最新研究成果

有村卓郎助教、木村彰方教授等 (難治病態研究部門分子病態分野)
「心筋症の新規原因遺伝子の発見」


1)"Cardiac ankyrin repeat protein gene(ANKRD1) mutations in hypertrophic cardiomyopathy."
Arimura T, Bos MJ, Sato A,Kudo T, Okamoto H, NIshi H, Harada H, Koga Y, Moulik M, Doi YL,Towbin JA, Ackerman MJ, Kimura A.
J Am Coll Cardiol 2009;54(4):334-342
2)"ANKRD-the gene encoding cardiac ankyrin repeat protein-is a novel dilated cardiomyopathy gene."
Moulik M, Vatta M, Witt SH, Alora AM, Murphy RT, McKenna WJ, Briek A, Oka K, Labeit S, Bowles NE, Arimura T, Kimura A, Towbin JA.
J Am Coll Cardiol 2009;54(4):325-333
特発性心筋症は、原因不明の心室筋機能異常による突然死や心不全を来たす疾患であり、心室 の肥大と拡張障害を来たす肥大型心筋症(HCM)と心室の拡大と収縮障害を来たす拡張型心筋症 (DCM)がある。これらはいずれも厚生労働省の特定疾患に指定される難病であるが、家族性発症 を認めることがあり、これまでの研究で、心筋収縮を担うサルコメアを構成する要素(ミオシン重鎖な ど)もしくはZ 帯を構成する要素(テレトニンなど)の遺伝子異常が原因となることが判明している。し かしながら、これらの原因遺伝子を調べても異常が発見されるのは家族性HCM 患者で約50%、家 族性DCM 患者で20%程度に過ぎず、さらに別の原因遺伝子があると考えられていた。
我々は、高知大学医学部、国立札幌西病院、久留米大学医療センター、米国Mayo Clinic 循環器科、 Baylor 医科大学小児循環器科などとの共同研究によって、既知の原因遺伝子に変異が見つからな いHCM 患者を対象として、心筋での遺伝子発現制御に関わるCARP の変異を探索し、3種の変異 (P52A, T123M, I280V)を見出した。CARP は心不全時などの伸展された心筋細胞において細胞質 から核内に移行する転写関連因子であり、心不全状態における心筋細胞の代償機能(伸展に対 して肥大反応を生じるストレッチ反 応)に重要な役割を果たしている と考えられている。そこで、正常 または変異CARP 遺伝子をラット 心筋細胞に導入して検討したとこ ろ、正常CARP は核から細胞質、 ことにZ 帯やI 帯に移行するのに 対して、変異CARP は核内や核 膜周辺にも局在していた(下図)。
下図
すなわち、HCM関連変異CARPは、心筋が伸展状態になくても一部が核内に移行してることから、ストレッチ反応が亢進した状態にあり、このため心肥大を生じると考えられた(発表論文1)
一方、DCM 患者の解析では、HCM 患者に見出されたものと異なるCARP 変異を3種類(P105S, V107L, M184I)発見した。DCM 関連CARP 変異は、HCM 関連変異の場合とは異なり、いずれもが細 胞内での分布異常は示さなかったが、タリンなどの細胞質タンパクとの結合性が減弱していた。ま た、変異CARP は心筋細胞を伸展した際の遺伝子発現パターンを変化させた。(発表論文2) これらのことから、心筋症患者に見出されたCARP 変異は、それぞれが異なった機能異常をもたら し、その結果、HCM とDCM という全く異なる2つの原因不明の心筋疾患の病因となることが明らか となった。また、HCM,DCM ともこれまで心筋の構造タンパクの異常によるとされていたが、本研究は、 細胞質と核の間を移動する転写関連因子(シャトリングタンパク)であるCARP の異常が心筋症の 原因となること、すなわちこれまでとは全く異なる病因概念を解明した画期的な発見である。