ロールモデルインタビュー

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放射線の可能性を信じ、診療・研究へ前向きに突き進む

お名前:齋藤 アンネ優子(さいとう あんねゆうこ)氏
家族構成:夫・子4人(中学校2年~小学校1年)
所属・職位:順天堂大学 浦安病院 放射線科 准教授
研究内容:放射線治療の現状に関する研究、放射線治療に関わる女性医師に関する比較研究 等

インタビュー:2016年11月29日

研究者になろうと思ったきっかけをお聞かせください。

小学生のときにクラスで「将来なりたいもの」を発表したのですが、なんとなくかっこいいかなと「医者」と言ったんです。当初は軽い気持ちではあったものの、友達が怪我をしてしまったときなどに手当てをするのが楽しく、自然と実際の目標に変わっていきました。

医者になってからは、日々の臨床で疑問に感じることがたくさん出てくるため、その疑問を突き詰めないと気がすまず、研究を続けています。

齋藤 アンネ優子(さいとう あんねゆうこ)氏

研究の分野を選んだ理由は?

卒業後、IVR(Interventional Radiology=画像下治療)に携わりたいと思い放射線科に入局しました。ただIVRは他の業務に比べて被曝量が多いため、出産を考え出した30歳を過ぎたころ、先輩の勧めもあり、一時的にIVRの担当を離れ放射線治療を担当することになりました。放射線治療を担当する前は放射線治療に対し、「末期がん患者ばかりで暗い雰囲気だろうな」とネガティブな思いこみがありましたが、治療をしているうちに、その考えは大きく変わります。

20~30cmもの大きな腫瘍ができた患者さんを診ていたときのことです。治療開始から1、2週間経ち、教授が「腫瘍、小さくなったんじゃない?」と聞いてきました。確認すると確かに日を追うごとに小さくなっています。そして、ついには消えてしまいました。

「こんな大きな腫瘍が消えるわけがない」と思っていた私はとても驚き、教授に「放射線でがんが消えちゃいました」と報告したのですが、そのとき、普段怒らない教授が怒ったのです。「放射線で消えるに決まっているじゃないか」と。

教授が怒ったのは「放射線でがんは治る」という当たり前のことを、放射線医である私が信じきれていなかったからです。よく考えてみれば、がんが治った患者さんはたくさんいます。暗くなる必要などなかったのです。その一件以来、放射線科を笑いのある科に変えていこうと決意しました。明るい雰囲気で診察するとともに、臨床で得た疑問についての研究も続けています。

これまで研究で悩んだときにどのように解決してきましたか。

運がいいので、正直あまり壁にぶつかったと感じたことがないのです。
ただ、入局先でまず言われた言葉が「女はいらない」でした。20年ほど前のことですから今とは時代が違いますが、思い返せば女性に対する差別的なものもあったと思います。

でも、どんなことをされても諦めませんでした。興味のあるものは「やりたい」と積極的に手を挙げ、たとえ指導してもらえなくても自主的に見学するなど、前向きなチャレンジを続けたのです。

もともとの性格が楽観的というのもありますが、辛い経験なども笑いに変えて人に話し、気持ちを切り替えたことは、大きなポイントだったように思います。

仕事とプライベートライフとのバランスは取れていますか。

齋藤 アンネ優子(さいとう あんねゆうこ)氏

放射線治療を担当するようになってからすぐに第一子を出産しました。その後、夫の留学に合わせて私自身もアメリカの大学に留学し、留学をしていた4年の間に第二子・第三子を出産しました。留学中は、産前産後の休暇もほとんどなく研究に従事する毎日でした。そして、帰国後に第四子を出産しました。

今も昔もとても忙しい生活ですが、忙しいことを辛いとか苦痛だと思ったことはないんです。とにかく仕事が楽しく、月曜日の朝はウキウキするほどです。

そして仕事を終えて帰宅後、子どもたちと一緒に夕食を作りながら触れ合うのも楽しいです。忙しくしているほうだとは思いますが、自分にとってはちょうどよいバランスかなと思います。

また、同業者の夫は「家事・育児を共同でやる」という意識も高いので、特に揉めごともなくこれまでやってこられました。

ワーク・ライフ・バランスを保つために、意識していることはありますか。

バランスが取れているといっても、3人目を産んだ後は初めて大変だと感じました。2人目までは目も行き届いたのですが、3人目からは完璧にしようとしてもできないのです。なので、どこかで諦めた瞬間、楽になった気がします。家が多少荒れようとも、子どもが小さな怪我をしようとも、別に死ぬわけじゃないから大丈夫。大らかな気持ちを持つことがコツでしょうか。

また、若いときはその日に仕事を終わらせたくて深夜まで仕事をし、平均睡眠時間は3時間程度だったのですが、40代になってから体を壊してしまったんです。そのため、今はすべてを終えるのは諦めて、可能な限り6時間睡眠を確保しています。

現在、DD ユニットの「研究支援員配備事業」「研究力強化の共同研究」の支援を受けていますが、きっかけは。

大学病院にいる以上、臨床をしながら論文を発表し、成果を上げることが求められますが、論文投稿にもお金がかかる今、研究費が足りず続けられないということもしばしばありました。

そのなか、メールでDDユニットの支援を知り即座に申し込みました。とてもスムーズに支援が決まり、ありがたかったです。

支援を受けて、どのような効果がありましたか。

これまで金銭面の問題などで凍結していた研究を論文投稿できたことは、大きな成果だと思います。

また、支援員を配備していただけたことで、これまで時間的に諦めていた仕事にも取り組めるようになりました。

研究を続けてよかったと思う瞬間はどんなときですか。

先日の学会発表のあと、聞いてくださっていた方が「共同研究をしたい」とおっしゃってくださり、とてもうれしかったですね。やはり人に自分の研究がなんらかの影響を与えていることがわかったときは、なんとも言えない感動があります。

これからの女性研究者支援に望むことはありますか。

「男女共同参画」とよく言いますが、そもそも「女性支援」というスタンス自体が平等ではないような気がしています。その背景には、少なからずはびこる「育児・家事は女性の仕事」という意識があると思うのです。「男女共同参画」は「協働」を目指すべきだと思っています。

男性は雰囲気的に育休などを取ることさえできず、育児中でも早く帰れるのは女性だけ、というのが現状です。そのなか「育児中の女性の時短勤務」という支援をしても、本当の意味で「男女協働」にはなりませんよね。

だからこそ、育児や介護中の男性も入れて、本当の意味での「男女協働」を目指して議論を深めて欲しいです。

これからの研究者としての夢や目標は。

具体的な大きな夢や目標があるわけではないのですが、普段から続々と浮かんでくるアイディアを、形にしていく。それがとても楽しいので、これを一生続けることが目標ですね。

後輩へのメッセージをお聞かせください。

あまり真面目に考えすぎないことでしょうか。

女性研究者は、ときに厳しい言葉を言われるなど、嫌な思いをすることもあるかもしれません。それらを真正面から受けてしまうと、気持ちがもたなくなります。嫌な思いをしたとしても、「誰かに話すネタができた」というくらい笑いに変えて、受け流すようにしてみてください。そのほうがきっと楽になると思いますよ。

自分を正しく持てば大丈夫!
がんばってくださいね。

1日のタイムスケジュール

6:00~7:00 起床、朝食
8:00 子どもを送り出し、自宅を出る
8:30 始業
17:30 診察終了後、治療計画などデスクワーク
20:00 終業、帰宅
21:00 家族と夕食
22:00 お風呂、家事など
23:00 子どもが寝た後、論文や原稿執筆
24:00〜25:00 就寝

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