4.刺 激 作 用

前章で膜電位が臨界脱分極(critical or threshold depolarization)まで 低下すると、自己再生的な過程によって、活動電位が発生することを述べた。 膜を閾値まで脱分極させる原因となるものを刺激(stimulus)という。膜を 横切って流れる電流は刺激となることができる。そこで、電流が有効な刺激と なる条件について述べる。

§1.刺激電流の方向

刺激電流の向きは、興奮を生じさせる重要な因子である。神経等を細胞外に 電極をおいて刺激するとき、陰極(即ち電流が神経繊維から湧き出すところ= 刺激電極に流れ込むところ sink)から興奮が生じる。このことを極性興奮の 法則(low of polar excitation)という。この法則は、細胞内誘導法(intra- cellular recording)よっても確かめられる。しかし、ここでは古典的方法を 示す。 <図4−1> 二つの刺激電極を充分はなして、神経線維に乗せる。その中間部で、神経線維 を小さなピンセットで圧挫する。もしも、刺激電極のうち陰極が筋と圧挫部の 間にあれば、刺激は有効である。刺激の極性をかえると無効になる。これは、 陰極から生じた活動電位の伝導が圧挫部で遮断(block)されるためである。 このことからも陰極から興奮が生じることがわかる。

§2.刺激の強さと電流密度

刺激の方向がよくても、刺激が弱いと興奮しない。このような刺激を閾下刺激 という。刺激の強さを増し、刺激が興奮の閾に達する。閾刺激(threshold stimulus)という。閾刺激より強い刺激は、閾上刺激(supra-threshold stimulus)という。興奮しやすい組織では、閾刺激の強さが小さい。そこで、 興奮しやすさ(興奮性excitability)を閾刺激の強さの逆数で示すことが多い。 刺激電流は、それが神経線維の形質膜を横切る量が多くなるだけ有効となる。 今細胞外に電極をおいて刺激するとき、一部の電流は線維外に流れる。これを、 短絡(shunted)電流という。短絡電流は細胞の周りに電気をよく導く液が 存在するときはふえる。

§3.刺激電流の時間経過

神経・筋を刺激する電流のうち、単純なものは矩形波電流である。これは、 電極を通じて神経に電流を流す回路のスイッチを開閉すれば得られる。実際には 図4−2のような装置が使われた。 <図4−2> このような矩形波電流で興奮膜を刺激するとき、刺激時間が比較的長ければ、 容易に閾値に達し、興奮が生じる。これに反し、刺激時間が短い時には、大きい 電流が必要である。 興奮するための刺激電流の大きさと期間との関係を グラフに表したのが、強さ−期間曲線 (strength-duration curve) である (図4−3)。 <図4−3> 充分長い期間の矩形波電流で刺激となる最小の大きさの電流を 基電流(Rheobase)という。この刺激電流の強さをそのままにして(カエルの 神経で)、期間を約2msecまで短くしても、効果は変わらない。それで、 この電流の刺激としての効果は、2msec以降なくても変わらない。別の見方を すれば、この電流は、2msecの期間だけが刺激として有効に利用されている、 ということになる。この意味から、基電流の強さで刺激を生じる必要最小限の 期間を主利用時(Haupt nutzeit, utilization time)という。主利用時は、 正確に決め難い。それで、基電流の2倍の大きさの電流に対する利用時を かわりに使う。これを時値(chronaxie)という。 蛙の(腓腹筋)坐骨神経は0.3msec、蛙の心筋3msec、ヒトの前腕屈筋0.08 -0.16msec、前腕伸筋0.16-0.32msecである。一般に時値の小さな細胞ほど、 反応速度も大である。筋と神経の強さ期間曲線は異なる。このことを利用して 臨床的に筋が神経支配を受けているかいないかを決めることができる。電極を 筋のmotor pointにあて刺激したとき、正常筋では、神経が刺激され、神経の 強さ・期間曲線が生じる。これに反して、神経が変性し、筋の支配が 断たれると、筋の強さ・期間曲線が現れる(図4−4)。 <図4−4>

§4.電気緊張電位

なぜ、長い矩形波電流は興奮膜を刺激し易く、短い電流は刺激し難いかは、 形質膜の物理的構造から説明できる。 形質膜は前述のように膜容量と膜抵抗が並列につながって存在すると考えられ ている(図4−5)。したがって、膜を横切って電流が流れる時、電流は <図4−5> 膜容量を充電し、次第にイオン流となる。そして膜電位を変化させる。今、 電流iが膜を横切って流れた時、 i=ic+iR となり、膜を介しての電圧をVとすると、 V dV i = ─── + Cm ─── Rm dt となる。この微分方程式をt=0, V=0;i=i0 の初期条件で解けば t − ──── Cm Rm V = i0 Rm(1 − e ) となる。それで、矩形波刺激電流を加えたとき、膜電位の変化は、最初0Vで 時間的経過と共に指数関数的に大となり、一定値に達する。その「大となる 速さ」を示す指標とし、て膜の時定数 Cm・Rm がある。これは、膜電位の 変化が最終値の (1−e-1)=63% に達する時間である。以上のように膜の時定数(物理的性質)によって決まる 受動的な膜電位の変化を電気緊張電位(electrotonic potential)と名付ける。 <図4−6> さて、形質膜がこのような振舞いをするとき、図4ー6のaに示したような ステップ電流で膜を脱分極する。すると、形質膜はVa のような時間経過で 脱分極する。その脱分極は時間がたつにしたがい指数関数的に増加し、閾値 脱分極Ethに達する。それで、興奮が生じる。しかし、この強さのステップ 電流をt点で切れば、Vaはt点までとなる。それで、このような短い期間の 電流刺激は、興奮を起こすことが出来ない。このような電流で興奮を起こす ためには、bのような大きな電流をを用いて、Vbのように速やかに膜を 充電し、電流の持続期間内に、膜を閾値脱分極までにしなければならない。 それで、長い矩形波電流は、比較的弱い強度でも、形質膜を興奮させる ことが出来る。それに反し、短い電流はこの振幅が大でないと興奮することが 出来ない。 また、電気緊張電位が閾値脱分極に達しなくても、膜の局所に、当然興奮性の 変化が生じる。このとき、この局所は電気緊張状態 (electrotonic state) にあるという。細胞外電極によって刺激するとき、電極の陽極の近くで興奮性は 低下する。これを陽極電気緊張(anelect- rotonus)という。陰極の近くでは 逆に興奮性が増大する。これを陰極電気緊張(catelectrotonus)という。 ただし、陰極電気緊張があまりに強いとき、興奮はかえって低下する。これを 陰極抑圧(cathodic depression)という。

§5.時値と膜の時定数

時値は、刺激電流が膜容量を充電する速さを示している。すなわち、時値は 膜の時定数に比例する。このことを示す。 今、刺激電流iによって影響される膜を図4−5のように単一抵抗と容量に よって示す。 ステップ電流iを加えたとき膜電位の変化ΔEは前述の t −──── Cm Rm ΔE(t) = i0・Rm(1 − e ) ΔEが閾値脱分極Ethになったとき、興奮が生じるから、ステップ電流の強さ i0と閾値に達する時間t(すなわち刺激電流の期間)の関係は、 t − ── τm Eth =i0・Rm(1 − e ), ただし、τm=Cm Rm 。したがって、 ┌──────────────────┐ │ Eth │ │i0 = ───────────── │ │ t │ │ − ── │ │ τm │ │ Rm(1 − e ) │ └──────────────────┘ となる。基電流は、tが無限大の時の電流であるから、 Eth irh = ─────────── ∞ − ── τm Rm(1−e ) Eth = ──── Rm となる。ところで、時値は、刺激電流 ich=2irh のときの刺激時間であるから、 Eth 2Eth ich=─────────── = 2irh = ──── tch Rm − ─── τm Rm(1 − e ) である。これから、 tch − ─── τm 1 1 − e = ─── 2 結局、 tch = τm・ln2 となる。したがって、時値は膜の時定数と比例関係にあることがわかる。

§6.Weissの式

強さ・期間曲線はWeissの実験式がよくあてはまる。この式は、 刺激電流をi、刺激期間をtとすると、 b i= a+ ─── t となる。この式において、t=∞ のときi=a。それで、aは基電流を表す。 また、i=2aのときのtが時値である。それで、b/aが時値となる。 Weissの式の両辺にtをかけると、 it=at+b となり、刺激の電気量と期間は直線関係がある。 Weissの式も膜のCRから説明できる。 t − ──── τm Eth = i Rm(1 − e ) の関係があることはすでに述べた。ここで t − ─── Cm Rm t t e =1− ─── + ───── +‥‥‥ Cm Rm 2!(Cm Rm) である。一時近似値をとると t −─── Cm Rm t e =1− ─── Cm Rm これを上式に代入すると t t Eth=iRm(1−1+ ───)=iRm ─── Cm Rm Cm Rm Eth × Cm Rm i・t=─────── Rm となり、直角双曲線となる。

§7.興奮膜の順応(accomodation)

いままで、瞬時に変化する矩形波電流の刺激効果について述べてきた。 しかし、ゆるやかに変化する電流の刺激効果は、一般に矩形波電流に比較して、 小である。このことは、指数関数的に増加する電流 t −── τ i = io (1 − e ) を用いて調べることもできる。τは、最終電流値値 ioの63%に達する時間で ある。すなわち、この電流の時定数である。時定数が大なほど、より緩やかに 変化する刺激といえる。 <図4−7> 緩やかに変化する(すなわち、時定数 が大である)刺激電流ほど、それが 興奮の閾値になるためには、大きな最終値電流io が必要である。これは、 刺激電流の通電中に細胞の閾値が上昇するためである。持続的な脱分極中に 時間と共に閾値が上昇をきたす現象を興奮膜の順応という(図4−7)。 <図4−8> 閾値電流において、ioとτは直線となる。そして、細胞がより順応を受ける とio−τ直線の傾きが急になる。Hillは勾配の逆数をλとして、順応常数 (accomodation constant)と呼んだ(図4−8)。興奮膜の順応は、Na+ の透過性の増加が不活性化過程によって阻害されるために生じる。

§8.不応期と不活性化過程

刺激が刺激となる条件として、もう1つ大切なものは、興奮する細胞の状態で ある。興奮性がなければ、どんなに強い刺激を加えても刺激とならない。 一旦興奮した細胞は、活動電位発生時には如何なる刺激にも応じない。この 期間を絶対不応期(absolute refractory period)という。その後強い刺激に のみ応じる。これを相対不応期(relative refractory period)という。 <図4−9> 今、脱分極が生じると形質膜のgNa は一旦急速に上昇し、すぐまた減少する。 この過程を不活性化過程(inactivation process)という。不活性化過程は膜が 脱分極を続ける限り続く。この不活性化状態下では、新しい脱分極が生じても gNaは増加しがたい。それで、活動電位の上昇時には、新たな興奮を生じさせる ことは不能である。この期間が、絶対不応期に相当する。絶対不応期後2−3 ミリ秒間は、活動電位を誘発する閾値脱分極は大で、この期間が相対不応期に 相当する。新たに生じた活動電流の大きさは小である(図4−9)。