6.神経筋接合部の伝達
§1.シナプス
<図6−1>
興奮性細胞と興奮性細胞、あるいは興奮性細胞と分泌細胞間は、構造的には
間隙があるが、機能的には結合している。この機能的接合部をシナプスという。
シナプス部に興奮を伝える神経線維は、シナプス前神経線維 (presysnaptic
nerve fiber)という(図6−1)。シナプス部は構造的はシナプス間隙
(synaptic cleft)によって、2つの細胞に分かれている。神経細胞間のシナプス
では、150〜200、神経筋接合部では500〜1000といわれる。
前神経線維の終末でシナプス面に接している部分には、シナプス小胞
(synapticvesicle) がある。シナプスを介した後の細胞はシナプス後部細胞
(post-synaptic cell) といい、この形質膜でシナプス部に接している部分は、
シナプス下膜(subsynaptic membrane)といわれる。
§2.シナプスにおける神経インパルスの伝達
シナプス部で神経終末部によって生じた脱分極が、電気緊張的にシナプス後部
細胞の興奮膜を臨界脱分極まで脱分極することは、普通の場合あり得ない。
その理由は次の通りである。
今、直径5μの無髄神経線維の一点Aから見た一方向のインピーダンスは
20MΩであるという(図6−2)。この線維の形質膜と同じ材料を使って
<図6−2>
線維を図のように中隔で仕切る。このとき、点Aのインピーダンス20MΩは、
中隔の抵抗3000MΩを介して左側の仕切りとつながっていることになる。
さらに、150Åの間隔をおいて2つの中隔で形質膜を仕切ったときの等価回路
は図のようになる。Bに生じた電圧変化は各抵抗によって減衰し、1/10と
なる。従って、この場合、両仕切り間の電気結合によって興奮が伝はんすること
はあり得ない。このため大部分のシナプスでは、別の伝はん様式が発達した。
今から述べる化学的伝達が、それである。
§3.神経筋接合部の構造
神経筋接合部は形態的にも機能的にも詳しく研究されているシナプスである。
このシナプスは名前のように神経に生じた興奮を筋に伝え、筋を興奮・収縮
させるために存在する。有髄神経は、経末部に近く髄症を失って無髄となる。
この有髄神経は1.5μの直径で、筋線維表面の溝を100μ走る(図6−3)。
<図6−3>
そして、その走行中全体にわたって、筋とシナプス結合をしている。神経の
走行と直角に筋線維膜のヒダが所々にあり、これによって神経と筋線維の接触
面積が大となる。神経終末と筋細胞の間はbasement membrane と呼ばれる。
これがシナプス間隙で、500-1000�┐△襦�神経終末の細胞質で筋に近い所には、
500 �┐梁腓�さのシナプス小胞が密集している。また、ミトコンドリア
(mitochondria)がたすうあり、伝達物質を生成しているという。以上述べた
終末と筋の接合部の構造を終板という。
§4.神経筋接合部における興奮伝達の大要
現在認められている終板部における神経衝撃の伝達は次の通りである。
(a)軸索を興奮が伝導して神経結末部に達する。
(b)結末部に活動電位が発生する。
(c)このため、Caイオンの透過性増大、Ca++が細胞内に流入する。
(d)それによってシナプス小胞内の化学伝達物質(Chemical transmitter)である
アセチルコリンがシナプス間隙に分泌される。
(e)終板部の筋繊維の原形質膜、すなわちシナプス下膜は、それ以外の筋繊維
の形質膜と異なり、活動電位を出さない。アセチルコリンを受容する性質
がある。
(f)受容した量に応じてシナプス下膜の比較的小さな陽イオンの透過性が増加
する。その結果、Na+は外から内へ流入し、K+は内から外へ流出する。
そしてシナプス下膜は、-10〜15 mV に向かって脱分極する。
(g)終板部の脱分極は電気緊張的に普通の筋繊維の興奮膜に広がる。それが
臨界値に達すれば、筋繊維が興奮する。
(h)活動電位は筋繊維全体に広がる。
(i)シナプス間隙には、大量のCholinestrase があり、数ミリ秒で放出したア
セチルコリンは分解され、シナプス下膜のイオン透過性は、元の状態に戻
る。
これらのことがどのようにして認められたかを次に述べる。
§5.シナプス下膜の性質−終板電位
終板部は普通の興奮性膜のように脱分極することによって自己再生的なNa+の
透過性を増すことが出来ない。すなわち、電気的に非興奮性である。今、筋線維
を直接電気で刺激すれば、筋線維の形質膜は活動電位を発生し、従って、その
場所が吸い込み口となる。そして、興奮部は伝わって行く。しかし、終板部は
吸い込み口となることはない。すなわち、隣接部が脱分極して、それが終板部に
電気緊張的に波及しても興奮することはない。
このような終板部は、しかし他の興奮膜所となる終板電位(endplate
potential)を発生する。筋線維を支配している神経線維を電気刺激し興奮
させると、興奮は神経線維を伝わり、更に筋線維に伝わり、筋線維から活動電位
が発生する。このとき、記録部位が終板部付近だと、活動電位以外に別の電位
変動が先行して現れ、2つの電位間に不連続点ができる(図6−4)。さらに、
<図6−4>
神経筋伝達の遮断剤であるクラーレを適用すると、この notch が明瞭となり、
やがて活動電位はなくなり、先行していた電位のみが残る(図6−4e)。
これが、終板電位(endplate potential)である。一般に終板電位は、
(a)速い立ち上がり、遅い立ち下がりをもった10〜20msec続く、膜を
介して30−40mVの電位である。
(b)適用するクラーレの量によって、その振幅が異なる段階的な電位である。
加重、run down を生じる。
(c)周囲に電気緊張的にのみ伝わり、興奮のように伝導しない(図6−5)。
(d)平衡電位は−15mVである。さらに調べると、内向きNa+電流と外向き
K+電流によって生じる。
<図6−5>
このいずれの性質も、興奮膜から発生する活動電位と異なる。このことは、
終板部のシナプス下膜が興奮膜と異なることを意味している。以下に述べる
ように伝達物質を受容し、それによってイオンの透過性を変化する膜である
ということができる。
§6.化学伝達物質 アセチルコリン
さて、シナプス前部から実際に分泌し、後膜に影響を与える化学伝達物質は、
アセチルコリンである。一般的にある物質が化学伝達物質であるためには、
(a)その物質がシナプス前膜に充分存在する。もちろん、その物質を合成する
酵素系が存在する。
(b)シナプス前部の刺激によって、シナプス前部からその物質の適当量が放出
されなければならない。
(c)その物質のシナプス後膜に対する作用は、シナプス作用と同じでなければ
ならない。
(d)シナプス間隙にはこの物質を不動化する酵素系が存在しなければならない。
という条件が必要である。
アセチルコリンはこれらの条件を備えている。
(a)第一に,Achの合成のためのコリンアセチラーゼであり、Achは多量に
シナプス前部に存在する。コリンアセチラーゼコエンザイムAからAchを
つくる。しかもAchは多量にシナプス前部に存在する。
(b)第二に、クラーレを適用して神経筋接合部の伝達を遮断した状態下で運動
神経線維を刺激すると潅流液中にAchが分泌する。しかし除神経した神経
からでは、Achは分泌しない。このことからAchはシナプス部より分泌する
ことが分かる。
(c)終板部はAchに対して高い感受性を示し、Achを微小ピペットにつめ、電気
泳動的にAchを終板部に適用させると、10-16Mで終板部に脱分極が生じる
(図6−6)。
(d)Achを分解する酵素としてコリンエステラーゼがあり、この酵素によって、
コリンと酢酸に分解される。エゼリン、プロステグミンのような
アンチコリンエステラーゼを終板部に適用するとAchの分解が阻止され、
終板電位が長く続くようになる(図6−7)。
以上から、アセチルコリンはいずれの条件にもよく適合し、化学伝達物質で
あることが分かる。
<図6−6>
<図6−7>
§7.前シナプス線維からの化学伝達物質の分泌(興奮−分泌連関)
化学伝達が行われる条件として、シナプス前線維からの化学伝達物質の
シナaプス間隙への分泌が重要となる。この放出は、
(a)膜の脱分極の大きさ
(b)外液中のCa++濃度
と関係する。
(c)外液のCa++濃度をへらすとEPPが小さくなる。このときアセチル
コリンを直接シナプス下膜に作用させれば、EPPは発生するから、
Ca++の影響はシナプス前部に対するものであることが分かる。
(d)またこのとき、Ca++ピペットでCa++を局所的に適用すると再びEPP
が現れる。
軸索流とシナプス小胞膜について、医学のあゆみ 108(2):1161241978
§8.化学伝達物質の量子的分泌−微小終板電位MEPP
化学伝達物質の分泌には、量子的な最小単位があると考えられている。これは、
(a)電子顕微鏡的にシナプス小胞という構造的な単位があること、及び
(b)微小終板電位(mimiature endplate potential:MEPP)が見出されたことから
主張されている。
終板部は静止した状態でも神経終末から熱的かく乱のため、少量の化学伝達
物質がたえず放出しており、そのため終板部には絶えず不規則な小さなEPPが
生じている。これを微小終板電位という(図6−8A)。
<図6−8a>
MEPPにおけるシナプス前線維からの化学伝達物質の分泌が、熱雑音に
よって所持ることは、その出現時間間隔が指数分布(出現頻度がポアソン分布)
に従うこと、すなわち、出現がランダムであることから分かる(図6−8B)。
<図6−8b>
このようにランダムに放出するMEPPの振幅は最小で0.5mV付近にmode
が存在し、時にはその2倍、3倍の振幅のものがみられる。中間のものはない。
すなわち、ある単位がある(図6−9)。この単位はシナプス小胞1個に対応
して考えられる。1個の小胞の中には数千のAch分子が含まれるという。
EPPはMEPPが100〜300集まったものだという。EPPは前述の
ように〔Ca++〕oを上げれば、振幅大となり、〔Mg++〕oをあげると小さくなる。
このときMEPPの1〜2倍とすることも可能である。
筋線維の神経支配を断てば、最初シナプス小胞がかたまり、数日後に破壊して
消失する。このときMEPPの出現頻度は低下し、又量子的な性質がなくなり
振幅は連続した分布となる。
<図6−9>
§9.筋弛緩剤
神経筋伝達を遮断する薬物を筋弛緩剤という。これには、
(a)Curare のように終板のAch受容蛋白に結合して、Achの感受性を低下
させるもの。
(b)サクシニルコリン、デカメトニウムのように終板膜を脱分極させるが、
これらの分解酵素が無いために脱分極が持続し、そのため終板に隣接した
興奮膜に不活性化が生じて、筋の興奮が生じなくなるもの。
(c)anticholinesterase のように一旦生じた脱分極を持続させるもの
(殺虫剤)。等がある。
§10.神経支配除去(denervation)と筋の興奮性
神経支配を断たれた筋は一週間後にその興奮性が亢進し、ときどき、線維性
収縮(fibrillation)と呼ばれる小さな収縮がみられう。この神経除去の徴候は
神経が再生するまで続く。このような神経支配除去性興奮性亢進(denervation
hypersensitivity)のとき、Achに敏感な部分が終板部に限局せず、筋全体に
広がっている。そこでなぜ正常筋ではAchに敏感な部位が終板部に限局して
いるかが問題となる。その可能性として、
(a)trophi substance:神経線維内をある物質がたえず筋に輸送されており、
その物質によって筋の興奮性が正常に保たれている。という考え方と、
(b)活動電位の発生そのものが筋の興奮性を正常に保っている。という2つの
考え方である。しかし、活動電位をblock しただけでは興奮性亢進は生じ
ない。それで、trophic substance が存在すると考えられている。その
第一の候補として、Achがあげられる。しかし、神経再生時、Achの
自発放出によって生じるMEPPの出現頻度が低いとき、すでにAchに
敏感な部位の限局が生じる。このように化学的に敏感な部分の限局と、
MEPPの出現が平行して生じないことは、Ach以外の trophic
substance が存在する可能性を示唆する(Miledi)。