ご家族の方へ

家族のためのハンドブック

理学療法

ケネディー・クリーガー研究所
エイリーン M. アトキンス(2000年)

Eileen M. Atkins - Kennedy Krieger Institute

歩くときにふらふらする、あるいは立っていてもぐらつく、といったことがA-Tではしばしば最初に現れる症状です。普通、A-Tの子供が歩き始める時期は正常な子供と変わりませんが、歩き始めの不安定さがなかなか直りません。A-Tの子供は脳性麻痺であると誤診されることが多く、その場合運動技能の発達は遅れたままであるか、あるいはゆっくり改善するだろうと診断されます。運動機能障害については理学療法士が最初に気付き、再評価によって、正しい診断が下されるケースが多いようです。理学療法士の存在はこのように初期段階で重要ですが、病気が進行し身体機能が脅かされるA-T患者にとって、この重要性は生涯、変わることはありません。

理学療法士は患者の歩行障害、運動障害、姿勢の問題など、粗大運動能力の問題を援助します。ほとんどの場合、理学療法士は作業療法士と連携しながら治療に当たります。作業療法士は患者の腕、手、頭、首の機能の向上に努めます。患者の病状が悪化するにしたがい、神経障害も悪化し、年齢、成熟度、環境、個人的な目標、家族のニーズなども当然変化していきますが、それとともに理学療法の目的も変化します。

理学療法評価

理学療法評価とは、筋緊張、不随意運動、代償行為、筋力、関節可動域、反射的な運動 (バランスを取るときなど)、さらに異なる環境への順応能力などを査定することです。また補装具や矯正具の使用を、作業療法士や医師と相談の上、考慮します。現在行われている運動療法の内容を評価することも、理学療法評価の中の大切な要素です。運動能力を客観的に計測しできるだけ記録に残します。残念ながら、一般的な小児用基準値はA-Tの子供に合わせて作られていないため、評価は難しいのが実情です。一方、特定の距離と幅のコースを何歩で進むか、一定のスペース (約30センチ四方) に何秒立っていられるか、車椅子に自分で乗り込む時間はどのぐらいか、自分で降りる場合はどうか、などを計測するいくつかの評価スケールがあります。

一般的な状態

A-Tの子供は立ち方、歩き方に特徴があります。一箇所にじっと立っていることが難しく、バランスを取るために頻繁にふらふらします。大抵、A-Tの子供の歩き始める時期は、普通の子供と変わりません。しかし、その動きは滑らかにはいきません。同時期の子供と比較して、ぐらぐらして転んでしまうことも頻繁です。ただし踏み出すときに上体をつま先より前に出すことを自然に学習して、歩行は段々と上達します。歩くときに踵から床に付くのが普通ですが、A-Tの子供は"ドタッ"と足の裏全体で着地するか、つま先から床を踏みます。また歩くときに足と足が、そして足が床にぶつかりそうになります。子供によって歩き方の異常には違いがあります。ある子供は脚を回すように歩き(内股歩き)、ある子供は脚が内側 に曲がり足裏の外側で着地し、ある子供は脚を外側に振り回すように歩き、またある子供は極端に偏平足です。筋緊張は股関節と膝関節では低下し、足関節では強まります。A-Tの子供はよく“どこでも走り回る”と表現され、またバランスを取るために体をふらふらとさせます。A-Tの子供の歩には筋緊張異常と不随意運動が合併し、独特な形で歩行を障害します。異常な筋緊張、異常な姿勢の持続 (ジストニア)、偶発的動きのように見える異常運動も見られます (「神経障害」の章を参照)。成長するにしたがい、転倒することも増えてきます。怪我の機会も増えますので、安全を考慮することが必要です。

次第にA-Tの子供は遊ぶときには逆あぐら座り (脚を相手から見てWの形にして座る) をすると上手に手を使えることを覚えます。この座り方により体を支える部分が広がり、安定性が増します。子供によっては逆あぐら座りを好まずに、脚を組んで座り体を安定させます。どちらの座り方にせよ、自由にさせてあげてください。骨や関節に悪影響があるのではとの考えからやめさせるべきではありません。

成長するに従い、段々と病状の悪化に子供は対応できなくなっていきます。不安定さを乗り越えて歩くことは大きな疲弊を招くので、疲労感でついに歩けなくなります。微妙な身体動作においても疲労は生じるため、幼いA-T患者にすら大きな問題となります。疲労感は、大きな動きや細かな動きをコントロールするとき、話すとき、学習するときなど、様々な場面で動作の実現に影響します。 “調子の良い日”と“調子の悪い日”を予測することは難しいですが、どの時間が特に悪くなるのか、また理由は休養がきちっと取れていないからか、病気からなのか、親御さんには分かるようで、この点での援助が幼少・年長を問わず、A-T患者さんには必要です。

身体の一部に変形が起こる場合もあり、このことは中枢神経系 (脳) の疾患、あるいは末梢神経系 (体の中を張りめぐる神経) の疾患と関係があるようです。もっとも頻繁に起こるのは足とくるぶし (足首) の変形です。足の指が下を向き、同時に足首の関節可動性が阻害されます。足首もまた変形し、多くの場合内側に曲がった形になります。足が変形すると皮膚を傷つけやすくなり、歩くと痛みを感じます。姿勢の変形が立っていることと歩行を困難にします。多くのA-Tの患者は次第に筋力を付け、家の周りぐらいの短い距離を歩いたり、介助してもらいながら自らの体重を支えて移動することもできます。変形は痛みを伴いますが、ある程度予防することは可能です。足の変形は完全に治すことは難しいのですが、進行を遅らせる、あるいはストップすることはできます。適切なブレース(矯正具)が変形の進行を遅らせ、歩行時の安定性の確保に役立つことがあります。足首の周りの筋肉のバランスを良くするため、整形外科医による腱移植手術が必要になる場合があり、歩行の改善にも有用です。

A-T患者では側弯症を発症するケースは多くありません。ただし正常な青少年と比較すれば、その割合は多いといえます。原因は分かっていませんが、筋緊張の強さが左右で異なることが要因ではないかと考えられます。湾曲を初期段階で発見したならば、神経障害の治療経験が豊富な整形外科医の診察を受けるようにしてください。

理学療法について

ブレース(矯正具)

ブレース(矯正具)は装着することで身体機能を改良し、適切な身体各部のバランスと関節可動域を維持することが可能です。ふくらはぎや足の下に付ける矯正具 (歩行用短下肢装具、AFO) は歩行を修正し、特に足首が安定せずに内側ないし外側に曲がってしまう場合に使用します。この矯正具は足首のところが蝶つがいになっていて、足首の左右の動きは制御しながら、前後の動きをスムーズに促します。AFO にはいくつかの目的があります。ひとつ目は日常生活での歩行を援助することです。つま先歩きによるつまづきを減らし、脚を前に踏み出しやすくし、足首のぐらつきを最小限に抑え足首に安定性を与えます。AFO が必要かどうか、うまく機能しているのかどうかの最良の検証方法は、まず試してみることです。装着することでお子さんが安心感を得、転倒が減り、歩行が上手になり、歩いても疲れにくくなったのなら、それこそ矯正具がうまく機能している証です。お子さんがあまり歩かない場合でも、AFO を装着することで座位での安定性が増します。大切なのはブレースの装着による安心感です。安心感が増すのであれば、装具がうまく機能していると言えます。

ふたつ目の目的は変形の進行を遅らせることです。ブレースの装着で大抵、歩行は改善しますが、変形の進行予防には効果が出ないケースもあります。矯正具は体重の重みからくる変形と足と足首の周りの筋緊張の異常を防ぎます。ただし痛みによって装着が難しくなる場合もあります。また既に変形したものを修正することはできません。AFO が変形の進行予防に有効かどうかは専門家の判断が必要です。理学療法士、また地域によっては矯正具の販売店にいる専門家にお尋ねください。

矯正具をどのぐらいの頻度で、そしてどのぐらいの時間使うべきかについてはその目的によります。例えば歩行や移動などの機能的活動の改善が目的ならば、活動する時間だけ装着すれば構いません。もし目的が変形の進行を食い止めることなら、担当の医師にスケジュールを作成してもらいます。また、患部のストレッチが目的ならば夜間のみの使用となります。

AFOを使用しなくても、適切な靴を選ぶことによりその目的を代行することが可能な場合もあります。ブーツは足首を保護してくれますので、足首を捻らない予防になります。ブーツはおしゃれにもなり、それを喜ぶ子供も確かにいます。子供が外見を気にする場合、パンツや靴で AFO をうまく隠すこともできます。また靴に関する興味深い事実があります。それは“エア・ジョーダン”のようなグリップのしっかりしている靴は、あまり運動失調を示すA-T患者には良くないということです。次の一歩を踏み出すとき、足が地面に触れて転ぶ傾向がある患者には、このタイプの靴は悪い結果をもたらします。一方、裏が滑らかな靴 (ソールが革でできているタイプなど) ではつまづきにくくなります。裏が滑らかだと、誰もが注意をして歩きますので、底がしっかりした靴をはき安定を錯覚するよりもかえってつまづかなくなるようです。

A-T患者で側弯症を発症する人はわずかです。脊椎の弯曲の度合いと反対側に背骨を曲げる力の性質により、治療法は違ってきます。程度によってはTLSO(胸椎・腰椎・仙椎矯正具つまりコルセット)が推奨されます。側弯が30度を超えた場合は、脊椎変形小児の診療を専門とする機関への紹介が必要となります。

補装具

常に最も優先して考えたいことは、お子さんが友達と自由に遊べる能力を持ち続けるということです。補装具を使用する一番大きなきっかけはお子さんの疲労感です。補装具を選ぶ際のポイントは安全性、エネルギー効率、ひとりで行える自由度、心理的な影響などです。

転ぶことが多くなり、また遊ぶときに歩くことで疲れやすいようになった場合、ウオーカー(歩行器)の使用が推奨されます。A-T患者で一番多く使われるのは、ケイ・プロダクツ社 (Kay Products) の 後輪で歯止めがかかるタイプの4輪歩行器 (ふらふらや、後ろにひっくり返ることを防止するタイプ) です。上体の安定がしっかりし、横へのふらふらが少ない子供は、少し練習すればうまく使いこなせるようになりますし、状況によっては前輪回転オプションを活用します。

お子さんが成長するにしたがい、歩く距離は伸び、スピードは速くなるので、歩行器を使用していても疲れるようになります。疲労がひどい場合には、電動器具の使用も考えてなくてはなりません。状況にもよりますが、お子さんが4歳になるころから使用できます。長い距離を移動しなくてはならないときに、初めて使用することになります。例えば、家の中や学校では普通に歩ける子供も、買い物や遠足のときには電動スクーターや電動車椅子を使うといった具合です。このように使い分けることによって、お子さんの独立性を保ち、筋力低下や運動能力の低下を防ぎます。電動の歩行器の使用をお考えの場合、神経障害や筋緊張異常を有する子供の治療経験がある専門家チームに判断を仰ぐようにしてください。電動の補装具は最近、多くの種類が出回っています。専門家チームがお子さんのニーズに合わせて、操作のしやすい、最適な機能を持つ電動器具を薦めてくれるでしょう。機能ですが、アクセル、馬力、スピード制御、前進・後退の速度、ブレーキ、感度 (振動防止など) などが最適化されたものを選ぶべきです。医療保険がカバーする範囲内であれば、シートを調整できるタイプの軽量の手動車椅子も予備として用意しておくのも良いでしょう。

子供はこうした器具の習熟が得意です。またうまく使えることが子供の自立に役立ちます。動き回るのに常に一番良い手段などありません。子供の能力、環境、希望により、それぞれの子供の、またその時々のもっとも安全でもっとも効果的な手段は変わってきます。例えば子供が部屋を横切るといった短い距離を移動する場合でも、あるときはスクーターを使用し、あるときは這って移動し、またあるときは家具や壁をつたって移動するかもしれません。また同じ子が学校の中では歩行器を使い、屋外で長距離の移動をするときには電動車椅子を使用するかもしれません。

自分の自由が利き、簡単で安全な方法を、子供自身が好み、いつでも取り入れたいと考えます。同時に電動の歩行器具を使いたいと思う子供の反応に対して、親は常に前向きです。A-Tの子供にとって車椅子は、移動という困難な行為から自らを救ってくれるありがたい道具です。この道具によって様々な活動に参加でき、また両親や友達に追いつくことができるのです。実際、A-Tの子供は家族の誰よりも補助器具の使用に積極的です。生活の機能と質を少しでも高めるための時宜に適った補助器具の導入は、子供達が一番関心を持っていることです。仮に家の中では電動器具の使用あるいは外への運搬が難しくても、学校や遠足での使用ができれば子供の大きな助けとなります。

代償行為と治療行動

補装具を使用してもひとりで移動することが困難になった場合、ご家族の方は室内や階段など短い距離の移動を患者にさせるための介助方法を学ぶ必要があります。移動技術が最終的に子供の能力を引き出す安全で効率的なものになるように、観察・調整するようにします。介助者が患者を抱きかかえる必要がある場合、A-T患者自身は自分の体重を支えるための能力を維持することが生涯を通じて重要です。

一般的に、あらゆる年齢の人に対して体がリフレッシュするような有酸素運動が推奨されます。A-T患者も他の人と同じように、有酸素運動への順応を促進して、筋力、持久力、身体機能を維持するためのリクリエーション・プログラムが必要です。年齢、興味、身体能力、活用できる物品によって、どのような運動が良いかは変わります。絶えず動き回っているような幼い子供は、遊びの中だけで運動は十分でしょう。もう少し大きくなったA-Tの子供の場合は、意識的に体を動かす必要があります。学校の体育の授業もなるべく参加した方がよいでしょう。その他のレクリエーションになりうるものとして、ビート板などを利用しながらの水泳、乗馬、サイクリング・マシーンやローイング・マシーンなどの標準的な運動器具、ウエイト・トレーニング、座った状態でのエアロビクスなどが考えられます。シートベルトとつま先を覆うループの付いた背もたれのあるリクライニング型の自転車は安全に楽しめるものになります。ただし運動中は疲れすぎないように注意が必要です。

生活環境について

出来る限りのことを一人で行えるよう、環境を整えることが大切です。ご家族がこれから家を建てる、あるいはリフォームをお考えらならば、標準的なデザインに精通した工務店や建築家に依頼すると良いかもしれません。医師や作業療法士も役立つ助言を与えてくれるでしょう。

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