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家族のためのハンドブック

A-Tの概要

ハワード M. レダーマン、トーマス O. クロフォード (2000年)

Howard M. Lederman and Thomas O. Crawford

毛細血管拡張性運動失調症 (A-T) は発症頻度が稀な退行性疾患であり、初期症状は小児のときに現れます。複雑な病気であり体の色々な箇所に影響を与えますが、特に脳と免疫系への影響が顕著です。

A-Tは時間の経過とともに病状が悪化する進行性の病気です。最終的にはほとんどのA-T患者は車椅子の生活を余儀なくされ、日常生活に介護を必要とするようになります。

A-Tが科学の文献に最初に登場したのは1926年のことですが、体系的な研究が始まったのは 1960年代からです。研究の成果は病気への理解を深め、病気への対処に役立ってきました。まれな病気であるにもかかわらず、研究者はA-Tへ高い関心を寄せています。というのはA-Tは多面的な疾患であり、A-T研究が神経系の疾患や免疫不全、老化といった主要な健康上の問題を知る手がかりになるかもしれないからです。

兆候と症状

A-Tの一連の兆候および症状は独特のものでありますが、患者によりその深刻度にはかなりの差異がみられ、これがA-Tの特徴となっています。A-Tによる病気の徴候は年を追うごとに確実に悪化します。しかしながら、悪化のペースおよび症状出現の予測は今のところ不可能です。

A-Tのもっとも特徴的な病的症状はバランスおよび運動調整の欠損 (運動失調症) と、眼球結膜(白目)の部分に血管の拡張が現れることによる目の充血 (毛細血管拡張症) です。その他、以下のような兆候、症状も現れます。

歩行の異常(運動失調症)と姿勢異常

A-Tの子供は一般的に歩き始めるまでは、特に異常は示しません。ところが歩行しようとするとふらつき、立ち止まっていることも困難で、座っていても体が落ち着かなくなります。こうした症状は2,3年間小康状態を保ち、また改善されることもありますが、歩行、姿勢ともに最終的には悪化します。さらに時間が経過するにしたがい、多くのA-T小児は異常動作━振戦 (発作的な収縮が制御できなくなったり、手足が勝手に動いたりする【舞踏病】) 、手足を大きくねじる動作 (アテトーシス) 、姿勢がぎこちなく、ねじれてしまう筋緊張異常(ジストニア)、を発症します。

不明瞭な発語(構音障害)と流涎(よだれ)

A-Tの小児はごく早期から発音が不明瞭であり、後に多くの場合はより悪化します。発語は不明瞭ですが、意思の疎通は可能です。ただし会話には努力を要します。

目の動きの問題(眼球運動失行)

視力は通常ですが、ほとんどのA-T患者は眼球の制御、動作がうまくいきません。最終的に多くの患者は読むことが困難になり、動いているものを目で追うこともできなくなります。

物をうまく飲み込めない(嚥下障害)

ほとんどのA-T小児は10代までに、食物をうまく咀嚼できなくなり、また飲み込めなくなります。誤って気管に食物や飲み物が入ってしてしまうこともあります。

知能

知能の測定は難しいのですが、一般のテストで同年代の子供と比較すると、低い結果になる場合があります。本症により患者は、脳内の処理プロセス速度が遅くなり、思考に時間を要してしまうためだと考えられます。加えて、A-Tは顔の表情を緩慢にさせるので、"愚鈍"で集中力に欠けるという印象を周りに与えます。一般の学校に通い続ける患者もいますが、ある時間だけ特殊学校へ通ったり、また完全に特殊学校だけに通う患者もいます。

皮膚

血管の拡張 (毛細血管拡張症) は通常、患者が5歳から8歳までの間に、眼球の白目部分に現れます。しかしその年齢を過ぎても症状を表さない場合もありますし、生涯症状を示さない患者もいます。白目に血管の拡張ができると、目の充血または感染 (はやり目) のような症状になります。皮膚、特に日にさらされる箇所、は早期老化の症状 (早老症) を示してきます。顔、手、および脚の皮膚にしみのような斑点ができる人が多く、特に年齢を重ねるにしたがい目立ってきます。子供の白髪も少なくありません。

免疫系

80%以下のA-T患者は免疫不全 (免疫グロブリンおよび白血球が低値である) の兆候があり、その結果感染症にかかりやすくなります。免疫不全の程度は患者により大きく異なり、軽度の場合もありますが、深刻なケースもあります。通常は免疫不全の程度は生涯変わりませんが、悪化する場合もあります。

がんにかかりやすい

患者が生涯でがんになる確率は約30%です (3人に1人)。この確率は同年齢の一般と比べ約1,000倍にもなります。免疫系 (リンパ腫) を含む、ほとんどすべてのがんにかかりやすく、また異常なA-T遺伝子の影響で、一般の人と比べてがん治療はわずかですが難しくなります。

成長および内分泌系

他の子供と比べ、多くのA-Tの小児の成長は遅いものです。身長の伸びに比較して体重の増加は、年齢とともに少なくなります。理由のひとつとして、通常の食事、飲み込みが難しくなるためでもあります。思春期が遅れたり、また完全にないこともあります。

A-Tの診断方法

発症が非常に少ない病気であるため、A-Tであると診断を下すことは簡単ではありません。A-Tの小児はしばしば脳性麻痺あるいは、フリードライヒ失調症のような神経系障害と最初は考えられます。A-Tの診断は、医学的検査や臨床検査により行われます。ひとつの重要な検査方法は血清アルファ・フェトプロテイン (AFP) の数値を調べることです。A-Tの患者は一般的にこの数字が高いからです。臨床検査では、放射線の感受性を調べることもあります。普通の人と比べ放射線を被爆すると、A-T患者の白血球は染色体が壊れたり、白血球自体が死んでしまう率が高く、これを調べます。

確率

A-Tは非常に珍しい病気でが、男女ともにすべての人種で、世界中のすべての国で発症することが知られています。米国内でA-Tは30万人から40万人にひとりの割合で発症すると見積もられています。A-Tチルドレンズ・プロジェクトが把握する米国内の患者数は約350人です。

原因

A-Tは11番染色体の遺伝子の欠陥が引き起こす、常染色体の劣性疾患です。A-Tが発生するには、両親からそれぞれ欠陥のある遺伝子をひとつずつ継承しなくてはなりません。A-Tの責任となる遺伝子は ATM (Ataxia-Telangiectasia Muted) と呼ばれます。ATM 遺伝子は ATM タンパク質と呼ばれる大きなタンパク質を生産します。ATM 患者は一対の11番染色体の両方に欠陥のある遺伝子を持ち通常ATM タンパク質が作れなくなります。研究者はATM 遺伝子とタンパク質を集中的に研究し、A-Tとは何なのか、どう進行するのか、そしてなぜその欠陥が病気を引き起こすのかについてより深く知ろうと努めています。

病気の経過

もっとも最初に現れる症状は姿勢の維持、および身体制御に困難を生じることです。A-Tは歩行を学び始めるときに、しばしば顕在化します。子供はみんな歩き始めは不安定なのもですから、両親はただ歩行の上達が遅いものと思いがちです。普通はA-Tの小児も普通の人と同様に歩き始めます。しかしバランスを維持できないので立っているだけで前後にふらつき、しゃがみこみ、あるいは大抵はつまずいてしまいます。

A-Tでは神経的な障害の経過は個人により大きく異なります。多くの患者で学校に上がる前の一時期、改善が見られますが、しかしそれはゆっくりとしたペースです。これは脳性麻痺でもよくあることで、この時期はしばしば脳性麻痺と誤診されます。また就学前ときには就学後、ある運動機能の一部に悪化が見られます。子供により、歩行困難、バランスの悪化、字が書けない、不自然な目の動き、発語困難などの症状を発症します。さらに眼球に毛細血管拡張症が現れ、これを検査することによりA-Tの診断が下ることが少なくありません。さらなる時間の経過とともに、病状はより顕著になり、手足や胴体の制御が難しくなるといった問題も発生します。

A-T患者は副鼻腔(副鼻腔炎) および肺 (気管支炎、肺炎) への感染症に対する抵抗力が弱い場合がほとんどです。また悪性腫瘍やがんの発症リスクも高く、特にリンパ腫のような免疫系へのリスクは高くなります。

A-Tの進行経過は人により大きく異なります。大学に通ったり、自活した生活を送ったり、ときには50代、さらに60代まで生存する患者もいますが、まれなケースです。

治療

現在のところ、A-Tに対する治療法はありません。できることは健康を保ち、感染症や他の病気にかからないようにすること。また周りの人ができるだけ日常生活を支援し、身体機能を維持することです。できるだけ学校に通い、普通の生活を続けられるよう勇気付けてください。

手足の動きを円滑にするために薬物が処方される場合もあります。しかし兆候あるいは発症の可能性のある病気を科学的に抑制する薬物療法はありません。両親や病院のスタッフは副鼻腔や肺に対する感染症への用心を怠ることなく、また迅速な処置を心がけてください。栄養に気遣い、また嚥下の際のトラブルを防ぐことは患者の健康を維持するために効果的です。

A-T患者の機能を維持するために、理学療法や作業療法は効果があります。言語治療は患者のコミュニケーション能力を高めます。色々な適応技術があり、教室や家庭で運動機能を高めるのに役立ちます。患者ができるだけ自分の運動機能をうまく使えるよう支援する実践的な運動療法は概して効果を示します。また運動失調の場合でも"次善策"として少しでも運動機能を高めるよう努めるべきです。しかしながら集中的に療法を施しても、潜在的な神経系疾患の発症を抑えるための治療法は今のところ存在しません。

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