Department of Pathological Cell Biology

研究内容

研究概略

当研究室では、種々の疾患や病態への応用を前提として、・生体における細胞死やオートファジーの役割を明らかにする事、・細胞質とミトコンドリアの間の情報交換をミトコンドリア膜の解析から明らかにする事、を目標に研究を行っています。生化学・分子生物学・超微形態学・生理学・遺伝学等、様々な手法を組み合わせる事により、基盤となる知見を得る事ができると考えています。最近は、新しい分子機構に基づくオートファジー機構“alternative macroautophagy”の存在を明らかにしました。

主な研究テーマ
1. 新規オートファジー機構“alternative macroautophagy”の解析
  1. A, “alternative macroautophagy”分子機構の解析
  2. B, 生体における“alternative macroautophagy”の意義
  3. C, 疾患への応用
2. 細胞死の解析
  1. A, アポトーシス分子機構の解析
  2. B, 非アポトーシス細胞死分子機構の解析(オートファジー細胞死、ネクローシス)
  3. C, 生体における細胞死の意義
  4. D, 疾患への応用
3. ミトコンドリア膜の解析
  1. A, アミトコンドリア膜蛋白質の構造機能連関
  2. B, ミトコンドリア機能異常に基づく疾患の病態解明
1. 新規オートファジー機構“alternative macroautophagy”の解析

オートファジーは細胞内小器官などの自己構成成分を分解するシステムで、細胞の健全性の維持に貢献しています。また、その機能異常は神経疾患や発癌など様々な疾患に関与することが報告されています。従来オートファジーの実行メカニズムは、酵母菌から哺乳動物まで保存されている複数の分子群Atg5, Atg7, LC3等によって完全に支配されていると考えられてきました。しかしながら、私たちの研究グループは、Atg5, Atg7, LC3などの分子に依存しない新たなオートファジー機構が存在することを発見致しました。この新規オートファジーは、ゴルジ装置やエンドソームを起源としており、Rab9等の分子によって調節されています。また、細胞にDNA傷害などのストレスが加わった時に強く誘導される他、赤血球が成熟する際に起るミトコンドリア除去にも関与しています。

A, 新規オートファジー機構の発見----(概要)
“オートファジー(自食作用)”とは、細胞が自己構成成分を分解・処理する生体機構を指し、酵母からヒトに至るまで、全ての真核生物が保有している。この機構は、細胞浄化(古い蛋白質やオルガネラを分解し、新陳代謝に貢献する)やストレス応答などにおいて重要な役割を果たしており、種々の疾患にも深く関連している。
これまでは、哺乳動物におけるオーファジーの分子機構は、酵母のそれと基本的に同じ過程をたどると信じられてきた。即ち、酵母におけるオートファジーに不可欠な分子群(Atg5, Atg7, Atg8など)は、哺乳動物においてもオートファジーを支配していると考えられてきた。その結果、Atg5やAtg7を抑制する事は、オートファジーを抑制する事と同義に翻訳され、LC3(Atg8の哺乳動物相同分子)の変化の有無はオートファジー誘導の有無を示していると考えられてきた。しかし、我々は、Atg5欠損マウスが周産期まで正常であることや、哺乳動物では酵母よりも進化している可能性があることより、新たなオートファジー機構が存在しうると考えた。

実際に、野生型マウス線維芽細胞とAtg5欠損マウス線維芽細胞に、DNA傷害によるストレスを負荷しまうと、両方の細胞とも、ほぼ同程度にオートファジーが観察された。しかしながら、Atg5欠損細胞に見られるオートファジーは野生型細胞のオートファジーと異なり、LC3の変化を伴うことはなかった。これらの結果より、我々はAtg5を必要とするオートファジーを“conventional macroautophagy”新たなオートファジーを“alternative macroautophagy”と命名した。
“alternative macroautophagy”の実行には、形態学的にはtrans-Golgiとendosome(輸送小胞)の関与が示唆され、実行に関わる分子としてはUlk1、PI3kinase、Rab9などが重要であった。また、生体内では、赤血球の最終分化過程においてミトコンドリアの処理を担っていた。

今後は、分子機構の詳細を解明するとともに、生理的、病理的役割を明らかにして行く必要がある。

2 . 細胞死の解析

 我々の体の多くの細胞は自殺装置を内包しており、死ぬべき状況に至ると、自ら積極的に死を実行する。この機構は細胞の分裂や増殖と協調して機能し、個体発生や組織の恒常性維持に寄与している。従来、生理的な細胞死はアポトーシスのみであると考えられて来たが、我々を初めとする複数のグループにより非アポトーシス細胞死の存在が明らかにされ、生体内では複数の細胞死機構が様々に機能しているものと考えられる。我々は、①個々の細胞死機構の詳細を明らかにし(分子レベルの解析)、②生体における細胞死の役割を明らかにし(個体レベルの解析)、③これらの知見を疾患に応用したいと考えている。

A,アポトーシス分子機構の解析
アポトーシス分子機構の基本骨格は、これまでにほぼ明らかにされている。即ち、多くのアポトーシスシグナルはミトコンドリアに入り、ミトコンドリア膜の透過性を亢進させる。ミトコンドリアの膜間腔には数種類のアポトーシス誘導蛋白質が存在しており、膜透過性亢進に伴ってこれらが細胞質に漏出する。その結果、システインプロテアーゼであるカスペースが活性化し、アポトーシスが実行される。アポトーシスを主に制御しているのはBcl-2ファミリー蛋白質であり、これらはミトコンドリアの膜透過性を調節することによって細胞の生死を決定している(Nature, 1995, Nature, 1999, Cell, 2003, etc)。ミトコンドリア周囲でのアポトーシスシグナルの伝達機構には未解明の部分が残されており、我々はこの詳細を明確にする為に解析を進めている。

B,非アポトーシス細胞死分子機構の解析
オートファジー様細胞死
アポトーシスを起こしにくい細胞株(Bax/Bak欠損細胞)に抗癌剤などのアポトーシス刺激を加えると、オートファジー(自食反応)に依存した細胞死機構が活性化し、その結果細胞は死に至ることを、我々は世界に先駆けて見出した(Nature Cell Biol., 2004) (図1)。オートファジー様細胞死(autophagic cell death)は、生理的な細胞死や病理的な細胞死に関与することが示唆されており、現在その詳細な分子機構の解析を行っている。

図1. 抗がん剤によって誘導されたオートファジー様細胞死
抗がん剤によって誘導されたオートファジー様細胞死

ネクローシス

単離ミトコンドリアに活性酸素やCa2+を添加すると、permeability transition(PT)と呼ばれるミトコンドリア膜の透過性亢進現象が誘導される。PTの際には、ミトコンドリアの膨潤や膜電位の低下が惹起される。我々はPTの制御分子であるCyclophilin Dのノックアウトマウスを作製し、細胞死への影響を観察した。その結果、このシステムは、①アポトーシスには関与しないこと、②過剰なカルシウムや酸化ストレスによるネクローシスを誘導すること、を見出した(Nature, 2005)(図3)。現在、ミトコンドリア膜透過性亢進機構の詳細なメカニズム、酸化ストレスによる細胞死の分子機構を解析中である。

C, 生体における細胞死の役割解明
我々は細胞死(アポトーシス、オートファジー細胞死、ネクローシス)に関わる分子の遺伝子改変マウスを多数有しており、これらの解析を通して、それぞれの細胞死の生理的、病理的意義を解析している。

D,細胞死の疾患への応用
細胞死は癌や虚血病変、神経変性疾患など様々な疾患の原因あるいは増悪因子となっている事が報告されている。細胞死機構の解析を通して得た知見をこれらの疾患の克服につなげたいと考えている。

#虚血・再灌流傷害:Cyclophilin D欠損マウスが心筋や脳の虚血再灌流傷害に強い抵抗性を示すことより、PTを介したネクローシスがこの病態に一部関与している事が明らかである(Nature, 2005)。これを基盤に、PT制御薬の開発を企図している。
#放射線誘導性腸炎:放射線誘導性腸炎は主に、放射線による小腸上皮細胞のアポトーシスが原因である。我々は、抗アポトーシス薬としてTat-BH4を開発し、放射線誘導性腸炎での効果を確認している(PNAS, 2000)。

現在、アポトーシスやネクローシスの制御薬として、ミトコンドリアの膜透過性を指標にした低分子化合物スクリーニング系を立ち上げている。

3. ミトコンドリア膜の解析

ミトコンドリアはATP合成やTCAサイクルなど、代謝反応の中心として細胞の生存に寄与している。一方、ミトコンドリアは細胞死においても決定的な役割を果たしている。いずれの場合においても、ミトコンドリアと細胞質との間の情報交換は、これらの細胞機能に不可欠である。我々は、ミトコンドリアと細胞質との間の情報交換の場となるミトコンドリア膜に着目し、膜蛋白質の機能や構造、膜透過性システムを網羅的に解析したいと考えている。また、ミトコンドリアの機能異常に基づく疾患に対して、その病態を解明したいと考えている。

A. ミトコンドリア膜蛋白質の構造機能連関
アポトーシスやネクローシスなどの細胞死に関連した膜透過性亢進装置の解析の他、代謝物質の交換に必要な膜蛋白質も含めて、膜蛋白質の網羅的な解析を企図している。

B. ミトコンドリア機能異常に基づく疾患治療法開発
ミトコンドリアの異常に由来する疾患として代表的なものに、神経変性疾患があげられる。神経変性疾患の一部では、ミトコンドリアDNAの点突然変異やそれに伴う活性酸素発生によるミトコンドリアの機能傷害が疾患の増悪因子となっている。また、パーキンソン病をはじめとして、一部の家族性神経変性疾患はミトコンドリア蛋白質の異常が疾患の一義的な原因となっている。ミトコンドリアでの異常と疾患の関係を明確にすることにより、疾患を克服することが可能になるものと思われる。