レチノイドはビタミンAの天然及び合成誘導体の総称で、細胞の分化・増殖,形態形成、免疫機能などの基本的な生命現象を特異的に制御しています。 私たちは、レチノイドの特異的機能の解明と医薬への応用を目的に新規レチノイドの創製を行っています。レチノイドの上記作用は2つの核内受容体RARs(retinoic acid receptors)およびRXR(retinoid X receptors)を介した遺伝子転写制御に基づきます。 当研究室では、RAR、RXRそれぞれの特異的なアゴニスト、アンタゴニストの創製に成功しています(図1)。 私たちが設計合成した化合物のうち、RARαおよびβサブタイプ選択的アゴニストであるAm80(一般名:タミバロテン)は 難治性および再発の急性前骨髄球性白血病(APL)の治療薬として我が国で認可され、臨床の場で用いられています。
図1. 当研究室で開発したRARおよびRXRそれぞれに選択的なアゴニストおよびアンタゴニストの構造
Kagechika, H. Vitamins 2017, 91, 121.
Kagechika, H. ;Shudo, K J. Med. Chem. 2005, 48, 5875.
私たちが開発したAm80をはじめとする合成レチノイドは、RAR、RXRの機能解析のための分子プローブとして世界的に用いられています。 レチノイドは元々、皮膚疾患、がん領域での応用が検討されていましたが、最近では心血管系疾患、自己免疫疾患、神経変性疾患などに対する有効性が示されています。 私たちは、これらの疾患治療薬への応用視野に入れて、レチノイドの創薬研究を続けています(図2)。
Loppi, S. et al Brain Behav. Immunol. 2018,73, 670.
Huang, J. K. et al. Nature Neurosci. 2011, 14, 45.
Brum, P.-J. et al. FASEB J. 2015, 29, 671.
Ma, F. et al Nat. Commun. 2014, 5, 5494.
図2. Am80の、様々な疾患治療薬としての適応拡大に向けた試み
更に、Am80は自己免疫疾患、神経変性疾患また、最近、RARを介さず、細胞質レチノイン酸結合タンパク質(CRABP)を介したレチノイドの機能を担う化合物を見いだしており、 その医薬応用性についても検討(米国との共同研究)を行っています。
Persaud, S. D. et al. Sci. Rep. 2016, 6, 22396.
Persaud, S. D. et al. Cell. Signal. 2013, 25, 19.
レチノイドの受容体のように脂溶性小分子(リガンド)に結合して遺伝子転写を制御する受容体は核内受容体と呼ばれています。 古くは、各種ステロイドホルモンの受容体が知られていましたが、ビタミンDや甲状腺ホルモンの受容体も核内受容体に分類され、 人には昨日未知のものを含めて48種類の核内受容体が存在するとされています。リガンド依存的転写因子である核内受容体は,癌,骨粗鬆症, 糖尿病,動脈硬化など様々な疾患の発症と治療に関わっています。私たちは,核内受容体研究のための分子プローブや医薬への応用を目的に、 種々の核内受容体の未知の内因性リガンドの探索や合成リガンドの創製を行っています。 化合物の分子設計においては、既存の活性化合物とは構造や物性の大きく異なる新規構造を導入する戦略をとってい。 これまでに、ホウ素クラスターであるカルボランというユニークな構造を基盤とした活性化合物を創製してきました(図3)。
Mori, S. et al. Chem. Pharm. Bull. 2017, 65, 1051.
Fujii, S. et al. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 20933.
図3. ホウ素クラスター(カルボラン)を疎水性骨格として用いた生理活性物質の創製
最近では、ケイ素、ゲルマニウムといった高周期第14族元素を含む官能基やペンタフルオロスルファニル(SF5)基やテトラフルオロスルファニル(SF4)基といった、 ユニークな部分構造を医薬分子へ応用する検討を行っています。
私たちは、自分たちが開発したレチノイドや各種核内受容体リガンドを用いて多くの生命科学、医学研究者と共同研究を行っています。 更に、生命科学、医学研究者の研究に合成化学的立場から参画し、創薬を志向した共同研究を展開しています。
Qin, X.-Y. et al. Proc. Nat. Acad. Sci. USA 2018, 115, 4969.
himada, S. et al. Br J Cancer 2018, 118, 972.
@ アクアポリン2のリン酸化を促進する分子の創製 (本学医学部腎臓内科学分野との共同研究)
アクアポリン2(AQP2)は腎臓集合管に存在する水分子チャネルです。 AQP2の機能不全は水分の再吸収を阻害し、多尿などの症状を引き起こす腎性尿崩症の原因となります。
私たちは本学腎臓内科との共同研究により、AQP2の活性化に必要であるAQP2リン酸化を促進する分子の創製を目指しています。
Ando, F. et al. Nat. Commun. 2018, 9, 1411.
Ishigami-Yuasa, M. et al. Bioorg. Med. Chem. 2017, 25, 3845.
Aリアノジン受容体を標的とした創薬研究 (順天堂大学医学部との共同研究)
リアノジン受容体(RyR)は筋小胞体膜上に存在するカルシウムチャネルであり、 電位刺激に応じて筋小胞体内のCa2+を放出することで骨格筋や心筋の収縮運動に関与しています。 RyRの変異はCa2+放出の異常亢進を引き起こし、種々筋疾患や不整脈の原因となることが知られています。 私たちは順天堂大学医学部薬理学講座との共同研究により、RyRによるCa2+放出を抑制する分子の創製研究を行っています。
Murayama, T. et. al. Nat. Commun. 2021, 12, 4293.
Murayama, T. et al. Mol. Pharmacol. 2018, 94, 722
光は「時間」と「空間」を厳密に制御した照射が可能であり、分析に用いた際には操作が簡便かつ測定時間が短くてすむという利点を有しています。 そのため、生理機能のリアルタイムかつ詳細な解析や、疾患の診断、治療に汎用されています。 私たちは、蛍光物質の誘導体ライブラリーや、植物から抽出、単離した蛍光性の天然物などを基に、 新たな蛍光物質、蛍光センサーの開発を行っています。 これまでに、新規構造を有する、特定のpH領域でのみ蛍光を発する化合物や、粘度センサーとなる化合物を見いだしてきました(図4)。 また得られた蛍光物質の機能を、光によって共有結合が切断される光分解性保護基という別の光機能性分子に応用しています。 こうした分子をうまく利用すれば、疾患治療薬を病変部位のみに作用させる手法の開発へとつながります。
Kato, D.; Hirano, T. et. al. J. Org. Chem. 2021, 86, 2264-2270.
Yokoo, H. et al. Eur. J. Org. Chem., 2018, 679.
Shiraishi, T. et al. New. J. Chem., 2015, 39, 8389.
図4.蛍光物質ライブラリーや天然物をもとにした新規蛍光物質、蛍光センサーの開発
私たちは、ベンズアニリド等の芳香族二級アミドがトランス型で存在しているのに対して、 アミド結合の窒素原子上にメチル基などのアルキル基を導入すると芳香環が向かい合ったcis型を撮る事を見いだしました。 この性質はアミド結合だけでなく、ウレア,グアニジンなどの関連する官能基にもあてはまる一般的な性質です(図5)。
Okamoto, I. 有機合成化学協会誌, 2009, 1240.
Tanatani, A. 有機合成化学協会誌, 2000, 58, 556.
図5.芳香族アミド類のN-メチル化に伴う立体転換
cis型アミドやウレアの折れ曲がった構造や、スクアルアミドのユニークな特性を基盤として、 らせん構造や芳香環多層構造等のユニークな立体構造と動的挙動を有する芳香族分子の構築や分子スイッチ等の機能性分子の設計に応用しています(図6)。
Urushibara, K. et al. J. Org. Chem. 2018, 83, 14338.
Tojo, Y. et al. J. Org. Chem. 2018, 83, 4606.
図6.ユニークな構造を持つ芳香族化合物の構築
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