樋口:私はMMAに入学した当時は、医療法人の理事長として、病院やクリニックのほか、介護施設や訪問看護、通所リハビリ、居宅介護支援などを経営しており、組織をどう持続させ発展させていくかを考える立場にありました。MMAでの学びを通じてMBA進学への関心が高まり、早稲田大学大学院経営管理研究科でMBAを取得しました。現在は医療法人の役員を務めながら、上場企業で採用チームの一員として働いています。MBA取得を機に、異なる業界にも身を置いてみたいと思ったからです。AIエージェントを積極的に活用した業務設計や、フラットな組織の中でメンバーが自律的に意思決定していく文化に日々刺激を受けています。
伊藤:私は、緩和ケアの医師として病院に勤めていました。MMA入学2か月後の5月くらいから家族の体調が悪くなったため、東京と地元を行き来しながら介護と講義を両立する生活になりました。2年目は、コロナ禍 で移動が難しくなり、地元で在宅診療に関わるようになりました。その後も、県外で診療に携わるなど、複数の地域医療の現場を経験しました。今は東京に戻り、診療や産業医の仕事をしながら、今後の働き方を組み立て直しているところです。
樋口:私は歯科医師なので、経営を体系的に学んできたわけではありません。しかし、経営者として組織を維持するだけではなく、どう前進させるかも考える必要がありました。病院経営とは何なのか、自分の知識と経験だけで本当に大丈夫なのかという不安が大きくなりました。最初はMBAも調べましたが、当時は「企業経営と医療経営は違う」と考え、医療に特化して経営や政策を学べるMMAにたどり着きました
伊藤:私は臨床、とくに緩和ケアの現場にいる中で、診療報酬や制度が大きく変わるたびに、「なぜこのような政策設計になるのだろう」と疑問を持つようになりました。現場では一つ一つ丁寧に積み重ねていても、制度の変更によって求められることが大きく変わる。その背景にある医療経済や政策をきちんと理解したいと思ったことが、MMAで学ぼうと考えた大きな理由です。
樋口:私にとって大きかったのは、当時の四大学連合*の授業です。一橋大学で、経営学を学ぶ大学院生やMBAの学生と一緒に議論したとき、質問の鋭さや発言の的確さに衝撃を受けました。先ほども触れた通り、それまで私は、医療経営は「企業経営と異なる特別なもの」だと思っていました。でも、学んでいく中で、医療や介護も存続していくためには、無形サービスを売るビジネスとして、企業と同じように考える必要があるのだと気づきました。そこで「もっと経営学を学びたい」と思うようになり、卒業した2年後に、MBAに進学しました。MMAでの学びが、次の進路を開いてくれたのです。他には、一橋大学の荒井耕先生による病院管理会計の授業も強く印象に残っています。修了後、病院に管理会計を取り入れたいと考え、職員向けにレベル別の講義を行いました。荒井先生から受けた刺激が、そこにつながっていると思います。
*四大学連合:東京医科歯科大学(当時)、東京工業大学(当時)、一橋大学、東京外国語大学の4大学による連携の枠組み。学生の相互交流や複合領域での教育などが行われてきた。東京医科歯科大学と東京工業大学は2024年10月に統合し、現在の東京科学大学となっている。
伊藤:私も医療経済について学びたくて入学したので、その領域の講義はもちろん印象に残っています。医療経済では、一橋大学の佐藤先生や井伊先生など、第一線で活躍する先生方のお話を講義で聞くことができ、とても貴重な機会だったと思います。
また、もともと文化人類学が好きで、その領域の講義も印象に残っています。講義を担当されていた東京外国語大学の先生から「そういう事例はありますか」と聞かれて、緩和ケアの現場で患者さんから聞く体験や、「お迎え現象」についてお話ししたのも良い思い出ですし、他の講義も含めて先生と学生の間のインタラクションが豊富な点が印象的でした。
樋口:MMAを修了すると、自分の病院をこれまでとは違う視点で見るようになり、さまざまな課題に気づくようになりました。一方で、課題が見えることと、実際に組織を動かすことは同じではありません。結局、それは人を動かすことなのだと実感しました。正論を振りかざすだけでは不十分で、職員一人ひとりが腹落ちして初めて、組織は本当に変わっていくのだと思います。だからこそ、伝え方や対話の仕方を工夫し、根気強く向き合うことが大切なのだと思います。
伊藤:私も、MMAで学んだことで働き方や医療の見方が変わりました。介護やコロナ禍をきっかけに、思いがけずいくつもの地域や職場を経験しました。そうした経験を重ねる中で、それまで当たり前だと思っていた働き方を、少し違う角度から考えるようになりました。MMAで社会や制度の変化について学んだことで、自分のキャリアについても、目の前の職場だけではなく、自分の経験や専門性をどのような場で生かしていくのかという視点から考えるようになったと思います。
樋口:MMAを卒業してから、新人研修で「木を見て森を見ず」にならないでほしい、と話すようになりました。振り返れば、MMAに入る前の自分こそ、一本の「木」しか見えていなかったのだと思います。病院の中にいると、どうしても自分の業務、自分の部門、自分の病院という狭い範囲だけで物事を考えてしまいます。
MMAで学んでからは、「森」全体を見渡せるようになりました。競合の動き、医療政策や県の医療計画、医療データ、人口動態や高齢化率の推移。そうした外部環境を踏まえながら自院の立ち位置やリソースを見極め、そのうえで未来を描いていく。そんな視点の転換が、自分の中で起きたのだと思います。
一度外に出てから自分の組織を見ると、同じ景色でも見え方がまったく違って見える。それこそが、MMAで得た一番の醍醐味だと思います。
MMAの入学者は、多くが社会人として仕事をしながら、誰かに言われたわけでもなく、「このままではいけない」と思って自分から学びに来る人たちです。だからこそ、修了後も強い仲間意識があり、同窓会*も含めて、期を越えて「もっとつながろう」という人が多いのだと思います。
*MMA同窓会:MMA修了生によるネットワーク。勉強会等のイベントを主催しており、期を越えた交流や情報共有などを通じ、修了後のつながりを深めている。
伊藤:MMAで出会う人たちは、それぞれにいろいろな経験を重ねてきています。ある程度のベースを持った上で、もう一度学ぼうとして集まっています。そういう人たちと一緒に学ぶからこそ、修了後にも続いていくつながりが生まれるのだと思います。
樋口:同期とは伊藤先生も含めて交流が続いています。さらに、同窓会を通じて、期を越えたつながりも修了後に広がっています。そうしたつながりは学内だけでなく、一橋ビジネススクール戦略的経営者研究会の医療・ヘルスケア分科会が開くイベントを通じて、他大学との交流にも広がっています。また、13期の方からご紹介いただき、荒井先生が主催する病院管理会計研究会にも加わっています。このように、MMAで得た学びとご縁は、修了後も新たな形で広がり続けています。
伊藤:同じ専門の人だけではないというところも大きいですね。医療の中だけで考えていると見えないことが、異なる職種や世代の人と話すことで見えてくる。今、産業医として職場の世代間の価値観の違いやコミュニケーションについて考えるときにも、MMAでいろいろな人と学んだ経験がヒントになっています。
樋口:MMAを出て、その後MBAにも進み、今は医療とは違う業界で働いていますが、森を見る視点を持ち続けるには、医療の世界だけでなく、実際に異業種に身を置いてみることも一つの方法だと思っています。医療で培った知識や経験は、業界を越えても活かせると感じています。
もし今、「このままではいけない」と感じている方がいるなら、ぜひ一歩踏み出してみてほしいと思います。同じ悩みや不安を抱えて学んだ仲間は、生涯の友になるかもしれません。あの一年間がなければ、今の自分はいなかった。それくらい、MMAは私の人生を変えてくれた場所です。
伊藤:まさにそうですね。一方で、地域や見る立場によっては、教育機関がハブになることもあります。何を中心に見るかによって、地域の課題の見え方は変わります。医療だけを切り取るのではなく、その地域で人がどう暮らし、何を必要としているのかを考えることは課題への見立てを研く一歩だと思います。MMAで学ぶ「違う視点を持つこと」は、その後の仕事やキャリアを考える上でも、選択肢を広げてくれると思います。
異なる専門や経験を持ちながら、同じ16期生としてMMAで学んだ樋口先生と伊藤先生。お二人の話に共通していたのは、MMAで得た知識を基盤に、自分の専門や組織の外に出て俯瞰して考える視点と、多様な背景を持つ仲間とのつながりでした。医療を取り巻く環境や働き方が大きく変化する今、MMAで得られる知識や視点、そして修了後も続くネットワークが、それぞれの専門や経験を生かしながら仕事やキャリアを考えていく上での土台となっていることが、お二人の話からうかがえました。
聞き手:
新城 大輔
東京科学大学
大学院医歯学総合研究科
医歯学専攻 環境社会医歯学講座
医療政策情報学分野 准教授