システム研究部門 |第1回 難病に負けるな! ケミカルバイロジーが拓く創薬新時代

人生中盤に突入し、本人及び身内の健康不安に心を痛める日々を送る。
ガンや白血病など、不治の病と言われていた病気にもいろいろな治療法が研究開発され、生存率も高まりましたが、それらの病が難治疾患であることには変わりありません。難病に苦しむ人々を救おうという強い信念と執念のもと、今日も研究が続けられています。


影近弘之 教授
お話をしてくれた先生 薬化学研究室 影近弘之 教授
東京大学大学院薬学系研究科修士課程修了。薬学博士。
同・助手、助教授を経て、2004年5月から現職。

先生のご研究の成果として、白血病の治療薬が認可されたと聞きました。
先生のご専門は新しい薬を作りだすための研究、ということになるのでしょうか?
はい。認可されました。確かに私の研究は生体材料工学の中では薬学の分野ということになります。
まず「ケミカルバイオロジー」のお話からしましょう。[ケミカルバイオロジー」とは簡単に言いますと、化学の知識や技術、特に人工的に作った化合物を使って生命科学の未解決な問題を解明しようという取り組みです。
先生の研究室は「ケミカルバイロジー」分野の中の研究室でしたね。
具体的に言うとどんなことでしょうか?
例えば、まだ働きがはっきりしていないタンパク質があるとします。そのタンパク質と結合するような化合物を探したり、つくったりします。そして、その化合物が細胞や個体にどんな反応を起こすかということを分析することで、タンパク質の働きを明らかにすることができるのです。
ケミカルバイオロジー自体は生命科学の基礎研究なのですが、働きがわからなかったタンパク質が医薬品のターゲットになったり、用いた化合物が医薬品に展開したりするので、創薬と密接に関係しています。ケミカル(化学)バイオロジー(生物学)という言葉も、実は私たちが研究を始めたころにはありませんでした。最近になっていろいろな分野の人が使うようになりました。
ケミカルバイロジーと創薬がこれで結びつきました。では、先生が開発した白血病の薬はどういう働きで病気を治すのでしょうか。
この「化合物」は「核内受容体」というタンパク質に結合して、細胞の機能をコントロールします。

核内受容体とは 何かの分子と結びつくと遺伝子の働きを制御して大事なタンパク質を作る、そのスイッチだと思ってください。このスイッチを入れることによって、細胞の増殖や分化をコントロールします。

例えば私たちが研究していたガン細胞を例にしてお話ししますと、一般に使われている抗ガン剤は、ガン細胞を殺すという目的で作られています。いわば細胞にとっては毒というわけです。私たちは、殺すのではなく、ガン細胞をコントロールして正常な細胞に作りかえるような化合物に注目しました。
HL-60(画像)
そこで、もともとガン細胞の増殖を抑える効果があることが分かっていた「レチノイン酸」を使えないかと考えました。
レチノイン酸というのは、最近化粧品によく使われているものです。
レチノールというのは実はビタミンAのことなのですが、これが体内に入って代謝されるとレチノイン酸になります。そして核内受容体と結びついてスイッチを入れると、細胞の増殖をとめたり、分化させたりするのです。その結果、ガン細胞、中でもある種の白血病細胞に有効であることが知られていました。
つまりレチノイン酸を摂取すると、白血病細胞の増殖が抑えられるということですね。
ただ、レチノイン酸は非常に不安定な物質なので、レチノイン酸のいいところを残し、悪いところを補強する新たな化合物が作れないかと試行錯誤しました。そして、望み通りの効果を上げた化合物が白血病の認可薬になった「Am80」です。薬としての名前は「タミバロテン」といいまして、製品名「アムノレイク錠2mg」として販売されています。投薬なら難病に苦しむ患者さんの負担も軽くて済みます。
アムノレイク錠 写真
白血病と言ってもいろいろ種類があって、Am80が有効とされているのは、いまのところ骨髄性白血病の中の急性前骨髄球性白血病というものです。レチノイン酸も、この白血病の治療薬になっていますが、再発した場合にはレチノイン酸が効かなくなるのです。しかし、Am80の場合は、再発後でもある程度の割合で効果があることも分かってきたのです。
先生は製薬化までこぎつけた最大の決め手は何だったと思われますか?
絶対に薬にするんだという強い信念と執念が研究者側になければ難しいと思います。私は若造でしたから、先生の執念に引っ張られました。でも、 Am80で少しでも命が救われていると思うと、本当にうれしいです。
先生、今後の研究テーマをお聞かせください。
白血病だけでなく、様々な難病にチャレンジしたいです。また、Am80については、白血病だけでなく、もっといろいろな病気に使えるのではないかと思っています。特に、免疫異常による病気にもAm80が有効ではないかと期待していまして、その可能性を探っています。免疫というのはバランスなんですね。そのバランスが崩れると免疫異常の状態になってしまいます。
細胞の働きをコントロールするAm80で、そのバランスを元にもどせないか、というわけですね。
その通りです。今、免疫異常の疾患は非常に増えています。クローン病や潰瘍性大腸炎などは特に増えていると聞きますね。
先生のご研究がさらに進むことを期待しています!

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