研究内容

低侵襲がん治療用材料に関する研究

深部がん血管内放射線・温熱治療用微小球

1981 年以来、がんは日本人の死亡原因の第1位を占めています。しかも、がんは大きな苦痛を伴うと恐れられています。現在、これを治療する最も一般的な方法は、患部を手術により切除する外科的療法です。しかし、患部を切除するとその機能を回復できない器官も多く、がんを外科的手術により完全に切除できない場合もあります。そこで、近年、患部を切除することなく、がん細胞だけを死滅させ、その後に正常組織の再生を期待できる、低侵襲機能温存療法に大きな期待が寄せられるようになりました。化学療法、免疫学的療法、放射線療法あるいは温熱療法などは、その可能性を有しますが、正常細胞を傷めず、がん細胞に対してだけ有効な抗がん剤を用いた化学療法や、がん細胞だけに有効な抗体を用いた免疫学的療法は未だ十分には発達していません。放射線あるいは温熱療法においては、従来主に体外から患部を放射線照射あるいは加温するため、体内深部のがん(例えば肝臓がん)を効果的に放射線照射あるいは加温できないばかりでなく、体表付近の正常組織にも大きな損傷を与えました。

β線などの飛程の短い放射線を放射する、直径20~30 μmの微小球を患部に送り込めば、周囲の正常組織を傷めることなく、がんを局部的に直接放射線照射して治療できる可能性があります(図1)。また、直径20~30 μmの強磁性微小球を上記と同様に患部に送り込み、患部を交流磁場の下に置くと、同微小球が磁気ヒステリシス損により発熱するので、がんを局所的に加温して治療できる可能性もあります(図1)。そこで本研究室では、そのようながんの低侵襲治療に有用なセラミック微小球の創製を試みています(図2~6)。

図1 放射性/磁性微小球による肝臓がんの放射線/温熱塞栓療法

図2 深部がん放射線治療用Y2O3微小球
(M. Kawashita et al., Biomaterials, 24 (2003) 2955)

図3 深部がん温熱治療用強磁性Fe3O4微小球
(M. Kawashita et al., Biomaterials, 26 (2005) 2231)

図4 カテーテルによる微小球注入時の兎の透視像(左)および兎肝臓の毛細血管内に分布する微小球(右)
(M. Kawashita et al., Int. J. Appl. Ceram. Tech., 2 (2005) 173)

図5 放射性Y2O3微小球によるVX2腫瘍増殖抑制効果
(M. Kawashita et al., Int. J. Appl. Ceram. Tech., 2 (2005) 173)

図6 磁性ナノ粒子(MNPs)およびMNPs含有シリカ(SiO2)微小球のk交流磁場下(100 kHz, 300 Oe)での発熱特性
(Z. Li et al., Biomed. Mater., 5 (2010) 065010より改変)

生体活性骨修復用材料に関する研究

図7に示すような構造を有する骨は、私達の体を隅々まで支え、脳や内臓など重要な臓器を保護し、206個に分かれて互いに関節を介して繋がり、様々な運動を可能にしています。従って、関節や骨に1箇所でも損傷が生じると、私達はとたんに日常生活に支障をきたすことになります。高齢者が寝たきりになる原因の第2位は、関節症と骨折だといわれています。膝関節や股関節が傷んだ時、従来これらは金属とポリエチレンの組み合わせからなる人工関節で置き換えられてきました。しかし金属は、短期間にその関節面の平滑さを失い、摩擦係数を増大させ、金属とポリエチレンの摩耗片を生じます。この摩耗片は周囲の細胞の壊死を招きます。また、人工関節はポリメチルメタクリレートの骨セメントにより周囲の骨に固定されてきましたが、骨セメントは、固化の際、重縮合により100℃にも達する熱を発生して周囲の組織を傷め、循環器系に傷害を与える未反応モノマーを溶出し、しかもセメント自体は、コラーゲン線維の膜により周囲の骨から隔離され、骨と結合しません。その結果、術後10年を待たずして人工関節の固定が緩む例が数多く報告されました。これらの問題を解決するために、1970年代から、それまで別の目的で開発されてきたセラミックスが骨の修復に用いられるようになり、さらに骨の修復だけを目的にした新しいセラミックスが次々に開発され、今日ではセラミックスが臨床治療の場で無くてはならぬ働きをするようになってきました。

セラミックスやガラス等の人工材料の中には、骨欠損部に埋入されると、周囲の骨と自然に結合し、一体化する(生体活性を示す)ものがあります。これらは「生体活性セラミックス」と呼ばれ、重要な骨修復材料として既に実用化されています。しかし、臨床現場では、より骨結合性に優れた骨修復材料が求められています。そこで本研究室では、材料工学に基づいた種々の合成プロセスにより、骨修復に有用な生体活性材料の創製を試みています(図8, 9)。

図7 骨の構造

図8 柔軟性に富む生体活性有機-無機ハイブリッド材料
(M. Kamitakahara et al., Biomaterials, 24 (2003) 1357)

図9 可視光下で抗菌性を示し、体内では生体活性を示すTi金属材料の開発
(M. Kawashita et al., Colloids Surf. B, 145 (2016) 285)

水酸アパタイトの骨伝導機構の解明

水酸アパタイト(HAp)は骨と結合する(骨伝導性を示す)ため、人工骨や医用金属材料のコーティング材料として広く用いられています。しかし、その骨伝導性の発現機構の詳細は未だ明らかでありません。

当研究室では、アルブミン、フィブロネクチン(Fn)、ラミニン(Ln)といった血清タンパク質のHApへの初期吸着に注目し、「HApに特異的に吸着する血清タンパク質が骨伝導性を引き起こすのではないか?」との仮説を立て、その検証を進めています(図10,11)。これまでに、私達は

ことを見出しています。

図10 HApおよびAl2O3のFn吸着特性とFnの吸着形態の模式図
(M. Hasegawa et al., Biomed. Mater., 11 (2016) 045006より改変)

図11 Fn吸着がHApおよびAl2O3のMC3T3-E1細胞応答に及ぼす影響

有機修飾型リン酸八カルシウムに関する研究

リン酸八カルシウム(OCP)はヒトの硬組織中に存在する水酸アパタイト(HAp)の前駆体と考えられており、硬組織に対して高い親和性を持つことから生体吸収性人工骨の素材として用いられています。OCPは層状の結晶構造を持ち、その層間に様々な有機分子を導入することができます。この性質を利用すれば、骨修復材料としての機能向上だけでなく、診断と治療を両立するセラノスティックマテリアルとしても利用できると期待されます。しかしながら、OCPが結晶中に有機分子を導入する性質についての理解は進んでおらず、有機修飾型OCPを医療材料として利用するためには、OCPの物理化学的・生物学的な性質に関する知見の充実が不可欠です。

これまでに私達は、

などに関する知見を得ています。

さらに最近の研究では蛍光性有機分子の導入にも成功し、診断と治療を両立する材料の開発に一歩ずつ近づいています。(図13)(Communications Chemistry, 4, 4 (2021).)


図12 高分子水和ゲル中において合成した有機修飾型OCP球状結晶
(Journal of the Ceramic Society of Japan, 118, 491‒497 (2010).)

図13 紫外線照射下で美しい青色発光を示す蛍光性有機分子含有OCP
(Communications Chemistry, 4, 4 (2021).)

感染症の治療・予防を目指した抗菌性バイオマテリアル開発

人工関節周囲感染 (PJI: Prosthetic joint infection) や骨折関連感染 (FRI: Fracture-related infection) をはじめとする骨・関節領域における感染症の治療・予防は、診断・治療技術が発展した今日においても、整形外科領域において解決すべき課題の1つです。これらの感染症は難治性である場合が多く、遷延化すると骨の喪失を伴う重篤な機能障害を惹起してしまいます。このような臨床的背景から、本研究グループでは、骨・関節領域における感染症の治療・予防を目指して、組織再生と感染制御とを同時に達成する抗菌性バイオマテリアル開発に取り組んでおります。本研究では人工関節の素材であるチタンや、骨補填材の素材である炭酸アパタイトを取り扱った研究を行っています。

これまでに私達は、

などに関する研究成果を得ています。

現在は、整形外科領域における骨髄炎 (Osteomyelitis) や、歯科領域における骨吸収抑制薬関連顎骨壊死 (ARONJ: antiresorptive agent-related osteonecrosis of the jaw) の治療を目指した材料開発研究を行っております。