トピック Topics

1. コロナ禍前までのmRNA医薬・ワクチン開発の歴史

mRNAワクチンが注目されています。新型コロナウィルスワクチンとして、コロナ禍勃発から1年経たずに実用化され、高い有効性を示しました。しかし、このmRNAワクチンはコロナ禍をきっかけに急に開発されたものでは無く、それ以前からの10年を超える開発の歴史があります。こちらの総説はコロナ禍直前の2019年夏に執筆したものですが、既にmRNAを用いると新興感染症に対する迅速なワクチン開発が可能であることなど記載されており(当時研究者の間で議論されていたことであり、私たちだけが考えたことではもちろんありませんが)、今回のコロナ禍への対応はむしろ必然であったことがよく分かります。出版社のご厚意でこちらに掲載しますので、ご興味あればご覧下さい。
総説. mRNA医薬開発の世界的動向

2. ラマン分光法を用いた軟骨の分子レベル診断

本研究室では関節軟骨再生治療を目指したmRNA医薬開発に取り組んでいます。
(プレスリリース https://pdf.irpocket.com/C4571/oc0k/Z6kj/kBtT.pdf

ここでは、軟骨誘導性転写因子RUNX1をコードするmRNAを関節内投与して、軟骨基質内の軟骨細胞に取り込ませ、細胞の軟骨同化作用を高めるとの作用機序を想定していますが、軟骨細胞が実際に軟骨をどのように修復・再生させているのかは明らかではありませんでした。mRNA投与後の軟骨細胞のシグナルは分子生物学的手法で解析できますが、その結果、軟骨を構成するコラーゲンやグリコサミノグリカンなどの細胞外マトリックスが細胞の働きよってどのように変化しているのか、これは組織切片などを観ているだけでは分かりません。さらに分子レベルでの軟骨修復・再生メカニズムを知ることが、mRNA医薬の適応を考えるための診断、そして次のmRNA創薬に向けて重要な情報になると考えたことが、本テーマに取り組んだ動機です。

RUNX1 mRNAを用いた先行研究では、膝関節の内側側副靱帯、半月板を切除して、関節不安定性を誘導して軟骨を徐々に変性させる変形性関節症(OA)モデル動物を用いて、手術後4週以降にRUNX1 mRNAを投与して、軟骨変性を抑制しています。このモデルでは、通常術後8週ほどで組織学的に著しい軟骨変性を生じますが(下図コントロール群)、一方4週ではほとんど変化が分かりません。しかし、軟骨組織中では手術直後から徐々に変化を生じているはずであり、それに対してmRNAを導入された軟骨細胞が何らかの働きをしているはずです。

今回の研究では、先行研究と同じOAモデルを用いて、手術後1週の早い時期から軟骨組織をラマン分光法で観察しました。その結果以下のような観察結果を得ました。

詳細は論文を以下のリンクからご覧いただけますので、ご参照下さい。まだデータ解析は完全では無く、今後も検討を続ける必要はありますが、ラマン分光法の軟骨分子レベル診断への有用性、またmRNAを用いて、組織中の細胞を直接機能制御する治療の可能性が示されたものと考えています(位髙)。
Materials Today Bio 13: 100210, 2022

3. mRNAからのタンパク質への翻訳を細胞選択的に制御する技術の開発

mRNAからタンパク質への翻訳はどのような細胞でも基本的に共通のメカニズムによって行われ、だからこそmRNAは体内のどのような細胞に投与しても、タンパク質産生が得られます。一方、タンパク質への翻訳が標的となる細胞でのみ行われる、あるいは当該タンパク質を必要としない細胞では翻訳されない、といった細胞選択的な翻訳制御機構をmRNAに持たせることができれば、さらに医薬品・ワクチンとしての性能や安全性を高めるための重要な技術となります。

本研究室では、細胞選択的なmRNA翻訳制御を行うための新しい技術開発に取り組みました。治療標的の細胞とそれ以外の細胞を区別する指標の一つが、各細胞内に存在するタンパク質の種類の違いです。そこで私達は、細胞内の特定のタンパク質を検知し、それに応じてmRNAからのタンパク質への翻訳のオン・オフを切り換えるシステムを開発しました。このシステムは、検知対象のタンパク質に応じて活性が変化する人工翻訳制御因子と、その人工翻訳制御因子の標的モチーフを持つmRNAによって構成されます。この人工翻訳制御因子は検知対象のタンパク質が存在しない状態では二つの断片に分割された不活性な状態にあり、検知対象のタンパク質を発現している細胞内ではこれら二つの断片が融合して活性を持つ状態へと変化します。これにより、検知対象のタンパク質を発現している細胞と発現していない細胞で、mRNA医薬の翻訳のオン・オフを切り換えることができる仕組みです。

クスリ自体にこのような細胞選択性を持たせることは、従来の創薬では実現できない、mRNA創薬ならでは新技術であり、高い性能と安全性を兼ね備えた次世代mRNA医薬開発に繋がると期待されます(中西)。
(プレスリリース https://www.tmd.ac.jp/press-release/20220303-1/