当制度に申請した理由を教えてください。
これまで周囲に恵まれてマイペースに過ごしてきたため、年齢や性別などといった目に見える違いを意識する機会が殆どなかったというのが正直なところです。ところが、2019年にアジア系1.5%弱の米国ニューメキシコ州にある法医施設へ長期出張する機会をいただき、マイノリティであることを意識する経験をしました。実は、出国した後にその事実に気がつき、トリニティ実験やロスアラモス研究所などが浮かんで妙に不安になったことを思い出します。ただ実際には杞憂であり、現地では相互尊重コミュニケーションが自然に為されていて、任された研究以外に思い悩むことはありませんでした。その際に、真のダイバーシティとは、目に見えない違いについての尊重・応援も含めた概念であることを理解しました。そしてこれまで、私はそのような配慮を周囲に出来ていたのかということを考え始めておりました。このタイミングで本制度の立ち上げを知り、キャリアアップを目指す中で柔らかな気持ちでダイバーシティ推進に携わることが出来ないだろうかと思い、申請をさせて頂きました。
ご自身のお仕事の内容とその魅力について教えてください。
法医のイメージとして事件死体に向き合うという印象が強いと思われますが、法医学の本来の姿はこれだけではありません。生体・死体にかかわらずその原因や成傷機序などについて医学的見地から意見を述べる「実務」、実務に直結させた「研究」、学生などへの「教育」の3本柱があり、基礎系に属しながら実務の割合が高いことが特徴と言えると思います。
日本の法医学の始祖でおられる片山國嘉先生によると、「法医学とは、医学および自然科学を基礎として法律上の問題を研究し、また之を鑑定するところの医学科なり」です。すなわち、法医学は1対1の医学ではなく、社会を医学で守るためのシステムということが出来ると思います。患者(死者)やその家族の希望に応じて解剖するだけでは社会の安全は守れないため、時に関係者の意思に反して、社会のために鑑定をすることもあるというのが、医学にして少し変わった特色の一つでしょうか。このように、法医学の意義は非常に重要で、とてもやりがいのある仕事であり、そこが法医学という学問の最大の魅力と感じております。
キャリアアップ教員に就いたことで、ご自身やご周囲で変化したこと等があれば教えてください。
経験を伸ばしていくための支援・機会を頂いたことは自信になり、やりがいに繋がっています。また、キャリアアップ教員同士の横のつながりも出来、何人かの先生とは歓談したり、学内コラボ企画に応募したりする機会に恵まれました。
法医学が扱う領域は老若男女様々で、死因も内・外因問わず実に広い範囲に渡っており、多種多様な専門家との連携が欠かせない領域で、このような横の繋がりは大変貴重な財産です。以前から少しずつ学内外の優秀な先生方のお力添えを頂いて鑑定して参りましたが、キャリアアップ教員になったことで責任を自覚し、最近その成果をいくつか論文として世の中に送り出すことが出来ました。今後ともご支援・ご協力いただけましたら大変有り難く思っております。
当制度に期待すること、ご要望等はありますか。
当制度を発展させることが出来るかどうかは、私たち1期生の責任も大きいものと思っております。烏滸がましいですが、ロールモデルになれるように皆で盛り上げていければと考えております。加えて、私自身は、全てにおいてお互いを型にはめて可能性を限定してしまうことは「勿体ないこと」と思っておりますので、当制度が様々な多様性を根付かせることにつながっていけばいいなと考えております。もしかしたら、将来的にはこのような活動に理解がある当事者以外のメンバーにまで、制度の支援対象が広がっても良いのかも知れません。
今後の目標を教えてください。
法医学は社会に必要とされるシステムでありながら、十分整備がなされていない現状があると思います。法医学が正常に機能すれば社会全体のセーフガードとして役立つと考えておりますので、今後の目標として、まずは切磋琢磨し合える仲間を増やし、さらに多種多様な専門家と連携させて頂いて、出来る限りの正確な法医診断を目指し、「社会医学」の名に恥じないように努めていきたいと思っております。
田中雄二郎学長がCOVID-19対策の際に掲げられていらした「責めるより応援しよう」というスローガンは、そのままダイバーシティ&インクルージョンにも通じるものではないでしょうか。多様性の肯定は、自分以外の全ての人への応援の心を持つことだと理解しています。さらりと周りを応援出来るように日々穏やかな気持ちで過ごしていきたいと思っております。