「拡大新生児スクリーニング検査」で
ウィスコット・アルドリッチ症候群を診断し、臍帯血移植に成功(小児科)
東京医科歯科大学病院小児科 若月良介医員、星野顕宏寄附講座講師、金兼弘和寄附講座教授らのグループは、拡大新生児スクリーニング検査(注1)を契機にウィスコット・アルドリッチ症候群を診断し、臍帯血移植で救命することができました。
ウィスコット・アルドリッチ症候群(注2)は細胞内骨格やシグナル伝達に関わるWAS遺伝子の異常によって発症する原発性免疫不全症のひとつです。臨床症状は血小板減少による出血傾向、アトピー性皮膚炎様の湿疹、細菌・真菌・ウイルスに対する易感染性が特徴です。悪性腫瘍や腎炎の合併もあり、根治的治療として骨髄移植や臍帯血移植(注3)などの造血細胞移植が行われないと、出血、悪性腫瘍、重症感染症などで致死的となることもあります。WAS遺伝子はX染色体上にあるため、この病気は基本的に男子にしか発症しません。母親の兄弟や伯父・叔父にウィスコット・アルドリッチ症候群あるいは原因不明の血小板減少の患者さんがいる場合は、診断がつきやすいのですが、家族歴がないことも多く、診断が遅れがちです。
ほぼ全国の都道府県では従来20の病気のスクリーニングに加え、新たにいくつかの病気もスクリーニングできる「拡大新生児スクリーニング検査」を行っています(東京都は2023年4月から開始しています)。「拡大新生児スクリーニング検査」のひとつにT細胞受容体遺伝子再構成断片(TREC)(注4)を検出する検査があります。TRECスクリーニングはT細胞の産生を調べる検査であり、T細胞欠損を伴う重症複合免疫不全症(SCID)(注5)を早期診断するために開発されました。TRECスクリーニングの普及によってSCID以外のT細胞欠損症の診断例が増えてきています。
当該患者さんは千葉県の病院で出生し、生後まもなくから腹部膨満があり、他院に入院しました。そこで肝臓と脾臓が腫れていることがわかり、さらに貧血、血小板減少が認められました。拡大新生児スクリーニングでTREC低値が判明し、SCIDが疑われ、当院に転院となりました。当院で詳しく検査を行ったところ、SCIDではなく、ウィスコット・アルドリッチ症候群と診断されました。転院後も連日輸血を要し、全身状態も不良であったため、生後4か月に臍帯血移植を行いました。移植後も重症感染症のため集中治療室での治療を余儀なくされたこともありましたが、移植後3か月で輸血が必要なくなり、無事退院の運びとなりました。
拡大新生児スクリーニングは、まだすべての都道府県で実施されているわけではありません。拡大新生児スクリーニングの普及によって原発性免疫不全症の患者がより早期に診断され、早期に治療を始めることができるようになります。「失わずにすむ命を救う」というミッションのためにも、私たちグループは原発性免疫不全症の造血細胞移植を今後も積極的にすすめていきます。
(注1)拡大新生児スクリーニング検査
早期治療で発症を防ぐことができる病気は、「新生児マススクリーニング検査」で調べる20種類の他にもいくつかあります。そのような病気を、同じく生まれてすぐのタイミングで調べる検査を指します。
(注2)ウィスコット・アルドリッチ症候群
血小板減少、湿疹、易感染性を3主徴とするが、必ずしもすべての症状がそろうわけではありません。T細胞数の減少、細胞性免疫能の低下を認め、TRECが低値となることがあります。
(注3)臍帯血移植
赤ちゃんのへその緒(臍帯)から採取される血液には血液を作るもとになる造血幹細胞が多く含まれています。ボランティアの母親から供給された臍帯血はバンクとして凍結保存されています。血縁や骨髄バンクからの移植が難しい場合に白血球の血液型(HLA)の近い臍帯血を取り寄せて、移植を行うことがあります。
(注4)T細胞受容体遺伝子再構成断片(TREC)
T細胞受容体α鎖のVDJ遺伝子再構成の過程で生じる環状DNAです。T細胞の分化・増殖によって複製されず、血液中に安定して存在するために、新生T細胞のマーカーとして利用可能です。ろ紙血から抽出した少量のDNAをPCR法で増幅して定量することが可能で、拡大新生児スクリーニングに利用されています。
(注5)重症複合免疫不全症(SCID)
リンパ球の分化障害を主たる原因として、乳児期早期に重症感染症で発症し、根治的治療が行われないと生後1年以内に致死的となる原発性免疫不全症であり、早期診断・治療が最も求められます。TREC低値となるため、出生後のろ紙血を使えば、発症前診断が可能です。
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「拡大新生児スクリーニング検査」でウィスコット・アルドリッチ症候群を診断し、臍帯血移植に成功~拡大新生児スクリーニング検査で見つかるのは重症複合免疫不全症だけでない~