東京医科歯科大学 難治疾患研究所 機能分子病態学分野

研究内容

(1)パーキンソン病とは?

 パーキンソン病は、神経伝達物質であるドーパミンを産生する黒質緻密部のドーパミンニューロンが減ってしまうこと(神経細胞死)によって、様々な異常が発生する神経変性疾患です。

代表的な運動症状として、静止時振戦、筋強剛、動作緩慢、姿勢反射障害等(安静時に手足や顎にふるえがみられる、動作の開始に極端に時間がかかる、姿勢を保持することが難しく転倒しやすいなど)がみられる他、病気が進行すると睡眠障害・自律神経症状・精神症状・認知機能障害などの非運動性症状が表れることも報告されています。進行すると、自立した生活が困難になってしまう恐れがあります。

 日本では1000人に1人以上の頻度で発症するといわれており、15万人を超える患者さんがいると推定されています。高齢者の罹患率の極めて高い難治性神経病であり、超高齢化社会の今日、予防法や治療法の確立が求められています。

 多くの場合、老化に伴い50〜60歳で発症する「孤発性」(遺伝的な要素がない)の病気ですが、少数ながら「家族性」(遺伝的な要因があり、家系内で発症する)の場合があります。私たちはこの「家族性」のパーキンソン病に注目して、研究を行っています。

(2)なぜ「家族性」のパーキンソン病に注目するのか?

 病気の原因を調べるためには様々な方法があります。最も代表的なものが、患者さんにどんな異常が起こっているのかを細かく診察したり、組織レベルで観察して、病気の原因を明らかにする方法です。

 一方で、病気に関係のある遺伝子を見つけ、それらが細胞の中でどのような役割を担うのかを調べることで、その「故障」によって引き起こされる病気を理解しようとする分子遺伝学的方法があります。

 私たちはそのような分子遺伝学的方法によって「なぜパーキンソン病になるのか」を分子レベルで理解するために、家族性パーキンソン病の原因遺伝子から作り出されるタンパク質:Parkin(パーキン) と PINK1(ピンク1) の研究を行っています。

 原因遺伝子というのは、PINK1/Parkin が病気を引き起こすという意味ではなくて、PINK1/Parkin が異常になるとパーキンソン病が引き起されるという意味です。PINK1/Parkin は車のブレーキのように、普段は私達がパーキンソン病になることを防いでいますが、故障(遺伝子が変異)してそのはたらきが失われるとパーキンソン病になることがわかっています。

 ではParkin/PINK1はどのようなはたらきをすることで、パーキンソン病を防いでいるのでしょうか?

(3)マイトファジー(=ミトコンドリアオートファジー)とパーキンソン病

 私たちの身体を構成する細胞の中には、様々な細胞小器官(オルガネラ)が存在して、各々の役割を担っています。ミトコンドリアは、細胞が生きるために必要なエネルギーを作り出したり、取り込まれた物質の代謝を行なう、非常に重要なオルガネラです。

 しかし、人間が生きる上で晒される様々な環境的要因で傷ついたり、機能を失ってしまうことがあります。ミトコンドリアの機能が失われると、細胞にとって必要なエネルギーが作られなくなってしまうだけでなく、細胞にとって害となる物質まで排出するようになります。

 細胞全体の生存が脅かされる事態を避けるためには、そのように機能不全となった不良なミトコンドリアを一刻も早く細胞の中から「取り除く」必要があります。

 その際にはたらくのが「マイトファジー(=ミトコンドリアオートファジ―)」という、不良なミトコンドリアだけを選択して取り除くシステムです。

 これまでに我々を含めた世界中の研究グループが行ってきた研究により、マイトファジーの分子機構について以下のことがわかっています。

  1. ミトコンドリアが不良な状態になる(エネルギーを作り出すために必要な「膜電位」が失われる)と、PINK1はその表面に蓄積すること。
  2. PINK1はParkinを活性化させる(Parkinをはたらける状態にする)こと。
  3. Parkinは、細胞内で「不要なものを分解する標識」としてはたらく "ユビキチン"という小さなタンパク質をミトコンドリア上のタンパク質に結合させるはたらきがあること。

  つまり家族性のパーキンソン病の原因因子であるParkinとPINK1は、互いに協力して不良なミトコンドリア上にユビキチン鎖を作ることでマイトファジーを駆動する因子だったのです。

 家族性のパーキンソン病ではParkin/PINK1の「故障」によってマイトファジーシステムがはたらかなくなってしまいます。その結果、神経細胞の中で不良なミトコンドリアが蓄積し、それが細胞死を引き起こして、パーキンソン病が発症すると考えられます。

(4)パーキンソン病発症メカニズムの研究と治療法開発

 パーキンソン病の治療では、対症療法としてのドーパミン投与(パーキンソン病で失われる神経細胞が放出する神経伝達物質を前駆体の形で投与します)が非常に有効ではありますが、長期間使用すると様々な弊害が起こるリスクもあります。

 パーキンソン病研究の長い歴史の中でもまだ明らかになっていないことはたくさんあります。しかし、ここでご紹介したようなParkin/PINK1の機能の解明は、パーキンソン病発症メカニズムを理解するための大きな一歩であり、今後さらに研究が進めばよりリスクの少ない根本的な治療が可能になるかもしれません。

 現在、私たちはParkin/PINK1の機能解析に加え、Parkin/PINK1以外の家族性パーキンソン病原因遺伝子の研究や、まだ機能がわかっていない新しいマイトファジー関連タンパク質の研究、ミトコンドリア以外のオルガネラの分解システムについても積極的に取り組んでいます。将来のパーキンソン病治療に役立つことを期待して、日夜研究を続けています。