「マイルスまで1メートル」
「現代パフォーミングアーツ入門」を開講した年、いきなり受講生達に向かってこうぶちまけた。 「古いものばかり、ありがたがってる人はバカです。同時代の音楽を聴きましょう。自分が生まれる前の音楽を聴く必要はありません」案の定、「古い音楽にだってよいものはあるのだから聴くべきです」とムキになって反論してくるやつがいた(*注1)。しょうがないなあ。逆説というものを理解してくれよ。時間をかけて淘汰されたものの方が良いと考えるのが普通なのだが、敢えて「常識」や「正論」を疑えと言っている。
なぜか。
あともう一つ、重要な理由があるのだけれど、それについてはここでは触れないことにする。授業でも、はっきりとは言わないだろう。最後まで出席してくれれば、なんとなくわかるかもしれないし、わからないかもしれない。自分で気付かなきゃ意味がないのだ。
前置きが長くなった。同時代の優れた音楽を聴こうという話である。
その点、"ジャズの帝王"マイルス・デイヴィスについては、生のステージを計4回も体験できた。もっとも印象的なのが1985年。ギタリスト、ジョン・スコフィールドを擁したこのバンドは、いわゆる「復活後」のマイルス・グループの中で最も勢いがあったのではないか。同年のモントリオール・ジャズフェスティバルでの演奏はビデオ化されており、授業でも鑑賞する予定。ジョンスコのキレまくったソロが凄まじくて、何度観てもゾクゾクする。 フランク・ザッパにハマったのは十代の終わり頃だ。最初に「Hot Rats」を買ったのが良かった。1曲目、「ピーチズ・エン・レガリア」のかっこよさにいきなりクラっときた。次に「Uncle Meat」を買ったら「なんじゃこりゃ」と思った。順序が逆だったらどうなっていたことか。「Uncle〜」の良さがわかるようになったのは随分経ってからのことだ。ザッパは一応ロックに分類されるが、現代音楽に影響を与えているのは明白だし、ジャズやポップスの要素もある。ほとんど麻薬的とも言えるザッパの音楽の唯一の"欠点"は、あまりに多面的な魅力を持つために、「ザッパがすべて。他には何もいらない」という"ザッパ至上主義"に陥りやすいことだ。僕も一時期狂ったようにザッパばかり聴いてたっけ。ザッパ好きの人と話をすると、皆一度は同じような経験をしていることが多い。 ザッパの来日は76年で、このとき僕は小学生。まだ歌謡曲にしか興味が無かったはずだから、どうしようもない。まあザッパに興味がある小学生ってのがいたら、かなり気持ち悪いんだけど。そしてちょうどザッパ中毒だった87年頃、ザッパが再び来日するらしいという噂を耳にした。おそらく本当に検討されたのだろう。現に翌年、ザッパはワールドツアーを敢行する。だがその中に日本公演は含まれていなかった。ツアーは毎年あるわけじゃないし、次の機会はいつになるかわからないからアメリカまで観に行くべきじゃないか、という考えが脳裏をよぎった。現在のようにインターネットでチケット購入などできなかったけれど、学生だったから時間は自由になる。その気になればなんとかなったろう。だがあと一歩の勇気がなかった。 88年のツアーでの演奏はいくつかのライブアルバムで聴くことができるけれど、その中で最も好きなのが「Make a Jazz Noise Here」。ジャケットは、夜の砂漠にひっそりと建つライブハウスのイラストだ。入り口の脇に小さな立て看板があり、「Last chance for live music」と書いてあるのが読める。アルバムの発売が91年と聞けば、その年勃発した湾岸戦争をすかさず皮肉っていたとわかるだろう。同年暮れにザッパは、前立腺癌に冒されていることを公表する。前立腺癌は早期発見ならさほど生命の危険はないはずだが、見つかったときにはある程度進行していたようだ。つまりザッパ自身にとっても、演奏家としてステージに立つ"最後の機会"がそのツアーだった(*注2)。これをdouble meaningと捉えても穿ちすぎではないだろう。ザッパはそういう悪戯が大好きだったはずだ。曲の中に日本語のコーラスをこっそり忍ばせていたりしたのは有名な話。僕はザッパの命懸けのユーモアにしびれた。同時に激しく後悔がつのる。せっかくのチャンスを、みすみす逃してしまった。同時代を生きていたのに。 人間というのは同じ過ちを繰り返すもので、マイルスの最後の来日公演は立ち見席でも2万円というチケット代にビビって見逃した。最後とわかっていれば全然惜しくはなかったけれど、こればっかりは仕方ない。悔しさがザッパのときほどでないのは、先に述べた通り4回の経験があるからだ。「4と5」の違いの重みは、「0と1」のそれと比べればはるかに小さい(数学的にもそうだ)。 85年の話に戻ろう。そのライブがとりわけ印象的だったのは、実は演奏内容の素晴らしさのせいだけではない。マイルスもよほど気分が良かったのだろう。演奏が盛り上がる中、トランペットを吹きながらゆっくりとステージを降りてきたのだ。そして前から2列目にいた僕の2つ隣の席のところまでやってきて、そこに座っている若い女性に向かってトランペットを吹き続けた。あまりのことに真っ赤になってうつむく女性。マイルスの目はたぶん、サングラスの奥で笑っていたと思う。僕は固まった。ひれ伏したくなるようなオーラ。ジャズの歴史を背負った男が、すぐ目の前に。手を伸ばせば届く位置で、演奏している!
という自慢話を、僕は死ぬまで続けるんだろうな。「うぜーよジジイ」とか思われつつ。
で、君らには何があるのだ?
*注1:該当する人、茶化してごめん。悪気はありません。
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