お知らせ

医学と理工学の力を被災地の復興へ
令和8年熊本地震に対する医療支援・建築調査活動報告会を開催

東京科学大学(Science Tokyo)は、2026年10月1日、湯島キャンパス3号館講義室1において、「令和8年熊本地震に対する医療支援・建築調査活動報告会」を会場とオンラインの併用で開催しました。7月28日に熊本県熊本地方で発生した地震を受け、本学では、東京科学大学病院の医師、看護師、救急救命士らによる災害医療支援に加え、理工学系研究者による被災建築物の現地調査を実施しました。

本報告会では、実際に被災地で活動した6名が登壇し、現地で直面した課題、医療支援の調整や地域医療への引き継ぎ、免震建築物の調査結果などを、それぞれの専門分野から報告しました。災害発生時に大学が果たす役割を改めて考えるとともに、現場で得られた経験を今後の災害対応、研究、教育へとつなげる機会となりました。

田中雄二郎学長が開会挨拶 ― 医学と理工学が同じ目的に向かう意義

報告会の冒頭には、田中雄二郎学長が挨拶しました。
田中学長は、東京科学大学が持つ医学と理工学という異なる専門分野の強みについて触れ、それぞれの専門性を生かしながら、同じ目的に向かって取り組むことの意義を語りました。
今回の熊本地震では、医学系の専門家が被災地の医療支援に従事する一方、理工学系の研究者が建築物の被害調査を実施しました。異なる専門分野が、被災地の復旧・復興という共通の目的に向けて、それぞれの立場から力を発揮したことは、東京科学大学の特徴を示す取り組みといえます。
また、田中学長は、このような報告会を開催し、大学としての社会貢献と現場での活動成果を共有することについて、東京科学大学らしい取り組みであるとの認識を示しました。
さらに、自身も報告を聴いて学びたいという思いを伝え、参加者とともに現地の経験や知見を共有することへの期待を述べました。
今回の挨拶は、医学と理工学が単に同じ大学に存在するだけでなく、社会が直面する課題に対し、それぞれの専門性を発揮しながら共通の目標に向かうことの大切さを示すものでした。

災害医療支援を「地域の力」へつなぐ ― 植木穣 災害危機管理部長

  • 発表1「2度目の熊本派遣」

    最初に、東京科学大学病院の植木穣病院長補佐・災害危機管理部長が、熊本県宇城地域における災害医療支援について報告しました。
    植木部長は、8月20日から熊本県に入り、宇城地域JMAT調整本部の運営支援と、全国から派遣された医療チームの撤収に向けた調整に取り組みました。今回の活動では、直接的な診療支援に加え、被災地が外部からの支援に依存せず、地域の医療体制を再び機能させていくための環境整備が重要な任務となりました。
    発災から約1か月が経過しても、現地では多くの住民が避難生活を続けており、医療、看護、リハビリテーション、福祉など、多様な支援団体が活動していました。一方、各団体の役割分担や情報共有、行政との連携には課題もありました。
    特に、地域の事情を十分に把握できていないまま調整業務が行われることや、発災当初の混乱によって関係機関の間に意思疎通の問題が生じていることなどが、円滑な支援活動の妨げとなっていました。
    植木部長は、関係者と直接対話しながら、複雑に絡み合った課題を一つずつ整理。長崎県や福岡県のJMATと連携して、調整本部の業務を体系化し、支援活動を確実に進められる体制づくりに取り組みました。
    こうした調整を経て、宇城地域のJMAT調整本部は9月2日に活動を終了しました。
    報告からは、災害医療において重要なのは、必要な医療を届けることだけではなく、支援団体や行政、地域医療機関を結びつけ、外部支援が終了した後も地域の医療が継続できる仕組みを整えることであると示されました。

外部支援から地域医療への引き継ぎ ― 安達朋宏 助教

  • 発表2「熊本県JMAT調整本部における活動 ― 本部長の視点から」

    続いて、救命救急センターの安達朋宏助教が、熊本県JMAT調整本部における活動を、本部運営の視点から報告しました。
    安達助教は、8月23日から26日までの4日間、宮前繁助教、原田碧音看護師、北原嶺救急救命士とともに熊本県へ派遣され、県庁内のJMAT調整本部で活動しました。主な任務は、宇城地域や八代地域で活動する医療支援チームの調整と、外部支援から地域医療への移行を進めることでした。
    被災地では、病院や診療所への診療支援、避難所の健康管理などが継続されていましたが、復旧が進むにつれて必要な支援内容も変化していました。
    特に課題となったのは、外部の医療チームが撤収した後、地域の医師会や医療機関が、避難者の健康状態や医療ニーズを十分に把握できるかという点でした。
    安達助教らは、日本赤十字社と調整して地域医師会が避難所を巡回できる体制を整えるとともに、訪問看護など地域の医療・介護資源の状況把握を進めました。また、支援先の医療機関に対して、必要な支援内容を改めて確認し、診療所支援の終了や看護師派遣の継続など、地域の実情に応じた支援計画を検討しました。
    さらに、災害医療支援を進めるうえで重要な視点として、仲間、相手、地域、これまでの経緯を理解することを挙げました。
    災害支援では、目の前の課題に対応するだけでなく、今後の状況を見通しながら支援の規模や内容を調整する必要があります。安達助教の報告は、支援を開始する計画と同様に、地域へ医療を引き継ぐ計画も重要であることを明らかにしました。

被災者の暮らしに寄り添う看護の視点 ― 原田碧音 看護師

  • 発表3「熊本県JMAT調整本部における活動 ― 看護師の視点から」

    原田碧音看護師は、統括JMATの一員として活動した経験をもとに、災害医療の調整業務における看護師の役割について報告しました。
    原田看護師は、今回の活動を通じて重要だと感じたこととして、現場の情報を看護の視点から把握・整理すること、JMAT間で支援方針の認識を統一すること、そして外部支援から地域医療へ円滑につなぐことの3点を挙げました。
    統括JMATは、必ずしも被災者に直接医療や看護を提供するわけではありません。各支援チームや行政、医療機関から寄せられる情報を集約し、現地で何が起きているのか、どのような支援が必要なのかを判断する役割を担います。
    その際、医療上の課題だけでなく、避難所での生活環境、支援を必要とする人々の状況、健康状態の変化などを把握することが重要になります。
    原田看護師は、現場で活動した支援チームから直接話を聴くことで、会議だけでは把握しきれない実情を知ることができたと説明しました。
    また、東日本大震災を経験した自身の立場から、支援する側と被災者では、復興に対する時間的な感覚や見通しが異なる場合があることにも言及しました。
    外部支援を終了することは、必ずしも被災者にとって安心につながるとは限りません。だからこそ、被災者の声に耳を傾けながら、地域にとって本当に必要な支援を見極めることが重要です。
    原田看護師は、支援することと、適切な時期に支援を終了することは、どちらも重要であると述べ、今後も被災者の生活に寄り添う看護を実践していきたいとの思いを伝えました。

災害医療を支えるロジスティクスの重要性 ― 北原嶺 救急救命士

  • 発表4「熊本県JMAT調整本部における活動 ― ロジスティクスの視点から」

    北原嶺救急救命士は、災害医療活動を支えるロジスティクス(業務調整・後方支援)の視点から、熊本県での活動を報告しました。
    北原救急救命士は、これまでにも能登半島地震などの災害支援に従事しており、今回の派遣では、熊本県庁内の調整本部において情報管理や支援チームの運営調整を担当しました。
    具体的には、活動の経過を時系列で記録するクロノロジーの作成、会議議事録の整理、支援チームの受け入れ、派遣隊数の調整、医療機関情報の更新など、多岐にわたる業務に取り組みました。
    また、手書きの記録を電子化し、必要な情報を整理することで、情報共有の効率化や業務時間の短縮にも努めました。
    今回の熊本派遣では、被災地での活動が外部支援の縮小・撤収へと向かう段階にあり、支援を継続するための情報整理と、撤収後に残される課題の分析を並行して行う必要がありました。
    北原救急救命士は、救急救命士が日常業務で培う緊急度・重症度の判断、患者搬送、医療機関との調整、病院外での医療活動などの経験は、災害現場のマネジメントにも活用できると説明しました。
    さらに、災害時の情報の集約・解析や、医療機関の耐震・免震に関する事前評価など、今後の研究への発展可能性についても紹介しました。
    報告では、災害医療は現場での診療だけでなく、それを支える情報管理や調整業務によって成り立っていることが示されました。

災害対応の経験を研究と教育へ ― 宮前繁 助教

  • 発表5「熊本県JMAT調整本部における活動 ― 研究者の視点から」

    宮前繁助教は、災害医療の現場で得られた経験を、研究や教育、将来の災害対応へと発展させる視点から報告しました。
    宮前助教は、看護師・保健師としての専門性を生かしながら、災害医療の調整や医療機関の防災、災害看護に関する研究と教育に取り組んでいます。
    今回の発表では、災害時に活動するチームや組織の基盤を安定させること、予測困難な状況で適切な意思決定を行うこと、そして災害による二次的な健康障害を予防することの3つを中心に説明しました。
    災害現場では、さまざまな職種や組織が限られた時間の中で判断を重ねる必要があります。そのため、チームとしての方針や役割分担を明確にし、心理的安全性を確保しながら、日々の目標を共有することが重要になります。
    また、情報収集、課題の整理、協議、意思決定、評価という一連の調整過程を体系化することによって、災害対応の経験を再現性のある知識として蓄積し、教育や実践に還元できる可能性を示しました。
    さらに、予測が困難な状況における事業継続計画(BCP)のあり方についても説明しました。被災した医療機関が、どのような情報に基づいて診療機能の継続や縮小を判断するのか、その意思決定の仕組みを解明することが研究課題となります。
    加えて、災害によるライフラインの途絶や地域コミュニティの分断、避難生活の長期化が人々の健康に及ぼす影響に着目し、災害関連死や二次的な健康障害を防ぐための研究の重要性を強調しました。
    現場での実践を科学的に検証し、得られた知見を次の災害への備えにつなげることが、大学に求められる役割の一つであることを示す報告となりました。

免震建築物24棟を調査 ― 吉敷祥一教授が明らかにした免震構造の役割と課題

  • 発表6・ゲスト講演「熊本地震の現地調査から見えた免震構造の役割と課題」

    最後に、東京科学大学総合研究院の吉敷祥一教授(多元レジリエンス研究センター長)が、令和8年熊本地震による建築物の被害調査について報告しました。
    吉敷教授は、地震発生から3日後の7月31日に現地入りし、他大学や研究機関の専門家と協力しながら、熊本県内の免震建築物の調査を実施しました。
    調査は8月にかけて複数回行われ、県内にある免震建物52棟のうち24棟について、外観、建物の変位、免震装置の状態、設備配管、建物の機能維持状況などを確認しました。
    免震構造は、地震の揺れを建物に直接伝わりにくくする仕組みであり、病院や庁舎など、災害時にも機能を維持する必要がある建築物において重要な役割を担っています。
    調査の結果、熊本県北部では3.2~7.7cm、南部では1.0~3.8cm、震央に近い熊本市、宇土市、益城町では5.9~26.0cmの最大変位が記録されました。
    特に八代市では、地震の揺れによって免震建物と周囲の擁壁が衝突し、建物全体がねじれるような残留変位が生じた事例が確認されました。
    また、免震装置の一部では、積層ゴム支承の破断を含む損傷や、鋼材ダンパーの残留変形なども認められました。
    一方、調査した24棟はいずれも継続使用が可能であることが確認されました。
    今回の調査は、免震構造が建物の機能維持に果たす役割を示すとともに、地震動の特性によっては免震装置や周辺構造物に大きな負荷が生じることを明らかにしました。
    吉敷教授らの現地調査結果は、八代市が公表した災害対策本部会議資料にも活用され、被災建築物の復旧方針を検討する際の判断材料となっています。今後も調査結果の分析を進め、免震建築物の安全性向上や、災害時の重要施設の機能維持に役立てていくことが期待されます。

森下ERセンター長の挨拶 ― 災害支援を支えたスタッフへの感謝

続いて、森下ERセンター長が挨拶し、今回の熊本地震に対する医療支援活動に携わったスタッフや、派遣を支えた病院関係者への感謝を述べました。
災害医療支援は、現地に派遣された医師や看護師、救急救命士だけで成り立つものではありません。派遣期間中の通常診療を維持するスタッフや、派遣に必要な手続き、物資の準備、各種調整などを担う病院事務職員の協力があって、初めて実現するものです。
森下ERセンター長は、こうした多くの関係者の支えに謝意を表し、災害時に病院が組織として対応することの重要性を伝えました。
今回の活動が、現地で直接支援に当たった職員と、その活動を支えた病院スタッフとの連携によって実現したことを改めて共有する挨拶となりました。

宮﨑泰成病院長の閉会挨拶 ― 医工連携による新たな災害対応への期待

報告会の最後には、宮﨑泰成病院長が閉会の挨拶を行いました。
宮﨑病院長は、熊本地震に際して被災地で医療支援や建築調査に取り組んだ関係者の活動に触れ、今回の報告会が医学と理工学の専門家による知見の共有の場となったことの意義を述べました。
また、東京科学大学は、医学・歯学と理工学が融合した大学であり、それぞれの専門分野の知識や技術を結びつけることで、災害医療や防災の分野にも新たな可能性が広がることへの期待を示しました。
災害時の医療活動には、医療従事者の専門性だけでなく、医療施設の安全性、建築物の機能維持、情報通信、医療機器など、さまざまな工学的技術が関わります。今回の報告会は、そうした課題に対して医学と理工学が協力する可能性を考える機会となりました。
宮﨑病院長は、今回の経験や調査成果が今後の医工連携の発展につながることへの期待を込め、報告会を締めくくりました。