研究背景

 
ピロリ菌感染に伴う急性胃炎は、粘液内のピロリ菌が上皮細胞に接着し、Cag A、Vac Aなどの病原因子を上皮細胞へと注入することにより惹起されると言われている1-4。一方、ピロリ菌に感染した胃粘膜にはCD4+ T細胞の浸潤が見られ ることから、ピロリ菌感染に伴う慢性胃炎では菌に対するTh1型免疫反応が重要な役割を果たすと考えられている5-7。しかしなが ら、通常ピロリ菌は粘 液内および上皮細胞間にのみに存在し、上皮細胞内や粘膜固有層間質には侵入しないとされており、CD4+T細胞の感作の場がどこであるか、そして、ピロリ 菌により惹起された慢性胃炎が如何にして維持されているかに関しては不明である8。粘膜固有層にピロリ菌を検出したとする報告も存 在するが9-12、 現在の胃炎の病因論において粘膜固有層への菌体の侵入の意義は考慮されていない。そこで我々は、菌体が粘膜固有層へ侵入して強い免疫反応を惹起している可 能性、そして、菌体がリンパ節へとtranslocateして免疫系を慢性的に刺激している可能性を検討し報告した。(Lab Invest. 2008


TMDU抗体による免疫染色

 TMDU抗体(新規作成したピロリ菌モノクローナル抗体)を用いた免疫染色では、胃の粘液層あるいは上皮表面に存在する菌体に対して陽性像を認めるととも に、粘膜固有層間質においても多数の陽性像が認められた(図1)。粘膜固有層の陽性像は粒状を呈し、間質に存在する細胞の胞体内に集簇して認められた。そ の他、胃粘膜では、壁細胞に一致した粒状、あるいは桿状の陽性像が得られた。なお今回の検討では壁細胞を除いて、その他の上皮細胞の胞体内に明らかな陽性 像は検出されなかった。また、リンパ節においては傍皮質領域に多数の陽性像が観察された。これらの陽性像は粘膜固有層において観察されたものと同様、細胞 内に集簇する粒状の陽性像として観察された。また、ごく一部の症例では、リンパ洞にも粒状の陽性像が少数観察された。


蛍光免疫二重染色

 粘 膜固有層においてはピロリ菌陽性細胞の全てがCD68陽性を示し、ピロリ菌はマクロファージに捕捉されていると考えられた(図2)。また、上皮細胞間およ び粘液層ではMPO陽性の好中球内にピロリ菌が検出されたが、粘膜固有層では好中球内に菌体は観察されなかった。リンパ節においてもピロリ菌陽性細胞の多 くはCD68陽性を示すマクロファージであったが、少数のfascin 陽性樹状細胞(interdigitating dendritic cell)内もピロリ菌が観察された。また粘膜固有層間質およびリンパ節において、細胞外に存在する菌体は観察されなかった。



免疫電子顕微鏡による観察

 粘 液内および壁細胞の陽性像は菌体の辺縁を縁取るように認められ、菌体のLPSの分布に一致しているものとして矛盾しない(図3)。なお、壁細胞の陽性像は 細胞内分泌細管の中に観察され、真の細胞内侵入とはし難く、粘液内に存在するものと同様の細胞外の菌体であると考えられた。一方、細胞内ピロリ菌の陽性像 は、ファゴソーム様の円形の構造に一致して認められた。細胞外のピロリ菌に見られたものとは異なり一定の構造を呈しておらず、消化を受けているかの印象で ある。細胞内の菌体の生死に関して、形態学的に明らかな知見を得る事は出来なかった。




Real-time PCR、免疫染色、リンパ節の細菌培養によるピロリ菌の検出結果

  胃のPCRにてピロリ菌が検出されなかった症例をピロリ菌陰性症例とすると、ピロリ菌陰性の5例ではPCR、免疫染色、培養のいずれの検出法においても 胃およびリンパ節の全ての検出結果が陰性を示した(表1
)。ピロリ菌陽性の46例のうち、PCRでは胃体部陽性が46例、前庭部陽性が38例、No.3リ ンパ節陽性が34例、No. 4d陽性が28例であった。免疫染色では粘液層陽性が40例、粘膜固有層陽性が39例、壁細胞陽性が21例であり、リンパ節の傍皮質領域陽性は29例、リ ンパ洞陽性は4例であった。また、リンパ節からのピロリ菌の培養では21例が陽性を示し、その定量中央値は380 (CFU/g)であった。これは、少なくとも一部の症例では、細胞内のピロリ菌が生存している事を意味しており、ピロリ菌のリンパ節へのトランスロケー ションを示唆する所見と言える。



ピロリ菌検出結果および胃粘膜組織所見の多変量解析

  胃粘膜固有層での免疫染色結果と改訂版シドニー分類による胃炎の状態との相関を解析したところ(表2)、粘膜固有層の免疫染色結果が慢性炎症の程度と相関 を示していた。これは、粘膜固有層におけるピロリ菌陽性マクロファージの存在が慢性胃炎に関与している可能性を示唆している。また、胃のPCR結果は好中 球浸潤の程度と相関していた。胃のPCR定量値は粘液層のピロリ菌の数を反映しているものと考えられ、上皮細胞への多数のピロリ菌の接着がより強い急性炎 症を惹起している可能性が示唆される。また、胃のピロリ菌検出結果とリンパ節の検出結果との相関を解析すると、前庭部において粘膜固有層の免疫染色結果と リンパ節での免疫染色結果と が相関を示した。これは、粘膜固有層のピロリ菌陽性マクロファージがリンパ流を介してリンパ節へと流入している可能性を示唆している。また、胃のPCR結 果はリンパ節の検出結果全てと相関を示しており、胃の粘液層における多数のピロリ菌の存在が、より強い上皮傷害を惹起し、ピロリ菌の粘膜固有層への侵入と ピロリ菌陽性細胞のリンパ節への流入が生じやすくなっていると考えられる。



まとめ

 免疫染色にて粘膜固有層およびリンパ節にピロリ菌陽性マクロファージが観察され、また、リンパ節からのピロリ菌の 培養に成功したことから、ピロリ菌の粘 膜固有層への侵入およびリンパ節へのtranslocationが明らかとなった。また、ピロリ菌陽性マクロファージがピロリ菌感染に伴う慢性胃炎の惹 起・維持に関与している可能性が示唆された。
 今回の検討から、ピロリ菌感染に伴う慢性胃炎の機序として、次のような仮説が導かれる。

  1. まず、ピロリ菌が上皮に接着する事によって上皮傷害および急性炎 症が生じる。これらにより上皮バリアの崩壊が生じると、ピロリ菌は粘膜固有層に直接暴露され、粘膜固有層へと侵入する。
  2. 粘膜固有層に侵入したピロリ菌は マクロファージに補足される。ピロリ菌を補足したマクロファージによる抗原提示、IL-12産生によって本菌に対するTh1型免疫反応が惹起され、慢性胃 炎に至る。
  3. さらにピロリ菌を補足したマクロファージは所属リンパ節の傍皮質領域へと移動 する。傍皮質領域はT細胞の活性化の場として知られており、粘膜 固有層よりも強いCD4陽性細胞の活性化が生じているものと予想される。
  4. そして、リンパ節から胃粘膜へとCD4陽性T細胞が供給され、慢性炎症が維持 さ れている可能性が考えられる。
 さらに、細胞内ピロリ菌による免疫系の慢性的な刺激は、虚血性心疾患や特発性血小板減少 性紫斑病等、胃以外のピロリ菌関連疾患とも関係している可能性が ある13。また、細胞内ピロリ菌の存在は除菌治療への抵抗性とも関連し得る。粘膜固有層およびリンパ節のピロリ菌陽性細胞の免疫・ 病理学的意義の解明に は更なる検討が必要である。


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