東京科学大学 総合研究院
Department of Advanced Nanomedical Engineering, Medical Research Laboratory,
Institute of Integrated Research, Institute of Science Tokyo
2010年代中頃より、中分子核酸医薬、遺伝子治療が続々と実用化され、新型コロナウイルス感染症の制御には、mRNAワクチンが大きく貢献しました。核酸配列を変えるだけで様々な疾患に応用できることが、これらのモダリティの特長であり、今後のさらなる実用化が期待されています。mRNAを例にとると、治療タンパク質を体内で産生させる戦略として様々な利点を有し、ワクチンだけでなく、様々な医療応用が検討されています。一方で、mRNAを体の中の適切な組織で機能させるためのDrug Delivery System (DDS)に課題を残し、さらなる開発が必要です。私たちは、ナノDDSの基盤技術開発から、生体内機能評価、治療応用、社会実装まで取り組んでいます。
参照(日本語):mRNAのDDSに関する総説
論文(英語):Molecular Pharmaceutics 2020,
Advanced Drug Delivery Reviews 2023
ナノ医薬品は生体に異物として認識されないように設計されています。しかし、完全に異物認識を回避することは困難で、特に、肝類洞壁に吸着して排泄されることが知られています。この課題に対して、肝類洞壁を一過的にポリエチレングリコール(PEG)で被覆しました。すると、ウイルスベクターやDNA搭載ナノDDSといった遺伝子治療薬の肝クリアランスが回避され、標的組織への送達効率が向上しました。現在、本手法の治療応用に取り組んでいます。
参照(日本語):プレスリリース
論文(英語):Science Advances 2020
疾患治療において、ナノDDSによる投与組織の傷害や炎症反応は、副作用の原因となるだけでなく、疾患治療の過程を妨げます。この課題に対して、DNA送達の研究において、高分子ナノDDSの表面をポリエチレングリコール(PEG)で被覆したところ、投与組織を傷害することなく、優れたDNA導入活性が得られました。このシステムをmRNA送達に用いたところ、自然免疫受容体によるmRNA認識が回避され、投与後の炎症反応が軽減ました。結果的に、3) 医療応用 に示すように、核酸を用いた組織保護、修復、再生治療において、優れた成果が得られています。
参照(日本語):高分子ナノDDS用いたmRNA送達に関する総説
論文(英語):Molecular Therapy 2012, PLoS ONE 2013
mRNAのナノDDS開発では、主にナノDDSを構成する脂質や高分子の設計が検討されています。一方で、mRNAの設計によりDDS機能を向上させる試みは、ほとんどありません。これは、mRNA分子自体を修飾すると翻訳過程に影響する懸念があるためです。この課題に対して、機能性修飾を行った短鎖の相補鎖RNAをmRNAにハイブリダイズすると、mRNAの翻訳活性を保ったまま、多種多様な修飾が可能になりました。このmRNA工学を応用することで、ナノDDSの機能を向上させたほか、3) 医療応用に示すように、免疫賦活化アジュバント機能を組み込んだワクチンを開発しました。
参照(日本語):mRNA工学に関する総説
論文(英語):Biomaterials 2019, Angew. Chem. Int. Ed. 2019, Biomaterials 2020
現在の感染症予防mRNAワクチンの副反応や安全性に課題を残します。そこで、副反応の一因である脂質性ナノ粒子を用いないmRNA単体からなるワクチンを開発しました。マウスで新型コロナウイルス感染症の予防に成功したほか、カニクイザルでも優れた抗体産生が誘導されました。
また、mRNAワクチンは、がん細胞を傷害する免疫細胞を誘導する方法としても有望です。しかし、このがん治療ワクチンでは、効果の向上が課題です。この課題に対して、アジュバントに着目し、mRNAに免疫賦活化作用を持つ2本鎖RNA構造を搭載したくし型mRNAを設計しました。このmRNAが抗原タンパク質を発現するとともに、アジュバントとしても機能し、既存のワクチン効果が向上します。
参照(日本語):がんワクチン、感染症予防ワクチン
参照(英語):PNAS 2023, Molecular Therapy 2024
mRNA、プラスミドDNA (pDNA)、細胞移植治療、DNAアプタマー、siRNAといった様々なモダリティを用いた疾患治療に取り組んできました。RNAを用いたマウス脳における生体内ゲノム編集にも成功しています。モダリティやナノDDSの特性から、治療ニーズに至るまで、俯瞰的視野で標的疾患を検討します。
参照(日本語):mRNAを用いた疾患治療に関する総説 、mRNA医薬を用いた中枢神経系疾患治療に関する総説
論文(英語):Biomaterials 2016, Science Advances 2020, J. Control. Release 2021
新型コロナウイルスワクチンの開発では、スタートアップ企業が大きな役割を果たしました。内田は、名古屋大学、阿部洋教授、金承鶴特任教授と2022年3月にmRNA創薬のスタートアップ企業Crafton Biotechnology株式会社を設立しました。核酸化学、合成生物学、情報科学、医工学、臨床医学の様々な研究者が参画し、製薬企業やスタートアップ企業と共同研究を行うことで、日本発のmRNA医薬の誕生を目指しています。
参照:ホームページ