2.静止膜電位の発生機序

 前章で興奮の本態は活動電位であることについて述べた。活動電位の発生 機序については、1940年以降のイカの巨大神経線維をつかった実験、更にガラス 管微小電極法の開発によって知識が得られている。  結論から先に述べると、活動電位は、興奮する細胞の形質膜を介して発生 する。興奮細胞では、形質膜の内側が負、外側が正に分極している。これを 静止膜電位(membrane potential)という。活動電位の発生は、この分極が なくなり、更に形質膜の外側が負、内側が正というように逆転することである。 したがって、興奮の発生機序を知るためには、まず静止時の分極、すなわち 静止膜電位がどう発生するかを理解する事から始めなければならない。

§1.形質膜の構造

 興奮細胞の形質膜を電子顕微鏡でみると、数十オングストロームの厚さの 膜で、オスミウム固定で濃く見える外側とうすく見える内側とからなる。全体を 単位膜(unit membrane)という。単位膜は燐脂質の二重層で燐脂質分子の荷電 した頭 polar head が水と接しており、その頭から脂肪酸の chain が内部に 伸びている。このような基質内に不規則に integrated protein(lipo-protein) が存在する。あるものは膜を貫通しており、他は、一部膜内にうずもれる。 このようなモデルを流体モザイクモデル(fluid mosaic model)という。 <図2−1> すなわち、粘性のある燐脂質二重層中に integrated protein が存在する というものである。  形質膜は、水溶性及びリポイド溶性の両方の分子を共に透過する。通常、 リポイド溶性の物質は膜のリポイドに溶け、イオンあるいは水溶性の物質は膜に ある水溶性の蛋白質部分を通じて透過すると考えられている。水和したK+は 水和したNa+より小さいので形質膜を通りやすく透過性(permiability)が 高いと考えられている。  形質膜は、また上述の構造があることから電荷をためる性質を持っている。 すなわち容量を持っている。(コンデンサーの役目をしている)。上述の2つの 性質は、電気工学的に漏れのある容量(leaky condenser)と表現されている。

§2.形質膜の分極と平衡電位

 このような構造をしている形質膜の内外は分極していることは昔から知られて いた。それは損傷電位(injury potential)が存在することから推定された。 今、正常筋ではその表面は等電位であるが、一部傷を付けると傷ついた部位が 正常部に比して、負になるという電位差が表れる。この電位発生は、細胞の 外側に比して内側が負に分極していると考えれば説明できる。すなわち、 損傷部では形質膜というbarrierがなくなり、分極がなくなる。したがって、 その部の電位は細胞内部のそれに近くなる。そこで、その部が他の部より負と なる。  さて、このような分極発生に対して、Bernstein 等は物理化学的な説を提唱 した。彼らの説はすべて、膜がK+に対して、選択的透過性(selective permeability)を持つという仮定に立っている。このことは、K+濃度が細胞内の ほうが、細胞外に比べて高いということから考えたものである。細胞内のK+の 濃度が大で、しかもK+を形質膜はよく通す。このときK+には濃度勾配に そって、内から外へと拡散しようとする力が働く。ところが、それと反対方向、 すなわち外から内に電気が働き、丁度、K+の膜を介しての出入りが平衡して いる。この電気力が平衡電位(equilibrium potential)といわれた。 RT 〔K〕O 〔K〕O Ek= ─── ln ──── = 58.8 log ──── (mV) F 〔K〕i 〔K〕i と表される。但し〔K〕OはKイオンの細胞外での濃度、〔K〕iは細胞内での 濃度であり、 R:ガス定数 1.98 Cal/deg*mol T:絶対温度 298 deg = 25C F:ファラデー定数 23060 Cal/v.V.eq. RT/F=25.7 ln X = 2.3 log X である。

§3.平衡電位の原因

 歴史的には、形質膜内外のK+の濃度差ができる原因として、細胞内に存在 する蛋白質、アミノ酸のような陰イオンが形質膜を透過しないときに発生する Donnanの膜平衡時のそれが考えられていた。しかし、現在あまりこれを重視する 人はいない。むしろ膜が漏れのある容量 leaky condenser であるために電気 勾配が発生すると考えられている。 <図2−2> すなわち、内から外に陽イオンが流れたとき、それは膜容量を充電させ、外が 正、内が負というような電気力が働く。これが膜電位であるとする。このとき 平衡に達すれば、前の式と等価となる。

§4.膜電位の実測

 上述のような理論を、実際、筋神経の膜電位を測定することによって確かめた のは、Hodgkin と Huxley (1939) であった。彼等は、イカの巨大神経線維に 100μという太いガラス電極を挿入することによって形質膜の内外の電位差を 測定した。さらに普通の筋、神経にも試みた。このためには先端が1μ以下の ガラス毛細管を使う。組織と電極の接触抵抗を少なくし、接触電位をなく さなければならない。そのため、ガラス毛細管内に飽和に近い塩化カリウム溶液 を入れる。このようにしても、電極抵抗は10MΩとなる。したがって、 入力抵抗1000MΩというような高抵抗入力型の電圧計(電圧フォロア)を使う。 <図2−3> 実際に蛙の筋細胞で90mV。内外の液の構成は、 外      内  Na+    120    9.2  K+     2.5      140  Cl-    120      3〜4 (単位はmM) これを式に代入して計算すると、 E=−103.1 mV となり、かなりよく合うことが分かった。 文 献 Ling and Gerard 1950 Mature 165, 113. Nastuk and Hodgkin 1950 J.Cell.Comp.Physiol.35,39.

§5.膜電位の維持と定常状態

 膜電位の実測値が、Nernst の式から引き出された理論値とかなり合う といっても、約10mVの差がある。 <図2−4> これが偶然生じたのではないことは、細胞外液のK+濃度を系統的に変化させ たとき、膜電位の理論値からのへだたりが系統的に変化することからわかる。 両者の差は、外液のK+濃度が大きいときはあまりない。細胞外のK+濃度が 小となると、へだたりが大となる。この原因は外液のK+を減らすと、Na+の 影響が無視できなくなるためと考えられた。すなわち、Na+が多少細胞膜を通 るため、濃度勾配に沿って細胞外より内に入り、正の電荷が運ばれ、膜の内側を 充電する。実際に、Na+に透過性があることは、放射性同位元素を使って確認 された。  このような状態では、膜電位はK+の平衡電位より小となる。そうなれば、K+ は濃度勾配に沿って細胞外に出ることになる。それで、細胞内外のイオン濃度差 は一定に保たれない。しかし、実際には一定に保たれている。これは、生きた細 胞において、化学的エネルギーを消費して、流れ込んだNa+を汲み出し、同時に 流れ出したK+を汲み込む機構が存在するためである。これをナトリウム−カリウ ム・ポンプという。すなわち、イオンの能動輸送が行われている。このポンプが 十分働いている場合は、細胞内外のイオン濃度に変化はなく、したがって、膜電 位も変化しない。  以上のような状態は、当然平衡状態ではない。エネルギーを使って、膜を 介してのイオンの流れを0とした状態である。定常状態(steady state)と 呼ばれるものである。

§6.静止膜電位の発生

 現在認められている静止膜電位発生機構の次の通りである。  形質膜には、   イ.形質膜の容量   ロ.形質膜のイオンに対する選択的透過性   ハ.Na−Kポンプ が備わっている。この形質膜内外間に、次の過程で静止膜電位が発生する:  1.Na+の濃度は、膜外が大。K+は、膜内が大。それでK+は内から外へ、 Na+は外から内へ移動して形質膜を充電する。このとき、Pk>>PNaであるた め、K+がより外に出て膜容量をchargeする。それで内は外に比較して負になる 電位勾配が出来る。  2.この電位勾配が大きくなるほど、K+の内から外への移動に逆らう。Na+ の外から内へ移動を促す。それで、K+の内→外の量と、Na+の外→内の量とが ほぼ等しくなる。  3.この状態で、Na−Kポンプは。膜外に出たK+、膜内に入ったNa+を汲 み上げ、汲み出している。  4.Cl-はNa+、K+によって生じた電位勾配によって膜内外に分配される。  このような、濃度勾配による全イオン流入出量が零(Σfi=0)で、しかも 膜内の電位勾配が一定である Constant field (すなわち膜の内外の境界が極と なるようなコンデンサである)という条件下で発生する電位は、 RT Pk[K+]o +PNa[Na+]o +PCl[Cl-]i  Em= ── ln ──────────────── F Pk[K+]i +PNa[Na+]i +PCl[Cl-]o であることが導出される。Goldman-Hodgikin-Katz の式という。 PK:PNa:PCl=1:0.04:0.45とすると実測値によく合う。 註)形質膜におけるNa+、K+のチャンネルおよびNa−Kポンプの三者は各々 独立して存在する。かつ、これら三者によって電位の動的平衡状態のバランス (静止膜電位)が保たれる。 文 献  Singer,S.J. and Nicolson,G,L. The fluid mosaic model of the structure of cell membranes. Science,175, 720-731, 1972  Bures, J. Petran, M & Zacher, J. Electrophysiological methods in biological research. Academic Press, New York.  本川弘一.電気実験法 南山堂 東京  Glasstone,s. The elements of physical chemistry. Van Noslrand, 1946.  高橋國太郎.神経細胞の信号発生とイオン機序「生物科学講座6:神経回路と 生体制御」大沢他編、1-65頁、朝倉書店、1976  Hill,B. Ionic selectivity of Na and K channels of nerve membranes. In Membrane. Lipid Bilayers and Biological Membranes: Dynamic Properties. (G. Eisenman ed.), vol 3 99 255-323, Dekker Inc, New York, 1977.