8.感覚受容
感覚受容(reception; sensation)とは、受容器(receptor)にあたえられた
自然刺激が、受容器によって変換をうけ、これとつながっている神経線維に神経
インパルスとなって出力する過程である。これに対し、知覚(perception)とは、
受容された刺激の中枢機構における情報処理機構をいう。
受容器(receptor)とは、特定の物理的或は化学的刺激に対して、特に興奮性が
高いように分化した「求心線維の感覚終末」(sensory ending)あるいは「新たに
派生した細胞」をいう。それぞれの受容器は、それぞれの特定の種類(modality)
の刺激に非常に敏感に反応する。この刺激を、その受容器の適当刺激(adequate
stimulus)という。
感覚の種類(modality)とは、互いに連続的に移行できない感覚のひとまとまり
(entity)をいう。感覚の1つの種類に対して、1つの受容器が活動し、異なる
神経線維によって伝導し、中枢神経系の異なる細胞に行くと考えられている。
これを特殊感覚エネルギーの法則(law of specific sense energy)という。
§1.受容器における刺激の変換
受容器はその形態から2つの種類に分類される(図8−1)。
<図8−1>
第一種の受容器は、知覚神経線維終末が受容器に分化したものである。この
受容器に適当刺激が加えられると、受容器の細胞膜は刺激の経過とほぼ似た
脱分極を引き起こす。すなわち受容器電位が生じる。この脱分極は、受容器膜と
接している興奮膜に電気緊張的に波及する。それが、興奮膜の興奮閾値以上
ならば、一連のインパルスを引き起こす。求心線維に神経インパルスを引き起
こす原因となる電位を起動電位 generator potential という。従って、この種の
受容器においては、受容器電位と起動電位は同じものである。
第2種の受容器は、受容細胞が、細胞から分化し、それに知覚線維が、機能的に
接続したものである。それで、この種に受容器においては、刺激は、受容細胞に
受容器電位を発生する。次にこの電位によって化学伝達物質が分泌され、それが
神経線維終末に受容され、起動電位が生じる。この電位によって線維に神経
インパルスが発生するという過程をとる。
いずれの場合でも、受容器電位は、刺激の大きさが大きければ、大となる。
即ち、段階的な電位である。また、活動電位の様に伝導せず、周囲に向かって、
電気緊張的に伝わる。この意味では、シナプス電位にている。
以下第一種の受容器について、これらのことが明らかになった過程を述べる。
§2.受容器(起動)電位
受容器においても単一細胞についての研究によって、その過程が明らかに
された(図8ー2)。
<図8−2>
Katz(1950) は muscles ext.digit.V (第5指伸筋)を用い、神経終末近くで
細胞外誘導を行った。そして神経を伝導するインパルスの他に筋の伸展にとも
なってゆるやかな電位変動を記録し、これが神経終末に発生する受容器電位で
あることを見い出した(図8−2a)。
次いで Gray と Sato(1953) は、圧受容器である Pachini 小体を用い、神経
末端無髄部が圧によって変形すると、局所の非伝導性の電位が生じること、また、
伝導性の活動電位は第一ランビエ絞輪以降に生じることを見い出した(図8ー2b)。
Lowenstein は、Pachini小体の神経終末をとりまくタマネギ皮状の結合組織を
丁寧にむき、神経終末を裸にしたものについて研究した。そして、この裸の神経
終末が圧に敏感であり、緩電位を生じることが分かった(図8−2c)。
受容器電位が更に詳細に研究されたのは、ザリガニの筋張力受容器である。
この受容器はザリガニの体節の間にある。Kuffer と Eyzaguirre(1955) はこの
受容器細胞に微小電極をさし、細胞内電位を記録し、種種の新しい事実を見い
出した(図8−2d)。
その受容器細胞には、−60〜−70mVの静止膜電位がみられる。筋の伸張
によって緩やかな脱分極が生じ、これがあるレベルを超えると繰り返し放電が生じる。
この緩やかに生じる脱分極が受容器電位である。この電位は樹状突起の変形に
よって生じると考えられており、それが電気緊張的に受容器細胞及び軸索に
沿って、伝わる。この値が臨界値を超えると、閾値の一番低い所 (細胞体から
約500μ離れた神経線維の所)からのインパルスが発生する。それが線維に
沿って中枢側及び細胞体に伝わる。
§3.受容器電位発生のイオン機序
一般に受容器は細い終末であるので、この過程を詳細に調べることは困難である。
しかし、刺激によって終末部の膜のNa+とK+に対する透過性が増加することに
よって脱分極が生じていると推定されている。
このイオン機構は、ザリガニの張力受容器を使って調べられた(図8ー3)。
細胞体に2本の電極を挿入する。一方の電極を介して電流を流し、静止膜電位を
変化させる。その時の受容器電位の変化から、その平衡電位を調べる。すると
0V付近であった。受容器電位発生時には、Na+とK+に対する透過性が増して
いることが分かる。
<図8−3>
このような操作は、Pacini 小体のような細い終末ではできない。しかし、
外液の〔Na+〕oをかえると、generator potential が減るところから、
やはりNa+とK+の透過性の増加が受容器電位発生の原因と考えられている。
§4.感覚受容における入出力関係
上述したように、受容器に適当刺激が加えられるとき、それは種々な過程を
経て一連の神経インパルスを引き起こす。この際の刺激の大きさとスパイク頻度の
関係は、Adrian によって張力受容器で調べられた。そして、張力受容器を引き
延ばす張力Iとインパルスの発射頻度Fとの間に、
F=a+blogI
の関係が存在することが見い出された。これを Adrian の法則という。受容器に
おいては、入力刺激を対数圧縮することによって、扱える刺激のダイナミック・
レンジを拡げていると考えられる。
一方、刺激の強さΔIだけ変化したとき、感覚Eの最小変化ΔEがであったとする。
この時、相対的弁別閾は、
ΔI
= ─── ΔE = constant
I
で一定である。それで、
E = log I + C
となる。閾刺激Ioのとき感覚はないから、
I = Io → E = 0
∴C=−log Io
従って、
I
E = K log ───
Io
となる。これは Weber-Fechner の法則という。
両者の法則を比較すれば感覚の強さは知覚神経を電導するインパルスの頻度と
比例していることがわかる。
近年、stevens は
E=C(I-Io)n
即ち
log E = nlog(I-Io) + log C
の方がよく当てはまるという。これをStevens の法則という(n=0.5〜1.0)。
Stevens の法則は、感覚の対数が刺激の対数に比例することを意味する。
= nlog](I/Io-1)Io[ + log C
I/Io>>1 ならば、
= nlog(I/Io) + [nlog Io + log C]
§5.受容器におけるインパルスの順応
一定の刺激を受容器に持続的にあたえるとき、受容器につながっている神経線維の
放電頻度は、次第に減少する。この現象を(受容器における)インパルスの順応と
いう。
受容器につながっている神経線維に生じるインパルス放電は、刺激の続く限り
継続する順応の遅いもの(slow adapting)と、すぐやんでしまう順応の速いもの
(rapid adapting)との2種類がある。速く順応する受容器を、速順応性受容器
(rapidly adapting receptor)または相動性受容器(phasic receptor)と呼び、
遅く順応するものを、緊張性受容器(tonic receptor)と呼ぶ。パッシーニ小体、
毛根神経冠は前者の例であり、近紡錘、ゴルジ腱器官は後者の例である。
順応は2つの過程によって生じることが知られている。一つは、受容器電位の
大きさが時間と共に変化する受容器順応(receptor adaptation)である。他方は、
起動電位によって神経インパルス発生機序が変化するスパイク順応(spikeadaptation)
である。
§6.受容器順応
ザリガニの張力受容器では、受容器電位が次第に減少する。それにともなって
インパルス発射頻度も減少する。受容器電位が臨界脱分極以下になれば、発射が
やむ。それで、順応の原因の少なくとも一部は、受容器順応によると考えられる。
受容器順応は、Ca-induced K permeability が増大するためと考えられる
(図8−4a)。
<図8−4a>
受容器順応はまた別の原因で生じる。パッシーニ小体の様な機械受容器では、
その終末部の周囲の物理的性質が順応に関係している。すなわち、終末部を囲む
層状の結合組織は機械的刺激によって一時内方に押されるが、受容器電位の減少と
ともにもとにもどることが知られている。このことから、この時の順応は Caplula の
粘弾性的性質によると考えられる。事実、皮をはいだパッシーニ小体の神経終末を
刺激すると、受容器電位の順応が生じにくくなることが知られている(図8−4b)。
<図8−4b>
§7.スパイク順応
受容器順応だけでは、受容器の発射頻度の減少は説明できない。ザリガニの
張力受容器の内、速順応性受容器では、その受容器電位が大きいのにスパイク頻発が
やむ。このことは、受容器電位によるスパイク電位の発生の過程で生じる、
と考える他にない。スパイク電位は細胞から0.5mmはなれた線維で生じ、細胞体を
脱分極すると発生しやすくなる。このことから、スパイク頻度低下は、スパイクの
頻回発生によってNa+が組織内に入り、それを汲み出すために電気発生的Na+
ポンプが働き、その場所の形質膜が過分極するためと考えられている(図8−5)。
<図8−5>
§8.受容器における抑制
ある種の受容器は、抑制性の遠心神経線維の支配を受けている。ザリガニの
張力受容器では、このことがもっともよく調べられている。筋に直接接触している
樹状突起に、遠心性線維が来ている。この線維を頻回刺激すると、筋の伸展に
よって生じるスパイク発生が抑えられる(図8−6)。
<図8−6>
この抑制時、膜電位の変化がみられる。その電位の大きさは、筋を種々な
程度伸展するか、人工的に膜を横切って電流を流すことによって膜電位をかえると
変化する。結局、この電位変化の平衡電位は、静止膜電位より5mV少ない。
この平衡電位は、細胞内外のCl-の濃度差によってきまる。すなわち抑制的には
Cl-の透過性が選択的に増加したためと考えられている。さらに、抑制性シナプス
前線維から分離する化学伝達物質はγ-アミノ酪酸(GABA)である。
§9.形質膜機能の総括
以上述べてきたように、筋、神経の機能は形質膜の性質によって決まる。発生
初期には形質膜はすべての性質を持っている。発生が進むにつれて、各々の組織
特定の機能のみ、著名にあらわすようになる。他の性質は失われる。