若山らの成功以来、マウスにおいても種々の細胞から体細胞クローンが作られるようになった。しかしながらその出生率は他の哺乳類と同様数%という低い数字にとどまっている。また、出生まで正常に発生したクローンマウスはその後外見上正常に成長し、繁殖能力も持っている一方、出生時の胎盤の過形成が常に認められたり、マウス自身も高頻度で肥満が認められたり寿命が短いなどの異常が観察されてきた。
これまで我々は外見上正常に発生したクローンマウスの出生時の胎仔・胎盤の遺伝子発現の解析を行い、形態的に正常な個体であっても胎盤のみならず胎仔側にも多くの遺伝子の発現に異常が認められること、ゲノムインプリンティングに乱れがないことなどを報告した。
今回われわれは受精後10.5日胚の組織を詳しく解析した。体細胞クローンマウスが胎児期において多くの個体で致死を示すのは子宮への着床の前後であることから、われわれは着床後比較的早い時期であるこの時期においてクローンマウスの胎児胎盤の詳細な解析を行った。その結果、この時期の胎盤は正常に比べて著しく発生が不十分で、いくつかの種類の細胞が認められない異常なものが多数認められた。この胎盤の形成不全は完全にランダムではなく、どの細胞成分が欠落しているかでおおまかに5群に分類できることができる。これは胎盤の発生の機序と関連があると考えられる。これまで、クローンマウスの出生時の胎盤はドナー細胞の種類によらずほぼ例外なく顕著な過形成が観察されていたのに対して、今回観察された着床直後の胎盤の形成不全は、一見逆の現象のように見える。しかし、多くのクローン個体がこの時期に死んでしまうこと、胎盤の形成不全が一連のパターンに分類できることを併せて考えると、この時期に共通して胎盤の異常が原因で多くのクローン個体が死んでしまい、ごくわずか生き残った個体の胎盤は過形成を示すようになることが予想される。
この時期、既に胎仔成分を欠いていたり、全体に細胞死が認められ組織がはっきりとしないクローン個体も多く認められたが、胎仔組織が比較的発達している個体でも、神経管、心臓、消化管などに様々な形態的異常が認められた。これらの異常は胎盤の形成不全の程度との相関が認められなかったことから、クローンマウスの致死の原因は胎盤の異常のみならず、胎仔側の様々な異常が原因になっているものも少なからず存在することが示唆された。