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「胎盤における胎児・母体間の相互作用に重要な遺伝子の発見」
−哺乳類の“胎生”はどのように進化したのか?−


 東京医科歯科大学難治疾患研究所エピジェネティクス分野の石野史敏教授の研究グループは、東海大学健康科学部金児-石野知子教授、三菱化学生命科学研究所の中村健司室長らとの共同研究で、胎児が母体から栄養補給をうける際に重要な働きをする“胎盤”の機能維持に関わる新しい遺伝子Peg11/Rtl1を同定しました。この遺伝子の異常は胎児の成長不良や出生前/出生時での死亡につながります。ヒトでは染色体14番が父親性2倍体になると重篤な疾患が引き起こされますが、その主要原因遺伝子の一つと考えられます。この発見により本疾患の新たな治療法開発の可能性が示されました。本研究成果は米国科学誌Nature Genetics誌の1月6日付けオンライン版にて発表されました。



(中央)石野 史敏 教授 (本学難治疾患研究所 エピジェネティクス分野)
(左)緒方 勤 部長 (国立成育医療センター研究所 小児思春期発育研究部)
(右)石野 知子 教授 (東海大学 健康科学部)

ポイント
  • 哺乳類の胎盤は、胎児と母体間での栄養・ガス交換を行う重要な臓器です。しかし哺乳類の進化の過程で、この胎盤機能がどのように獲得されたのかは分かっていません。胎児・母体間での栄養・ガス交換は、胎児側の毛細血管と母体血との間でおきていますが、今回の発見は、この胎児毛細血管の形成に重要な機能をはたす遺伝子として、新たにPeg11/Rtl1を同定したものです。
  • Peg11/Rtl1は哺乳類にだけ存在する遺伝子で、レトロトランスポゾン*というウィルスのようなDNAが哺乳類の祖先に感染した後に、重要な新機能をもつように変化した遺伝子です。すなわち哺乳類は新しい“胎盤”という臓器を獲得するために、レトロトランスポゾンという外来遺伝子を利用していたことが明らかになりました。
  • 今回のマウスを用いた実験では、Peg11/Rtl1の発現が無くなる、または多すぎる場合には、胎盤の胎児毛細血管の構造に異常が生じ、栄養・ガス交換の効率が低下して、胎児が出産直前あるいは直後に死亡することを確認しました。
  • Peg11/Rtl1はインプリント遺伝子という片親性発現をする特殊な遺伝子で、ヒトでは染色体14番に存在しています。稀にこの染色体が父親または母親だけから由来する場合がありますが、その時には今回マウスで観察したものと同様な異常がおこります。成育医療センター研究所緒方勤部長との共同研究により、ヒトのこの疾患においてもPEG11/RTL1が主要原因遺伝子であることが分かりました。

    *レトロトランスポゾンとは、インフルエンザウイルスやエイズウィルスのようなレトロウィルスの親戚にあたる、“細胞内を動くDNA”のことです。ヒトのゲノムプロジェクトによって、ヒトのゲノムの半分近くはレトロトランスポゾンの残骸であることがわかっています。これまではゲノムのゴミと思われていましたが、本研究のように、生物の進化に重要な寄与を果たしたことが分かってきました。

研究の背景

 胎盤は胎児と母体をつなぐ重要な臓器です。しかし、胎児と母体の血液間で栄養・ガス交換に機能する胎児毛細血管がどのように形成され、長期の妊娠期間にどのように維持されているのか、またこの構造がどのように母体の免疫システムの監視を逃れているか等の重要な問題は不明のままです。本研究グループは、ゲノムインプリンティングという哺乳類に特異的な片親性発現遺伝子機構の解析から、個体発生や成長、行動異常に関係する遺伝子の解析を進めています。今回の研究は、ゲノムインプリンティングの異常により胎児期後期/新生児致死を引き起こすマウス染色体12番において、その原因遺伝子の探索を行ったものです。この領域はヒトにおいても同様な重篤な疾患を引き起こす事が知られており、その原因遺伝子の同定が望まれていたものです。


研究成果の概要

 マウス12番染色体のインプリンティング領域が父親性・母親性の2倍体となった場合、胎児の成長不良、形態形成異常、出生前/出生時における死亡等の異常が見られます。この原因遺伝子を探索するために、父親性発現遺伝子Peg11/Rtl1のKOマウスを作製し解析したところ、Peg11/Rtl1を無くした場合、および逆に発現量が過剰になった場合に、父親性・母親性の2倍体と同様の症状が現れることを確認しました。これらのマウスでは、どちらのケースでも胎盤の胎児毛細血管に構造異常が起き、胎児と母体血液間の栄養交換機能が低下していました。


発見の意義

 Peg11/Rtl1はsushi-ichiレトロトランスポゾン**に由来する遺伝子であって、哺乳類にのみ存在する遺伝子です。このことから、哺乳類にとって大切な機能をもつものと予想されていました。今回の研究で、Peg11/Rtl1が胎盤の胎児と母体が相互作用する胎盤の胎児毛細血管という、まさに哺乳類特異的な場所において重要な働きをしていることがわかりました。同研究グループでは先にも、同じsushi-ichiレトロトランスポゾンに由来するPeg10遺伝子が、胎盤が形成される初期段階で必須の機能をもつ事を発見しています(Ono et al. Nat Genet 2006)。これらの発見により、哺乳類の胎生機構の進化にはレトロトランスポゾンが大きく関与したことが明らかになりました。哺乳類の進化という大問題の解明に大きく前進した成果と言えます。
 医療の面から見てみると、このPEG11/RTL1遺伝子はヒトでは染色体14番に存在しますが、染色体14番が父親性2倍体となった場合、妊娠中の羊水過多、胎盤過形成、新生児の腹直筋開裂、胸骨形態異常による呼吸障害等の様々な重篤な症状を引き起こします。今回のマウスを用いた研究から、PEG11/RTL1遺伝子がヒト疾患においても主要原因遺伝子であることが予想されます。実際に関連論文(Kagami and Sekita et al. Nat Genet in press)において、そのことを証明することができました。今後、PEG11/RTL1遺伝子の機能および発現制御の詳細な研究を行うことにより、本疾患の有効な治療法の開発が可能になると思われます。

** フグで見つかったレトロトランスポゾンで、発見者のニュージーランドの科学者が、日本にちなんで“すし・いち”と命名したものです。ちなみに“すし・に”、“すし・さん”まであります。“フグのすし”はあまり馴染みがありませんが、フグの名産地(下関、沼津)に行くとあるようです。福岡空港の空弁のメニューにもありました。


問い合わせ先

東京医科歯科大学難治疾患研究所
エピジェネティクス分野分野
石野 史敏 (いしの ふみとし)
TEL 03-5803-4862 FAX 03-5803-4863
e-mail: fishino.epign@mri.tmd.ac.jp
研究室ホームページ http://www.tmd.ac.jp/mri/epgn/


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