最新研究成果

榎戸靖准教授、田村拓也助教、伊藤日加瑠特任助教、岡澤均教授ほか(難治病態研究部門神経病理学分野)
「ハンチントン病の主要病態がDNA損傷修復障害であり、DNA修復タンパク補充によって治療が可能」



Enokido, Y., Tamura, T., Ito, H., Arumughan, A., Komuro, A., Shiwaku, H., Sone, M., Foulle, R., Sawada, H., Ishiguro, H., Ono, T., Murata, M., Kanazawa, I., Tomilin, N., Tagawa, K., Wanker E.E., and Okazawa, H
(2010) Mutant huntingtin impairs Ku70-mediated DNA repair. Journal of Cell Biology 189, 425-443.


ハンチントン病は代表的神経変性疾患の一つです。白人での発生率は5~10/100,000で欧米ではアルツハイマー病とならんで注目される疾患です。認知症、不随意運動、鬱等の精神神経症状を示し、寝たきりになったのちに早期に死亡します。ハンチントン病は原因解明に分子遺伝学が初めて用いられた神経変性疾患でもあります。この結果、1993年にハーバード大学のJames Gusella教授を中心とするコンソーシャムが原因遺伝子ハンチンチンを発見しました。しかし、ハンチンチンタンパク質の機能、あるいは変異による神経細胞障害の詳細など、分子病態は未解明な部分が多く、またハンチントン病の患者さんの寿命を延ばすことができる有効な治療法も確立されていません。


今回の研究は、ハンチントン病の病態にDNA修復タンパクKu70が関与し、Ku70の機能回復をはかることでハンチントン病モデルマウスの寿命を従来の報告を上回る最大限に延長することができた、というものです。具体的には、1)変異ハンチントン病タンパクはKu70に結合する、2)結合を介してKu70のDNA修復機能を阻害する、 3)DNA損傷とそのシグナルがトランスジェニックマウス, ノックインマウスおよびヒト患者神経細胞で増加している。3)ダブルトランスジェニックマウスを作成してKu70をハンチントン病マウスモデルR6/2に過剰発現させると、DNA損傷が軽減し寿命が顕著に延長するという結果が得られました。


DNA損傷修復異常は、ポリグルタミン病(ハンチントン病や脊髄小脳失調症1、2、3、6、7、17型などを含む変性疾患グループ)において2007年に私たちが発表した新たな病態ですが(Qi et al., Nature Cell Biology 2007:JSTプレスリリースhttp://www.jst.go.jp/pr/announce/20070326/index.html)、他の劣性遺伝形式をとる神経変性疾患でもDNA修復因子自体の遺伝子異常が原因である場合があること、あるいは放射線被爆によって神経変性に類似した症状が起こることも知られています。


今回の研究は、ハンチントン病においてDNA損傷修復障害が主要な分子病態であることをさらに確認し、それを仲介する新たなターゲット分子としてKu70を同定したものです。さらに、Ku70の機能的代償がハンチントン病モデルマウスの生存期間を過去の報告と比較しても最大限に延長させることが明らかになりました。以上の成果は、ハンチントン病をはじめヒト神経変性疾患に真に有効な治療開発につながるものと考えられます。



ポイント

  • 神経変性の代表的疾患の一つであるハンチントン病は世界的にも患者が多い難病
      ですが、有効な治療法がありません。


  • 今回の研究で、ハンチントン病の主要な病態がKu70を介した神経細胞のDNA損傷
      修復障害であることを解明しました。


  • ハンチントン病の原因タンパク質である変異型ハンチンチンは、Ku70との結合を介
      してDNA損傷修酵素複合体によるDNA2重鎖切断の修復を阻害します。


  • Ku70の機能回復がハンチントン病モデルマウスにおいて、過去の報告を上回る治
      療効果をもたらすことが明らかに成りました。この成果は、将来的な新規治療法の
      開発につながることが期待されます。



  • (図の説明)可溶性ハンチントン病タンパク(変異ハンチンチン)はDNA修復タンパクKu70と結合し、DNA修復酵素複合体の形成および複合体のDNAへの結合を阻害する。この結果、神経細胞におけるDNA修復機能が低下し、DNA損傷の蓄積につながる。