腹腔鏡(補助)下肝切除術

はじめに

 最近、腹腔鏡手術の安全性が問われるような残念な報道が続いております。私たちは腹腔鏡下肝切除を1996年にいち早く導入しました。以来、徐々に腹腔鏡下手術で行える術式の範囲も拡大し、それらの導入に関しても細心の注意を払って参りました。私たちが積極的に導入し推進してきたモチベーションは、腹腔鏡下手術がもたらす患者さんへのメリットをつよく実感しているからです。

 一概に腹腔鏡下手術と申しましても、私たちが専門にしております肝臓、膵臓領域の腹腔鏡下手術と、現在ひろく普及している胆嚢、胃、大腸切除とは少し意味合い(手術適応)が違います。腹腔鏡下肝切除術は全ての患者さんに行えるわけではありません。それぞれの患者さんの状態、病変の場所、大きさなどに配慮して行えるかどうかを決める必要があります。それらを含めて、現状を概説したいと思います。

実際の方法

 肝臓の手術は開腹で行う場合は大きなキズになりがちです。それは、肝臓が上腹部、肋骨の後ろに隠れている臓器だからです。そのため、大きくお腹を開けて肝臓を手前に持ってこないと、肝切除できません。

 腹腔鏡手術は、いくつかの穴(5~12mm)をあけてお腹の中をふくらませて、器具を出し入れする筒(トロカール)を挿入し、そこからカメラ(腹腔鏡)や鉗子を挿入し、術者はテレビのモニターを見て、器械を操作して行う手術(腹腔鏡下手術、鏡視下手術、内視鏡手術)です。

 しかし、肝臓は内部に血管が無数に走っており、太い血管が多くあります。肝切除は開腹手術でも困難な手術であり、腹腔鏡ではさらに難易度が高くなります。そのため、胃や大腸の手術では腹腔鏡手術が一般的に行われるようになってきている現在でも肝臓領域では腫瘍の場所、大きさによって行える場合と行えない場合があります。

腹腔鏡下肝切除ができるのはどんな病気?

 肝臓にできる腫瘍で、おもに肝細胞癌、転移性肝癌が対象になります。肝臓の嚢胞(のうほう)性の病気も状態によっては対象となることがあります。

 現在、保険で認められている腹腔鏡での肝切除は部分的に切除する方法(部分切除)と、肝臓の左側の区域を一括して切除する方法(外側区域切除)です。技術的にはそれ以上の大きな肝切除も行う事ができると思いますが、保険診療の枠組みを超えて行う必要があると考えています。

 部分切除の範囲内であれば、腫瘍の大きさにとくに制限は設けておりません。ただし、肝臓の下側(足側)・手前(腹側)は切除しやすく、上側(頭側)・後ろ側(背側)は切除しにくいということがあります。かつては、切除しにくい場所は行う事ができませんでしたが、様々な工夫と技術の向上で、現在はほぼどの場所でも切除可能になってきました。しかし、腫瘍が大きい場合や、肝臓内の大きな血管と接している場合など、やはり切除に容易でない条件が重なった場合は腹腔鏡手術で行えないことがあります。

腹腔鏡で行った方がいいのでしょうか?

 まず大切なことは、切除すべき肝腫瘍があった場合、その治療を完全に行う事です。その点で、開腹で肝切除しても、腹腔鏡で肝切除しても腹腔内で行っていることは同じです。後に述べますが、確かに腹腔鏡は「低侵襲」というメリットがあります。しかし、御本人の御希望で開腹でも腹腔鏡でも選択して頂いてよいと思います。

 私共が腹腔鏡をお勧めしても、気が進まない場合はお断り頂いて全く問題ございませんし、逆に患者さんから腹腔鏡をお願いされても、私共が安全に十分な手術が難しいと判断した場合はお断りします。

腹腔鏡肝切除のメリット

 腹腔鏡肝切除のメリットは図にも示しましたように、低侵襲(体への負担が少ない)、キズがきれい、もう一つなかなか患者さんには伝わりにくいことなのですが、腹腔鏡で行うとよく見えるので、より緻密な手術が行えます。私たちの過去のデータでは合併症(主に胆汁漏)は減りました。

腹腔鏡手術のメリット腹腔鏡手術の創

腹腔鏡手術は危険なのでしょうか?

 先にも述べましたように、私たちの現在の技術で安全に行えると判断して行っている範囲内で、十分に安全に施行できていると考えています。過去の私たちの経験症例では手術関連死亡(術後90日を超える症例も含めて)はございません。合併症も過去5年間で3%弱と非常に良好な成績と考えております。

手術成績

 腹腔鏡下肝切除術のメリットとしては「創が小さい」「術後の痛みが少ない」「術後の回復が早い」という点で患者さんに負担の少ない手術と言えます。一方でデメリットとしては、開腹に比べると手術時間がかかることがあります。また、カメラで見ているので死角があり観察が十分でない場合もあります。それらを踏まえて安全に行えると判断した場合、患者さんのご希望もあわせて腹腔鏡手術ができるかどうかを検討します。

実際の腹腔鏡下肝切除手術の様子

 実際の手術風景です。おなかにカメラ、腹腔鏡手術用の器具を挿入し、小さいキズで手術を行います。

【症例*】60歳台男性。
肝臓の左側(外側区域)に5cm大の肝細胞癌があり、血小板減少(3万)も認めた。
HCV+、Child-Pugh 6点、ICGR15 36.4%。

術式:腹腔鏡下肝外側区域部分切除、脾臓摘出術

手術時間:285分 出血量:28mL

  • 腹腔鏡下肝外側区域部分切除、脾臓摘出術
  • 腹腔鏡下肝外側区域部分切除、脾臓摘出術
  • 腹腔鏡下肝外側区域部分切除、脾臓摘出術

術後特に問題なく、順調に経過して5日目に退院となりました。

術後創の様子

術後創の様子
*御本人の承諾を得ております。

腹腔鏡下肝切除後のおよその経過

腹腔鏡下肝切除後のおよその経過図
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