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家族のためのハンドブック

<i>ATM</i>遺伝子と ATMタンパク質

テルアビブ大学人類遺伝学(イスラエル)
ヨゼフ・シロー 理学博士(2008年改定)

Yosef Shiloh PhD
Tel Aviv University, Dept. of Human Genetics, Tel Aviv, Israel

タンパク質と遺伝子

タンパク質はアミノ酸と呼ばれる構成要素からなる大きな分子の集合体で、細胞の構造、機能、およびライフサイクルをコントロールします。個々のタンパク質がそれぞれ固有の役割を細胞生理および細胞構造において果たし、協調して体を構成するすべての細胞の発達や機能を統治していると言えます。

タンパク質は、遺伝子に書き込まれている設計図の指示通りに作られます。DNAのある特定の領域である遺伝子は、タンパク質の構造およびタンパク質がいつ、どういった割合で生成されるのかを決定します。多くの遺伝子は遺伝子ごとに塩基配列の並び方の順番を変えることで、特定のタンパク質をコードします。すべてのヒトの細胞はおよそ24,000個の遺伝子のコピー有し、それがヒトを形作る設計図となります。これらの遺伝子は遺伝子をコードしないDNA分子の領域によってつなぎ合わされています。細胞ごとにDNA分子は折りたたまれ、染色体と呼ばれる生体物質を形成します。これら遺伝子と染色体は複製され遺伝、つまり親から子に引き継がれるのです。

遺伝子の構造が健常であれば、タンパク質は正しい形で適切なタイミングで作られ、生理的機能は適切に働きます。何かの誤り (変異) により変形が起こった場合、タンパク質はまったく生成されなかったり、あるいは異常な形態で生成され、本来の機能を発揮できなくなります。この変異の結果が先天奇形や代謝異常、発育異常を引き起こします。A-Tはこのような遺伝的な異常のひとつです。

A-T遺伝子

A-Tを引き起こす遺伝子は1995年に同定され、ATM(A-TMuted) という名称が付けられました。これは11番染色体上の大きな遺伝子で、DNAの15,000以上の塩基から構成され、66セグメント (エクソン) あり、またその生成物であるATMタンパク質の構造についての情報を有しています。A-T患者のDNA中にあるATM遺伝子のすべての箇所で変異が見られます。A-Tを引き起こす変異のほとんどはATMタンパク質の産生を妨げます。非常に少ない例ですが、軽症なA-Tでは正常なATMタンパク質を少量産生する変異も存在します。

ATMタンパク質の働き

ATM遺伝子の発見は研究者達がATMタンパク質の機能を研究する道筋を開きました。ATMタンパク質を同定し、機能を解析するにはATM遺伝子がもつ情報が不可欠なものであるため、ATM遺伝子が発見され始めて研究が進んだのです。たとえばタンパク質を特定化するためのひとつの鍵となる方法は、特別にタンパク質と結合する抗体を開発することです。そのような抗体を作り出すことは、遺伝子配列が分かっていれば簡単です。遺伝子配列を知ることのもうひとつの利点は、試験管で人工的にATM遺伝子を増やし、細胞に導入することで、細胞に大量にATMタンパク質を産生させることができます。同様に重要なのなのは“ノックアウト・マウス”を使い、ヒトのATM遺伝子に相当するマウスの遺伝子を変異させ、A-Tの動物版が作成できることです。こうした実験はすべてATMタンパク質とその機能の研究に役立っています。

ATMの解析からはATMは3056アミノ酸からなる巨大タンパク質であることが明らかとなりました。ATMタンパク質は細胞中の多くの他のタンパク質と相互作用し、化学的修飾によりタンパク質の活性が変わります。そしてATMが固有のさまざま機能をもつ多くの“標的タンパク質”の働きをコントロールします。ATMは“生理的な主要な調節因子”として一度に細胞中において多面的に機能に影響あたえる力を持っているのです。

A-T遺伝子の特徴

・11番染色体上にある
・150,000のDNA塩基により構成されており、66のセグメント (エクソン) をもつ。
・コードするタンパク質は、
 巨大で、3056アミノ酸により構成されている。
 DNAの損傷に反応しDNA損傷応答機構を活性化させる。
 ATMを含むネットワークはDNA修復メカニズムや多くの他の調節機能を含む。

ATMタンパク質はDNA近くにある細胞の核にあります。わずかですが核の外でもさまざまな細胞構造に接しATMは存在しています。ATMタンパク質にはいくつかの機能部分 (ドメイン) があります。それらのうちのひとつはPI3キナーゼ様ドメインと呼ばれ、ATMの酵素の働きを持ち、標的に化学的な修飾を起こすことができます。

ATMタンパク質の主要な働きのひとつは、放射線、化学物質、または正常な細胞代謝が引き起こすDNA損傷に対し細胞の対応を活性化することです。ATMを活性化するDNAの損傷は“二本鎖切断”と呼ばれます。この損傷は極めて深刻なもので、電離放射線あるいは様々な化学物質により引き起こされます。このことはA-T患者の染色体になぜいくつもの損傷があるのか、また患者の細胞がなぜ放射線に敏感であるのかを説明しています。DNAの損傷は“センサー”と呼ばれる特別なタンパク質が感知し、センサーはDNAが損傷したという情報をATMへ運びます。その結果ATMは活性化され、その生化学的な働きは大きく増強され、迅速に標的タンパク質を修飾し、それぞれの機能を引き出します。ひとつの明らかな主要な反応はDNAの修復です。またもうひとつの反応は、細胞がDNAの修復する間に、細胞の増殖を一時的に止めさせることです。正常な細胞においては、これらの反応は普通、細胞に起こったDNA損傷の修復を促し、生存を促します。しかし、DNA損傷があまりに広範囲にわたり、またATMがそこで適切な修復ができない場合、“プログラム細胞死”と呼ばれる過程を選択する細胞も現れます。A-T細胞は非常に放射線に対し敏感であるため死滅したり、染色体の中でいくつもの修復出来ない様な損傷が生じ、その結果がんの発生を促してしまう場合があります。

ATM依存のDNA損傷応答機構は非常に複雑で何百ものタンパク質が含まれます。したがって、A-T研究ではATMや標的タンパク質、また A-Tが相互作用するその他のタンパク質が関与する少しでも多くの関連を見つけることが大きな目的となります。ATMは他のストレス反応において機能する可能性があり、新しいATM依存の過程を同定することは重要な研究対象となります。それゆえATMのメカニズムを理解することは大きな進歩となるのです。ATMの機能およびその方法を理解できれば、ATMの機能を補完するような薬の開発が可能になるかもしれません。私たちはATMをコントロールすることで、A-T患者の機能を正常に高め、いつの日か、ATMの欠損を補填し、また少なくても部分的にでも改善できる日が来ることを心から望んでいます。

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