てんかんepilepsy

てんかんの外科治療について

前原 健寿 (脳神経外科外来:毎週木曜日)
稲次 基希 (脳神経外科外来:毎週火曜日)
原 恵子 (脳神経外科外来:毎週水曜日)

外科治療の目的

外科治療の目的は、抗てんかん薬に抵抗性の A)難治てんかん患者の、B)発作を消失あるいは軽減することで、C)患者の生活の質を向上させることにあります。D)包括的てんかん治療のひとつの手段です。

A)難治てんかん

A)難治てんかん:適切な抗てんかん薬の投与を2剤2年以上続けていても発作が止まらない場合には、薬剤による発作消失の可能性が低くなります。外科治療による発作消失、改善の可能性を検討する必要があります。小児の場合には、発作による発達の遅れや、てんかんによって引き起こされる諸症状を回避するためにより早期の外科治療を考慮する必要があります。

B)発作を消失あるいは軽減する

B)てんかんの手術には、発作の消失を目指した根治術と、発作の改善を目指した緩和術があります。根治術の中には、抗てんかん薬も中止できるてんかんの治癒の可能性もあります(図1)

図1

根治術:

  • 1)内側側頭葉てんかん
  • 2)新皮質てんかん MRI局在病変あり>MRI局在病変なし
  • 3) 半球離断症例
  • 治癒(発作消失、抗てんかん薬中止): (  )内の数字は当院の成績です。
  • 1) 内側側頭葉てんかん (35%)
  • 2) 新皮質てんかん MRI局在病変あり:海綿状血管腫 (70%)、先天性腫瘍(50%)
  • 3) 半球離断症例 (30%)

緩和術:(発作を軽減して患者の生活の質を向上させる):

  • 1)脱力転倒発作を呈する脳梁離断適応例
  • 2)新皮質てんかん (MRI局在病変なし>MRI局在病変あり)
  • 3)迷走神経刺激療法

C)患者の生活の質を向上させる

C)難治てんかんの患者は発作以外にもてんかんに伴う下記の諸症状にも苦しめられています。手術により、これらの症状のいくつかを改善させることが生活の質を高めるのに重要です。

鬱状態,精神症状
認知力および記銘力障害
知的低下、精神運動発達障害
教育、就労、運転、社会生活の問題
発作による身体的外傷
抗てんかん薬の副作用
突然死の問題

D)包括的てんかん治療

D)外科治療は、てんかんの包括的治療の一つです。脳神経外科単独で治療を行うのではなく、てんかんに関連したさまざまな診療科、さまざまな職種の医療従事者と治療に当たる必要があります。日本における包括的診療の体制は未だ不十分です。ただしてんかんセンターを有する病院においてはその体制が比較的整備されています(図2)。

図2
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外科治療の適応:メリットとデメリット

外科治療の適応は外科治療のための検査を行い決定します。

メリットは、手術適応のある患者では発作の消失、改善の可能性が非手術例よりも高いこと(Wiebe S et al. NEJM 2001)や手術を受けた患者は、死亡率が非手術患者よりも低く、特に発作が消失した患者で低いことがあげられます(Sperling et al. Neurology (2016))。

デメリットは、手術による合併症です。術後出血や感染症などの一般的な脳外科手術に加え、手術内容ごとに異なる合併症が起こり得ます。

てんかんに伴う諸症状:手術で発作が消失することでてんかんに伴う諸症状が改善することが期待されますが、成人と小児では異なります。長い間の発作は、脳全体にダメージを生じる可能性があるからです。

  • ・成人では、鬱状態、精神症状については発作消失後も改善しないこともあります。また発作が消失した患者でも、後に精神症状が出現することもあります。特に側頭葉てんかんにおいて注意深い経過観察が必要です。認知力、記銘力障害も改善は困難な場合が多い症状です。成人のてんかん手術においては、包括的治療がより重要になります。脳外科単独では充分な治療は提供できません。
  • ・小児てんかん患者ではてんかんによる精神運動発達障害が重大な問題となります。また小児期の手術により、成人てんかん患者が苦しんでいる精神症状や社会生活上の問題などてんかんに伴う諸症状を未然に防げる可能性があります(図3)。
  • 図3
  • ・難治てんかん患者は発作の持続により、発作のみならず発作に伴う症状の出現や持続にも苦しんでいます。患者の苦しみは一人一人異なります。重要なことは、てんかん手術のメリットとデメリットについて手術を担当する医師と詳しく相談することです。
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外科治療のための検査

術前検査では、切除可能なてんかん焦点があるかどうかを徹底的に検査します。
切除可能な焦点がないと判断した場合には、発作を緩和する手術が本人に有効かどうかを判定します。
術前検査でも切除可能な焦点が明らかでない場合には頭蓋内電極留置術を施行して発作焦点を診断することもあります(図4)。

図4

てんかん焦点診断に必要な3つの内容

焦点診断においては1)発作型の解析 2)脳波 3)MRIを検討する必要があります。この3つの内容がきちんと診断されていれば手術を行うことができます。そのための検査としては、脳波、MRIに加え長時間ビデオ脳波が必要です。この検査は発作型の解析と脳波異常の両方の情報が調べられる最も重要な検査です。ただし患者の負担が大きいこと、発作の誘発があることからきちんとした検査体制を組む必要があります(図5.6.7)

図5
図6
図7

外科治療のために追加する検査

  • ・神経心理検査:WAIS-R(知能テスト)、WMS-R(記憶テスト)が基本です。焦点部位に応じて前頭葉検査等を追加します。焦点診断に有効のみならず術後検査も行い、手術による脳機能の変化をチェックできます。より正確な情報を得るために行う検査で、症例によっては非常に有効な検査ですが、必ずしも必要ではありません。
  • ・PET、SPECT検査、脳磁図、和田テストなど—FDG-PETは最も重要な検査の一つで、MRIでもわからない焦点の手がかりになります。統計学的解析が診断に重要です。(図8)
図8

術前検査と手術の入院期間

  • 1)術前検査
  • ・外来:脳波、MRI、神経心理テスト, PET、脳磁図は可能。それぞれ1日
  • ・入院:約1週間(長時間ビデオ脳波を中心にその他の検査。数日間の延長あるいは発作の有無により1週間の再入院)

  • 2)術前検査
  • ・頭蓋内電極留置術無し:約2-3週間
  • ・頭蓋内電極留置術有り:約3-5週間(頭蓋内電極留置術を行い2週間後に 焦点切除術。2回の手術だが1回の入院で行う。)
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外科治療の費用

高額療養費制度

  • ・高額療養費制度とは、月初から月末までにかかった医療費の自己負担額が高額になった場合、一定の金額を超えた部分が払い戻される制度です。
    例えば標準報酬月額26万円以下の場合には、最大57600円になります。
  • ・差額ベッド代、食事代、保険外の負担分は対象とはなりません。
    治療を受ける前に公的医療保険で「限度額適用認定証」を手に入れておきましょう。

自立支援医療

  • ・てんかんに関する医療費が1割になるだけでなく、てんかんの場合の上限月額があります。

その他にも、さまざまな助成制度があります。検査、入院の前には病院の医療支援センター等での相談が役にたちます。

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外科治療の実際と手術成績

てんかん手術には、さまざまな種類があります。手術の難易度を図9に示します。

図9

1)内側側頭葉てんかん

根治術:
  • ・てんかん手術の中で最も多い手術で、海馬という治療対象が存在します。海馬硬化が特に重要です。
合併症
  • ・術後精神症状出現の可能性
  • ・前脈絡叢動脈損傷による片麻痺:頻度は少ないものの最も重篤な合併症です
  • ・優位側海馬切除による記銘力障害
  • ・対側上1/4盲

術式による違い(図10)

図10
1)手術手技
  • ・前内側側頭葉切除が最も簡単で安全です。
  • ・選択的扁桃体海馬切除術と海馬MSTは特に詳しい解剖学的知識が必要です。
2)手術成績(発作消失)はほぼ同じ
  • ・前内側側頭葉切除が選択的扁桃体海馬切除術よりも若干良好です。
  • ・海馬MSTは2006年発表の手術で長期成績がまだ不明です。
3)記銘力障害
  • ・海馬MSTは海馬を切除しないため最も良好です。
  • ・海馬を切除する手術のうち選択的扁桃体海馬切除術は前内側側頭葉切除よりも若干良好です。

当院の側頭葉てんかん手術111例のまとめ

  • ・発作消失は84%、抗てんかん薬中止は35%(海馬MSTは87%で発作消失)
  • ・術前精神症状は13%、術後精神症状は19%
  • ・片麻痺出現0%
  • 側頭葉てんかんの手術は精神科との連携と包括的診療が必要です。

2)新皮質てんかん

MRI局在病変ありの場合は、発作消失のみならず抗てんかん薬中止の可能性が高い。

MRIで認めた病巣のみだけではなく、周囲のグリオーシス(てんかんを起こす部位)の切除が重要で術中脳波は重要な役割を持っている(図11)。

図11

MRI局在病変なしの患者では、発作消失の可能性はあるが抗てんかん薬の中止は困難。緩和的治療も考慮する必要がある(図12)。

図12

難治てんかん患者でMRIを撮影していない場合には一度はMRIを撮影する必要がある。また専門医のMRI所見判定が重要である。

当院の手術成績

65例中56例(86%)で発作消失

海綿状血管腫 の70%、先天性腫瘍の50%で抗てんかん薬は中止

3)半球離断症例

対象は、病変が一側大脳半球広範囲におよび、すでに片麻痺を有する難治てんかん症例です。

乳幼児の片側巨脳症や皮質形成異常では、脳の可塑性や健側脳の保護の為に、早期手術が適応となります。

手術には水平法と垂直法(図13)がある。てんかんの術式をいくつか組み合わせて行うため、経験が必要です。

図13

術前検査と術後管理に、小児神経科の関与が重要である。小児神経科のいる病院での施行が望ましい。

自験例の手術成績

34例中25例(74%)で発作消失

約30%で抗てんかん薬中止

頭蓋内電極留置術

頭蓋内電極は、頭皮よりも7〜8倍大きな脳波のため正確な診断ができます。

  • ・内側側頭葉てんかん:発作の側方性(右か左か両側か)を決めます。診断は比較的容易で、単に目でみて焦点部位を診断(視覚的判断)することもできます(図14)。
  • 図14
  • ・新皮質てんかん:比較的多数の電極をおいて記録を行います。診断は難しく、単に目でみて焦点部位を診断(視覚的判断)する以外に、広範囲帯域の脳波所見をコンピューター解析するなどの特殊な技術が必要です(図15)。
  • 図15

緩和術(発作を軽減して患者の生活の質を向上させる)

1)脱力転倒発作を呈する脳梁離断適応例

  • ・脳梁を介して伝播する左右大脳半球のてんかん波の共鳴を遮断することで治療効果をあげます(図16)。
  • 図16
  • ・最もよい手術適応は、外傷を伴う激しい転倒発作を反復し、かつ切除可能な焦点を持たない症例です。
  • ・術後1-2週間の急性離断症候群があり、その間の肺炎に注意が必要です。

自験例の手術成績

61例中50例(82%)で発作消失

多動のある患者15例のうち14例で多動消失

小児患者は97%が手術に満足

小児で全離断を受けた患者の44%で日常生活が著明に改善

4)迷走神経刺激療法

  • ・迷走神経刺激術は難治性てんかんの治療として、2010年本邦でも保険適応が認められた
  • ・迷走神経刺激術とは薬剤抵抗性難治性てんかん発作を減少・軽減する緩和的療法である その機序はいまだ明らかでないが、発作の電気的活動をdesynchronizeし、spikeを減らすとの報告がある(Chang et.al, Epilepsia 2010)
  • ・米国では1997年FDA(Food and Drug Administration)により認可されている
  • ・マグネットモードによる刺激は、発作の前兆時などに専用のマグネットをあてることで刺激が開始される

当院の手術成績

当院では、手術前日入院し、手術翌日退院の2泊3日が標準的で手術4週間後に刺激を開始し、外来で刺激強度を調整。

30例の患者のうち、約50%の患者で発作が50%以上減少した(図17)。

図17

約40%の患者で日常生活が改善した(図18)。

図18
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新しい治療

てんかんの外科治療が可能なのは、難治てんかん患者の一部にしかすぎません。我々は、難治てんかんに対する新たな治療法の可能性を常に模索しています。ここでご紹介する治療法は現在、日本では行えない治療です。しかし欧米ではいくつかの治療が可能になっています。新しい治療が日本でも可能になること、また現在研究段階の治療が可能になることを期待しています。

A)新しい抗てんかん薬:欧米では販売されているものの日本では販売されていない抗てんかん薬がまだあります。(てんかんセンターを中心に)治験という形で使用できる可能性があります。

B)発作検知型治療(図19)

  • ・Neuropaceは、脳内に留置した電極で発作を検知して、同じく脳内に留置した電極の電気刺激で治療を行う方法です。
  • ・Aspire SRは迷走神経刺激装置の一つで発作に伴う心拍数の上昇を検知して治療を行う方法です。
図19

C)研究段階ですが、当大学では心拍変動モニタリングによるてんかん発作早期検出の試みを行っています。てんかん発作の前に心拍が変動することが知られています。我々は、この心拍変動を用いて発作の予知、治療法を開発中です(図20)。

図20
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