3 活動電位の分析
興奮時に生じる活動電位の変化について述べる。
<図3−1>
興奮は膜の分極が減ること(脱分極;depolarization)から始まる。脱分極が
一定の臨界値を超えたとき、形質膜は、自ら進んで更に膜電位を減少させ、やが
て消失、ついで反転(細胞内の電位が、細胞外の電位より高くなる)
が生じる。その後、静止膜電位にもどる。即ち、再分極(repolarization)が
生じる。一定の条件では、活動電位の大きさは、全か無かの法則 (all-or-none
low)に従う。イカの巨大神経繊維では、その大きさは約100mVであり、頂点時に
は、約30mV 細胞内部が外部に比べて正となる。活動電位のこのような部分をオ
ーバーシュート(overshoot)という。
§1.活動電位とイオン
活動電位は、膜の分極の消失で生じると考えられていた(Bernstein等)。
ところが、細胞内誘導によって上述のような活動電位発生時の膜電位の逆転
(オーバーシュート)が発見された。この現象は、単に形質膜の分極の
消失だけで説明できない。ある陽イオンが、細胞外から細胞内に侵入し、
形質膜を充電することが予想される。細胞外に多量にある陽イオンはNa+で
ある。それで、活動電位発生は、Na+の透過性の増大による形質膜を通じての
侵入が重要な役割をしていることが予想された。そして、その予想はたしかめ
られた。
結論的にいえば、Na+の外から内に向かっての移動が生じ、遅れてK+が内
から外に移行することによって活動電位が発生すると考えられている。
このような結論に達するにはいくつかの過程があった。
§2.イオンのの移動
興奮時のNaイオンの必要性. 昔から興奮発生にNa+が必要なことがわかって
いた。そこで、活動電位の担い手としてNa+がとりあげられた。すなわち、
形質膜のNa+に対する透過性が増大するために興奮が生じるという考えである。
Na+は、細胞外に多く、内に少ない。また静止状態では細胞内の電位は負である。
もしも、膜が何等かの理由で Na+ を透過し得るようになると、 Na+は、急速に
細胞内に流れ込み、膜を充電するるため細胞内は急速に正となる。この拡散は、
理論的にはNa+の平衡電位となるまで続くはずである。従って、こう考えたとき
活動電位の頂点時の電位は、Nernstの式
RT 〔Na+〕o
ENa= ──── ln ─────
F 〔Na+〕i
に近くなるはずである。
このことを確かめるため、細胞外液中のNa+濃度を系統的に変化させ、
活動電位の頂点時の細胞内電位がどう変化するかを見た。
<図3−2>
そして、上式が当てはまることが見出された。従って、上の考えがあり得る
ことが推論できた。
Na+の外から内への移動の証明. 一方、放射性同位元素を用いて興奮時の
イオンの出入りも直接調べられた。(Keynes, 1951)静止時及び100/secで
連続刺激した時のNa+の流れは、
│ 静止時 │100/sec刺激時〔pmol/cm2/sec〕
────┼────┼───────────────
内向き│ 61 │ 1091
────┼────┼───────────────
外向き│ 31 │ 691
────┼────┼───────────────
│ 30 │ 400
となり、一回の活動電位発生で4pmol/cm2のNa+が細胞内に入る。
(1pmol=10-12mol)
K+の細胞外への移動. Na+と同様、K+の膜を介しての移動も、放射性同位
元素を用いて測定された。それによると、一回の興奮で4pmolのK+が細胞外に
失われることがわかった。これは、一回の興奮で細胞内に入るNa+の量と等しい。
Cl-の流れは、あまり変わらない。
§3.動的定量的取扱い−電圧固定法
放射性同位元素を使う化学的な方法では、興奮時のイオンの動きを動的に
とらえられない。そこで Hodgkin と Huxley は電気的方法をつかって、興奮時の
Na+とK+の動きを定量的にとらえ、活動電位がどうして生じるかを論じた。
先に述べたように、興奮発生は、先ず脱分極が原因となって生ずる。この時、
脱分極によってイオンに対する透過性が変化する。このためNa+が侵入し、それに
よってまた脱分極が進むという。このことを考えるとき、2つのパラメ−ターが
同時に変化しており、複雑になっている。そこで一方を固定する。始めに生じる
のは膜電位の変化である。そこで膜電位を脱分極させ、その電位に固定し、
その時どんなイオンの流れを生じるかを調べるのが電位固定法(voltage clamp)
である。
<図3−3>
膜電位を突然脱分極すると、まず1〜2ミリ秒内向き
電流が流れ、次いで比較的緩やかな外向き電流が流れる。
<図3−4>
内向き電流はNa電流である。その証拠は、
(a)内向き電流が0となる脱分極の値は、Na+の平衡電位40〜50mVである。
(b)細胞外液のNa+を塩化コリンで置換すると、内向き電流がなくなる。
また、遅れて生じる外向き電流はk電流である。この証拠は、
(c)外向き電流が0となる膜電位を外挿すると、それはK+の平衡電位である。
(d)Na+を塩化コリンで置き換えたとき、外向き電流は変化しない。
更に Hodgkin 等は、普通海水中での電流と低〔Na+〕海水中の電流を測定する
ことによって内向きNa電流と外向きK電流を分離した。
<図3−5>
この場合、このとき彼等は、
(a)INaの時間経過は〔Na+〕oと無関係、
(b)IKは外液の〔Na+〕oと無関係、
(c)Imの頂点に達する時間の1/3以内の電流はINaのみ、
という三つの仮定をおく。(a)と(b)は、イオンチャンネルが独立であることを
前提としている。
普通〔Na+〕海水中と、低〔Na+〕海水中での電流をIionとI'ionとするとき、
Iion−I'ion=(INa+IK)−(I'Na+I'K)
(b)の前提から、IK=I'Kであるから、
Iion−I'ion=INa−I'Na
となる。
(c)の条件下で I'ion/Iion=I'Na/INa=k が求められる。結局、
Iion−I'ion=INa−INa*k =INa(1−k)
故に
Iion−I'ion
INa = ───────
1−k 海水 NaCl 2.27
IK = Iion−INa K2SO4 0.086
となり、INa及びIK が求められる。このように分離したINaIKを図3-2に示す。
§4コンダクタンスと透過性
以上で膜電位がある値のときのINa,IKの時間経過を求めることができた。
しかし、形質膜が実際に透過性を増したかどうかは、INaIKの絶対の値では
わからない。今仮に細胞内外の電位差がイオンの平衡電位と等しければ、K+の
透過性が増してもイオンの流れは0である。
<図3−6>
そこで、イオンの通り易さ(即ち透過性)を表すものとして、ナトリウム
コンダクタンスgNa、カリウムコンダクタンスgKが導入された。すなわち、
INa IK
gNa=──── gK=────
E−ENa E−EK
図3−6を見ればわかるようにgNaは一旦急激に増大すると急激に減少する。
この減少を不活性過程(inactivation process)という。これに対しgKは
遅れて増大し、数十ミリ秒以上続く。
§5.膜活動電位
神経線維全体を、一度に脱分極させると、形質膜全体が一様に興奮する。
この時、活動電位は伝導しないし、また軸索の縦方向の電流もない。このような
条件下で活動電位が発生したとき、形質膜を横切って出入りした電荷は、すべて
膜の電気容量を充電すると考えなければならない。なぜならば、その他に行き
場所が無いからである。この時、
Cm・ΔV=q=i・Δt
電荷はイオンによって運ばれるから、
dV
Cm ─── = Iion
dt
従って、
dt
dV = ─── Iion
Cm
ここでIionは
Iion=IK+INa=gk(Em−EK)+gNa(Em−ENa)
結局
dt ┌ ┐
dV=───│gk(Em−EK)+gNa(Em−ENa)│
Cm └ ┘
となる。これを、Hodgikin-Huxley の興奮に関する方程式という。この式の
意味することは次の通りである。
今、Emがある値をとったとき、それから dt 後に膜電位がどれだけ変化する
かを表している。これを次々に数値計算すれば理論的な活動電位を計算できる。
<図3−7>
§5 要約
以上の理論に基づいて、算出した活動電位と実際に測定した活動電位が一致
する。
このことから、今迄述べてきた理論は正しいということに
なる。もう一度、活動電位の発生機序を述べる。
1.何等かの原因で興奮膜に脱分極が生じる。
2.それによってNa+の透過性が増大する。Na+が細胞内に侵入し、膜を充電
する。そのためさらに脱分極...という自己再生的な過程が生じる。
そして、Na+の平衡電位にになるまで、膜は充電する。
3.すぐ不活性過程が働き、Na+の透過性が落ちる。
4.同時にK+の透過性が増し、K+が細胞外に出るので、急激に静止膜電位に
戻る。
[文献]
北里宏 興奮膜の一般生理 南江堂