インタビュー

2023年5月、東京医科歯科大学では、男性職員の育児休業等取得率の飛躍的な向上をめざし、田中雄二郎学長が「男性職員の育児休業等取得推進宣言」を表明しました。
そのアクションプランの1つとして、男性育休の取得率の高い部局を紹介します。

岡安 健氏イメージ

男性育休取得率100%!

岡安 健 氏

東京医科歯科大学 病院 リハビリテーション部 技師長

【運営体制と男性育休取得の実態】
有休消化率も高く、普段から制度利用に慣れた土壌

まずリハビリテーション部の体制と、部内での男性育休の取得状況を教えてください。

当部は現在34名の職員が在籍しており、理学療法部門、作業療法部門、言語聴覚療法部門、とそれぞれの専門性によって分かれた、3つの部門で構成されています。男性育休としては、これまで6名が取得しています。
職員は既婚者が多く、もちろん該当する女性職員も産休・育休を取得しますし、今も復帰した4名が時短勤務です。育児中はお子さんの発熱や体調不良で急な欠勤や早退をするケースも多いですから、全職員のうち常時10%ほどは、有給休暇も含めて何かしらの福利厚生制度を活用している状況です。

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では、男性育休の高い取得率は、男女問わず育児中の職員の方が多いことによって、もともと部内に取得しやすい土壌があったため、と考えられますか?

確かにリハビリテーション部は、有休の消化率も高いので、制度を利用することに慣れている、免疫がある、という土壌はあるかもしれません。
特に私が積極的に勧めている、ということではありませんが、認められた制度を利用することはそれぞれの職員がもっている権利ですから、その申し出に対しては、基本的に「オールOK」で承認しています。

部内で最初に男性育休を取られた方は、どんな様子でしたか?

コロナ禍前でしたので、2019年頃だったと思いますが、部門の主任男性が私のところに「育休を取りたいのですが、よろしいでしょうか?」とストレートに相談に来ましたね。初めてのことでしたので、男性の育休制度がどのようなのものか、仕組みやルールを互いに確認し合いながら、取得に向けて現実的に進めていったと思います。
そうして前例ができてくると、最初は「取得しても良いですか?」という投げかけだったのが、今では「育休をいただきます」というように、こちらに有無を言わせない「報告」の形へと変わっていますね(笑)。実際に主任が部内で最初に男性育休を取得して以降は、該当者は100%取得しています。
おそらく主任が率先して取得したことで、その後に続く人のハードルが下がり、自然と「取得が当たり前」という雰囲気に変わっていったのだと思います。
休業期間は1カ月が多いですが、2カ月取得している職員もいますし、そこは本人の希望次第です。

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【育休取得による各方面への影響】
申請は100%受理。誰かが抜けてもフォローできる体制

岡安先生が有休や育休取得の申請を受理した後、他の職員の皆さんはすんなり受け入れていらっしゃるのでしょうか?

リハビリテーション部もいろんな立場の職員で構成されていますから、場合によっては「これ以上、有休を取られたら業務がまわりません」と進言してくる者もいます。
ただそこは全職員が平等に認められている権利なので、その職員の意見は聞きつつも、「でも駄目って言える?」「周りでうまくカバーし合うしかないじゃない」といった話し合いをしますね。

実際にこれまで、タイミングによって申請を認められなかったケースはありますか?

それはありません。育休にしろ、有休にしろ、申し出は100%受理しています。そもそも、誰かが抜けて業務が立ちいかなくなるような体制はとっていません。
診療においては、リハビリテーション部に所属している以上、全員が各専門分野の国家資格をもっていますので、患者さんにどの職員が対応しても、質は担保されています。
リハビリテーションを行う以外にも様々な業務があって、例えばカルテ管理などのIT関係の仕事であれば、日頃から複数の担当者に割り振っていますし、また、もし主任が抜けたとしても主任補佐が代わりを務められるので、1人の仕事を必ず他の誰かが交代できる体制で運営しています。

ただ、「誰もが認められた権利」だとしても、育休取得後の人事評価や昇進に影響することを恐れて、ためらう方もいらっしゃるのではないかと思いますが、そのあたりはいかがでしょう。

われわれ管理職も、「認められた制度の利用を人事評価に影響させないように」という大学のルールに則っていますから、そこはフラットに見ています。日頃の勤務態度や仕事に対する姿勢自体は正当に評価するよう気をつけており、有休や育休取得、時短勤務等の制度利用によってその職員のイメージが悪くなったり、評価に影響させるようなことはまずありません。

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【岡安氏のリーダーシップ論】
ただ話を聞くのみ。否定も反論もなし

岡安先生が職員を指導するうえで、心がけていることがありましたら教えてください。

私自身に特別な思想があるわけではありませんが、職員の話は聞きます。ただ聞くのみで、否定や反論をすることはないと思います。
例えば休業申請ではなく、「退職したい」という申し出があった時に、基本線としてこちらの都合で引き留めたりはしないのですが、その退職が本人にとって前向きなものか、後ろ向きなものか、の意向はよく確認します。
大学病院でのアカデミックキャリアというのは、学術面では研究しやすい環境が整っていること、診療面では扱う疾患の幅が広いために自分の専門性を高めやすいこと、さらに大学病院の所属であるために原稿執筆や講演依頼といった、学外への発信の機会に恵まれやすいことなど、療法士として活躍しやすいメリットが多々あると思っています。
アカデミックキャリアが一旦ストップしても、本人にとって望ましいその後の展開が見込めるならば応援しますし、もし、退職を止むに止まれぬ選択だと本人が思い込んでいたり、仕事か家庭かどちらかを選ばざるを得ない、といった後ろ向きな理由なのであれば、各種休業・休暇制度や学内の何らかの支援制度がないか、こちらも調べます。
ちょうど今年から2年半の期間、学内の「自己啓発等休業」制度を活用して、海外留学を選択した職員もいます。

そうしたご相談は日々、岡安先生のもとに寄せられてくるのでしょうか?

いえ、私自身は部全体を統括する立場で、私の下に副技師長や各部門の主任がいますから、基本的にはそれぞれ現場の直属の上司に相談なり、報告なりをしてもらっています。そこで解決できない問題や、リスク管理面で共有が必要な報告、また、制度利用の申請など、上長の承認が必要なものなどが私のところに上げられてきます。
ただ、プライベートな問題を誰に相談するかは、本人の意思なので、直接相談されることもあります。特に家庭やプライベートな話となると各自の事情がありますから、話を聞いて「自分だったらこうすると思う」というようなことは伝えられても、「こうすべき」といったアドバイスはできないですし、代わりに結論を出してあげることもできません。
例えば先日あった親御さんの介護に関する悩みであれば、やはりただただ話を聞いて、「それはとても大変な状況だと思うし、有休でも介護休業でも、制度の中で最大限支援するから必要な時は言ってね」ということを伝えるのみです。

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【ダイバーシティ推進と組織のあり方】
制度を気兼ねなく使える環境整備を

男性育休に限らず、ダイバーシティを推進する組織運営のために、管理者として岡安先生が大切だと思われていることがありましたら、教えてください。

職員が使える制度がある、また、組織が独自に支援制度を設けること自体をとても良いことだと思っているうえで、組織に対して、実際に制度を使える環境を整備していただきたい、という思いがあります。部内の管理者である私が、いくら職員の制度活用を認めても、その分をフォローする他の職員の負担が増えすぎたり、人員不足で現場がまわらなくなってしまうのでは、男性育休取得率20%も実現できないわけです。
環境の整備とは、男性も女性も必要に応じて育児休業等を取得できる、時短勤務を選択できる、さらに年間20日付与された有休をすべて取得できる組織をめざすのであれば、当然、常時10%程度は欠員の状態でも運営できる人員配置、組織編成をしてほしいということです。
そして組織から全職員に対して、「各部局に休暇・休業、時短勤務等による一定数の欠員を考慮した人員配置をしているため、制度は必要な時に気兼ねなく活用可能」ということを積極的に周知していけば、制度の活用もダイバーシティも促進されるのではないでしょうか。

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リハビリテーション部では来年度から15人の増員が決まっているそうですが、それもダイバーシティ推進の一環なのでしょうか。

当院でのリハビリテーション需要が、現場の療法士たちのキャパシティを超える勢いで高まっている、というのが直接的で一番大きな理由です。現在34名が在籍しているものの、休業等により、常時現場にいる職員は30名ほどです。そこに今のようにリハビリテーションを必要とする患者さんが増えてくると、対応する人員を確保できなかったり、各療法士の負担が増えすぎて提供する医療技術の質が低下してしまう事態を避けるためです。

最後に、岡安先生にとって「誰もが働きやすい職場」とは、どのようなイメージですか?

やはり職員が日々の決められた業務を果たすだけで精一杯だったり、1日の診療が終わる頃には疲れ果ててしまっているような職場は良くないですよね。
それぞれ仕事とは別に、日々の生活のベースがあり、家庭があり、育児や介護と両立しているケースもあるでしょうし、自分の専門分野を追究するインプットの時間や、原稿や論文、講演などアウトプットの準備時間が必要な職員もいると思います。
とはいえ昨今の需要増で、リハビリテーション分野はほとんどの医療機関で、残業ありきのタイムスケジュールが組まれているのが実情です。だからこそ「定時できちんと診療実績を残して帰宅できる職場」「仕事以外の時間を有効に使う余力のもてる職場」というのが理想ではないでしょうか。
リハビリテーションは毎日20分以上、担当患者さんと1対1で相対しながら、信頼関係のもとに治療を進めていくものです。
私自身もかつての上司から、「自分の生活のなかに遊びのない仕事一辺倒の人間は、患者さんとのコミュニケーションを深められず、良いリハビリテーションを提供できない」ということを常々叩き込まれてきました。当時と今とでは時代も違うので、その実践を伴う教えをそのまま伝えようとは思いませんが、職員のワーク・ライフ・バランスを保つことは、常に意識しています。

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