素材研究部門 |第2回  ナノサイズの薬運搬車 狙ったところに薬を届ける「ナノゲル」の働き

毒と薬が表裏一体なのは周知の事実。悪い細胞を攻撃する薬は正常な細胞も攻撃してしまいます。
悪い細胞だけに薬を届けることができれば副作用は軽減できるはず。
「ナノゲル」という小さな小さな物質を薬の運搬車に仕立てると、狙ったところに薬を運んでくれるのです。


秋吉一成 教授
お話をしてくれた先生 有機材料分野 秋吉 一成 教授
九州大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。
1993年京都大学大学院工学研究科助教授を経て、2002年より現職。

最近、よく“ナノテクノロジーによって”というような宣伝文句を聞きますが、実生活の中でどのように役立っているのでしょうか。
1ナノメータというのは10億分の1メートルなのですが、地球の大きさと比べた場合、1ナノメータはピンポン玉くらいです。でも、それだけではやっぱり「ナノメータで何ができるのか」がよく分からないと思います。
まずは私たちが研究を続けているドラッグデリバリーシステム(DDS)についてお話ししましょう。DDSはご存知ですか?
言葉のイメージからすると、狙ったところに薬を届ける仕組みということでしょうか?
そうです。薬が正常な細胞も攻撃してしまうこと、いわゆる副作用ですが、抗がん剤などの副作用はよく知られていますね。それから、人の遺伝子が解読されて、いろいろな遺伝子治療も可能になりつつありますが、遺伝子を正しいところに送り込むという必要性からもDDSは重要になってきています。
薬にしても遺伝子にしても、身体の中をめぐって細胞レベルで作用しますから、そういった意味で細胞よりもさらに小さなナノスケールである必要があるのです。
そこで私たちは薬や遺伝子を運ぶ車として「ナノゲル」を研究開発しました。
ナノゲルというのは、何でできているのですか?
体内に入れるわけですから、生体内にあるものがいいということで、多糖を使っています。寒天のようなものです。
ところで、そんな小さな車を人間の手で組み立てることができると思いますか?
実際のところ、私たちが組み立てるわけではないのです。例えば、私が座っている椅子、これを部品ごとにばらして置いておいても、部品が勝手に動いて椅子になってはくれません。ところが、生体内のシステムはというのは実によくできていて、材料だけを一緒に置いておくと、いわば自然界の法則のようなものが働いて勝手に組み上がってくれるのです。これを「自己組織化」と言いますが、この力を利用して、ナノゲルを作っています。
ナノゲル
自然には本当に驚くべき力があります。私たちはそこから多くのものを学び、技術として取り入れることで新たな材料を作っているのです。
ではナノゲルを使うと、どうして狙ったところに薬を届けることができるのでしょうか?
その前にまず、「分子シャペロン」を説明いたします。
タンパク質同士はもともとくっつきやすい性質で、何かの刺激ですぐ固まってしまうのです。固まってしまうと細胞は正常に機能しなくなります。この代表的な例がBSEの元として取りざたされているプリオンです。このタンパク質同士の凝集を防ぐ機能が「分子シャペロン機能」です。ナノゲルにはこの分子シャペロンと同じ機能があるので、薬をやさしく保護して患部まで届けることができるのです。
分子シャペロン機能で道中薬を守ってくれるのは分かりましたが、それがどうして患部で壊れるのでしょうか。
生体システムとナノゲルはいってみればコミュニケーションをしているんです。このコミュニケーションを利用して、中に入れるものの組み合わせを変えることで、どこでナノゲルを壊すのかをコントロールできます。
他にもナノゲルの先輩にあたる「リポソーム」をDDSに利用する研究もしています。細胞膜成分の脂質分子を水に入れておくと、自己組織化で中が空洞の丸い膜、一種の人工細胞ができるのですが、これがリポソームです。
ナノゲルが登場した今、それはそろそろ必要ではなくなるのではないですか?
一概にそうとも言えません。確かにナノゲルはリポソームで運べないものを運ぶことができますが、用途が違うのです。
なぜ圧力なのですか?
大量のものを一度に運ぶタンカーとこまめな配達に向いている軽トラック、どちらが優秀とは言えないのと同じことですか。
大量のものを一度に運ぶタンカーとこまめな配達に向いている軽トラック、どちらが優秀とは言えないのと同じことですか。
その通りです。
リポソームに細胞のごく一部の機能を持たせることができるのですが、それはやはり生体細胞とコミュニケーションします。でも本物の生体細胞と比べるとまだまだで・・・私たちの究極的な夢は、やはり生体とまったく同じに機能する人工細胞を作ることでしょう。
ナノテクノロジーには自然との対話が不可欠ということがよくわかりました。人工細胞ができたら、それが生体細胞とどんな会話を交わすのか、また是非お話を聞かせてください。

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