで、ステントにATZ1993を塗ってあげれば、再狭窄の予防にならないかと考えました。ただ、長い期間じっくりとATZ1993が効いてくれないと困るわけです。そのまま塗っただけだと、一度に放出されてしまいますから。
道のりは険しいですね。
実はその方法ももう見つかっているのです。
当研究所で発明されたMPCとBMAというポリマーがありますが、このポリマー表面は血栓が出来にくい性質を持っています。このポリマーとATZ1993とを混ぜ合わせて金属ステント表面をコーティングすると、持続的にポリマー内からATZ1993を放出させることが可能になりました。局所的に ATZ1993放出を制御出来ることと、ポリマーの有する血栓形成抑制作用とが相まって再狭窄を効果的に抑えることもわかりました。まだ、動物実験のレベルですが。
脳梗塞になった方が、再度血管がつまってしまうことをすごく気にしたりする場合がありますが、再狭窄を予防することで、心置きなく今までと同じ活動的な生活を満喫できるという人はたくさんいると思います。
私が提唱している「QOA」、クオリティオブエイジングというのはまさにそういうことなのです。
平均寿命が延びて、多くの人が加齢による身体の不具合を抱えて生きていく時代になりました。でも、せっかく長生きするなら、いつまでも元気に楽しく過ごしたいですね。
年齢とともにいろいろなことをあきらめてなくもいい、まだまだずっとワクワクしていられる、という「ワクワク」はとても大切なキーワードです。ワクワクしなければQOAは実現しません。
先生のご研究はQOAの手助けをする、ということですね。私もずっとワクワクを忘れないで過ごしたいと思います。

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