7.シナプス伝達
1940年代まで、神経細胞の興奮伝達に関する研究は、神経細胞郡から電気
活動を記録することによって調べられてきた。しかし、その後ガラス微小電極に
より、単一の神経細胞の電気活動が記録されるようになって急速に進歩した。
一方、電子顕微鏡により、シナプスの微細構造が明らかになった。この構造と
電気変化のもとに横たわるイオン機構を探るのが現在の生理学の行き方である。
§1.シナプスの微細構造
神経線維が他の神経細胞と結合するところを神経シナプスという。神経線維
終末部は膨張し、シナプス小頭 synaptic knob となる。その直径は0.5〜0.9μで
ある。シナプス小頭内には多数のシナプス小胞 synaptic vesicle が存在する
(図7−1)。すでに述べたように化学伝達物質がこの内に含まれていると考え
られている。シナプス小頭は約200�┐離轡淵廛拘峽� (synaptic cleft)を
かいして、神経細胞体あるいは、樹状突起に接している。前者を軸索細胞体間
シナプス (axo-somatic synapse)、後者を軸索樹状突起間シナプス (axo-
dentritic synapse) という。小頭部に接している後部細胞の膜、すなわち
シナプス後部膜 (postsynaptic membnrane) は一般に肥厚している。
<図7−1>
§2.興奮性シナプス excitatory synapse
シナプスは形態的には上述のような形をしているが、機能的には2つの、
性質の全く逆の作用をするものがあることが明らかになっている。
その第一は興奮性シナプスであり、そこでは次のような出来事が生じていると
考えられている。
(a)神経インパルスがシナプス前線維を伝導してシナプス終末部に達する。
(b)シナプス終末より興奮性伝達物質が分泌される。
(c)それがシナプス間隙を拡散し、(0.3〜0.45ミリ秒の遅延時間をおいて)
シナプス下膜に受容される。
(d)シナプス下膜のNa+とK+のイオンに対する透過性が増大、脱分極が
生じる。
(e)それが下膜以外の膜を電気緊張的に伝わる。
(f)このとき脱分極が閾値を超え、興奮性の一番高い軸索突起始部
(initialsegment of axon)が10mVの脱分極をすると、ここから興奮が
生じる。興奮は一方は軸索を通じて末梢に伝わり、他方では細胞体、樹状
突起に伝導する(図7−2)。
以下、このようなことが主張される理由について述べる。
<図7−2>
§3.興奮性シナプス後電位 exciatory postsynatic potential EPSP
神経細胞内に微小電極を挿入すると、静止膜電位は、約 -75mV ある。この
とき、そのシナプス前線維を刺激すると、頂点に達する時間1〜1.5ミリ秒、
時定数4〜5ミリ秒の指数曲線で減少する脱分極が生じる(図7−3)。
<図7−3>
これは、シナプスを介してニュ−ロンが興奮するとき生じるものでEPSPと
呼ばれる。この電位が、約10mV に達すると全か無か法則のスパイク電位が
生じる。EPSPはEPPと似た性質を持っている。
(a)段階的反応であり、空間的加重を起こす。いま、斉邪射がシナプス部に送ら
れると、EPSPはここのシナプス活動によるEPSPの代数和となる。
すなわち、空間的加重である。
(b)時間的加重を起こす。短い時間間隔で、2つのインパルスを送り、1つの
EPSPが終わらない前に次のEPSPが生じると、代数和的になる。
2発刺激の間隔が30msec 以内のように短いときは、代数和以上になる。
伝達物質の分泌が亢進するためと考えられている。
(c)反復刺激後増強(post-tetanic potentiation)。一定期間、高頻度で
シナプスにインパルスが送られた後、数分間、次のインパルスによる
EPSPの大きさが大となる。即ち、促通(facilitation)が生じる。
これは、連続興奮後にシナプス前線維末端の膜電位が増大するため大きな
活動電位が生じ、従って伝達物質の分泌が大となることによる。
§4.EPSPの平衡電位
EPSPは、どんな電位に向かって生じる脱分極か。この事を調べる目的で、
細胞の静止電位を変え、EPSPがどう変化するかが調べられた。
2連式ガラス毛細管電極をニュ−ロン内に挿入する。一方のガラス管を通じて
電流を流し、静止電位を変える。このとき、静止電位及びEPSPを他方の
ガラス電極を用いて記録する。膜電位を過分極すると、EPSPの振幅が増大
した。脱分極すると、EPSPの振幅は減少した。強く脱分極させることに
よって、膜電位を0をこえて正とすると、EPSPは逆転した。膜電位0附近で
EPSPは0となる。このことは、EPSPは、NaとKの透過性がほぼ同程度
に増大した結果生じると解釈できる(図7−4)。(EPSPの立ち下がりは、
膜の時定数とほぼ等しい。それで、その「立ち下がり」は、膜に充電したイオン
の放電によって生じていると考えらる。)
<図7−4>
§5.単一運動ニュ−ロンの活動電位
どうしてEPSPによって生じる興奮が、軸索起始部から生じると主張されて
いるか。
微小電極を運動ニュ−ロン内に挿入し、ニュウロンを順行性(orthodromic)、
および逆行性(antidoromic)に興奮させる。このとき運動ニュ−ロンの活動電位は
95mV 近くある。30mV のovershootがある。経過は約1msecである。
さて、詳しく活動電位を観察すると、その上昇脚に30〜40mV の所に不連続点
が存在する。この不連続点は、ニュウロンを過分極させると、ますます明瞭と
なる。ついには、不連続点よりあとの電位がなくなり、小さな全か無かの法則に
従う電位のみが残る(図7−5)。
<図7−5>
この現象は、次のように説明される。細胞体に過分極を与えた結果、軸索起始
部から細胞体に侵入するスパイクが遮断される。小さなスパイクのみ残るのは、
それの」発生する部位が記録している部位から遠いためである。したがって、
小さなスパイクは、軸索起始部(initial segment of axon) から発生していると
考えられ、IS-spike と呼ばれる。これに反し、大きなスパイクは細胞体、樹状
突起から発生していると考えられ、SD-spikeと呼ばれる。
順行性、即ちシナプスを介して神経細胞を興奮させたときも、逆行性に興奮
させた時と同様のことが生じる。約10mV のEPSPの後に、IS-スパイク,
SD-スパイクが続く。このことは、EPSPによって最初に興奮する部位は
軸索起始部であることを意味する。そして、次に細胞体、樹状突起にスパイクが
発生すると考えられる。
§6.抑制性シナプス inhibitory synapuse
中枢神経系の働きは、興奮性シナプスだけで決まるのではない。抑制が、
中枢の働きそのものといえる。すなわち、積極的に興奮の働きを無効とする働き
である。このような働きが、どうして生じるのかを次に述べる。
(a)前シナプス線維をインパルスが伝導し、抑制性シナプスの部位に到達する。
(b)シナプス小頭から抑制性の伝達物質が分泌される。
(c)シナプス下膜に受容される。
(d)後部膜のClイオンに対する膜の透過性が選択的に亢進する。Clは内へ
流入する。その結果、膜電位はClの平衡電位に引き寄せられ、
固定される。
そのため、
(a)興奮性シナプスによって生じる脱分極を打ち消す。
(b)膜電位がClの平衡電位より脱分極している時は、過分極させる。
次に以上の主張の理由を述べる。
§7.抑制性シナプス後電位 inhibitory postsynaptic potential IPSP
電位を記録するために、脊髄運動ニュ−ロンの細胞内に微小電極を挿入する。
その細胞に抑制を与える求心路を刺激する。 すると、EPSPの時間経過に
よく似た、方向が逆、すなわち過分極方向に変化する電位変動が生じる。これを
IPSPという(図7−6)。
<図7−6>
IPSP発生時に、Clイオンを含む種々な陰イオンの透過性が増大して
いる。このことは、各イオンの細胞内注入によるIPSPの変化から分かる。
細胞内電極を通じて、電気泳動的に陰イオンを細胞内に注入し、そのイオンの
細胞内濃度を細胞外に比べて高くする。すると、そのイオンの平衡電位は、
膜電位 0V に近くなる。それで、もしも、IPSP発生時に、そのイオンの
透過性が増大すれば、IPSPはそのイオンの平衡電位に向かう。それで、
IPSPは、逆転し脱分極性の電位となる。この方法を使って、IPSP発生時
において透過性が増加するイオンが調べられた。その結果、Cl,Br,I,
SCN等に対して透過性が増大することが分かった(図7ー7)。水溶液中
では、すべてのイオンは水和して存在する。そのとき、これらのイオンの大きさ
は比較的小。このことから、IPSP発生時には、小さな陰イオンに対する
選択的透過性が増すと考えられている。
抑制にはその他、シナプス前抑制(presynaptic inhibition)、といって、
シナプス前線維に他の抑制性線維がシナプスを作っており、この線維が興奮する
ことにより、シナプス前線維からの化学伝達物質の分泌を小さくするという形式
が唱えられている。
§8.シ ナプスにおける化学伝達物質。
一番確実なものは、終板におけるアセチルコリンである。ところで、例外は
あるが、1つのニュ−ロンは1種類の伝達物質きり産生できない(Dale の法則)。
運動ニュ−ロンは終板部に線維を送る外、側枝をレンショウ細胞(Renshaw cell)
に送っている。したがって、このシナプスでの伝達物質もアセチルコリンである
と考えられる。しかし、他のシナプスでは、アセチルコリンを与えても反応
しない。大脳皮質では約10%のみ、アセチルコリンに反応するといわれる。
その他のシナプスにおける伝達物質はそれ以外の物質であると考えられる。
脊髄における抑制シナプスは、ストリキニンstrychinin、破傷風菌
tetanustoxin で遮断される。終板部での アセチルコリンAch と異なる別な
伝達物質が考えられる。脊髄のレベルでは、グリシン glycin が伝達物質である
といわれ、脳幹部ではγ-アミノ酪酸 γ-amino butyric acid; GABA がそれで
あるといわれている。
§9 シナプスの受容膜
Science 1971, 171(3975), 963-971.
生体の科学 vol 25 (no 4) 265-, 1974.