35.大脳皮質活動とその調節
 ヒトも含めた動物は、睡眠と覚醒sleep and wakefulnessをくりかえす。覚醒しているときは容易に外界からの刺激を知覚でき、睡眠中は全然できない。この項では、これらの状態がどの様にして生じ、またどのように調節されているかについて述べる。

§1.大脳皮質の自発電気活動−脳波
 大脳皮質には10Hz前後の波状の自発電気活動があり、それが大きくなったり小さくなったりwaxing and waning している。この波を、頭皮上あるいは大脳皮質から直接誘導し記録したものを脳波electroencephalogram(EEG) という(図7-1)。脳機能の研究、臨床に使われる。
 覚醒安静時で目を閉じているときは、8〜13 Hzの脳波が後頭部に著明に見られる。これをα波という(図7-1)。眼を開ける、または計算をするとα波が消失し、速波と置き変わる。これをαブロック現象alpha blocking と呼ぶ。脳波は周波数によって速い波からβ波(14-25Hz)、α波(8-13Hz)、θ波(4-7Hz)、δ波(0.5-3.5Hz)に分けられる。

<図36−1>
<図36−2>

§2.睡眠と脳波
 脳波は意識のレベルによって著しい変化を示す。 Loomis ら(1937)が初めてヒトの脳波の覚醒から睡眠までの変化を記載した。それに Aserisky と Kleitman(1955)が深い睡眠であるレム睡眠 REM sleep を加えた。現在、覚醒および睡眠を、脳波パタ−ンを指標として次の各段階 Stage に分類する(図7-2)。
 Stage W(W):覚醒時。閉眼安静時にはα波が著明、開眼時には低振幅速波(β波)に置き変わる。
 Stage 1(機法眠気が刺した(傾眠)状態。α波振幅が低下すると同時に、その出現する期間も短くなる。それに変わって低振幅徐波(θ波が多く、一部δ波も含む)が出現する。また、大きな鋭波 Sharp wave が出現することが多い。
 Stage 2(供法Юい睡眠。比較的低振幅の徐波が連続し、ときどき12-14Hzの睡眠紡錘波 sleep spindle が出現する。また、この時期には、K-複合(K-complex)が出現しやすい。
 Stage 3(掘砲 Stage 4(検法Э爾た臾音。高振幅のδ波が現れる時期をいう。これが20-30%の時、Stage 3といい、50%以上のときStage 4という。
 Stage REM(REM):一番覚醒し難い睡眠時。逆説睡眠 paradoxical sleep ともいう。入眠して2時間くらい経過するとStage 1と似た脳波が出現する。不規則な低〜中振幅のθ波、それに低振幅のβ帯からδ帯までの波を含む。この段階では、サッケード運動 saccadic eye movement(急速眼球運動 rapid eye movement:REM)、顔面、手足の小さな 縮が生じる。夢体験が活発である。筋のトーヌスは完全に消失する。
  Stage REM は、上述のように他の睡眠段階と比較したとき種種の特徴がある。そこで、Stage 1 から Stage 4 までをノンレム睡眠 NREM sleep, Stage REM をレム睡眠 REM sleep と2大別することが多い。

注)突然の刺激に対して頭頂部で特に著明に記録できる約0.3秒続く陰性波とそれに続く陽性波をK−複合という。その後に、複雑な波を伴うこともある。

 夜間睡眠中、Stage 1 は比較的短く1〜7 分続く。それから Stage 2 → Stage 3 → Stage 4 → Stage REM  と進む。各段階の持続時間はまちまちであるが、全段階を一巡するのに1.5〜2.0時間かかる。これを一夜に4〜5回くりかえす。1晩の睡眠のうち、Stage 2 が1番長く、全睡眠時間の約半分を占める。次に長いのが Stage REM  で、成人では、1/4〜1/5を占める。

§3.脳波の発生機序
 脳波の発生に関して2つの考え方がある。ひとつは多数の神経細胞や神経繊維の活動電位群の包絡線 envelope によって生じるとする考え方。もうひとつは皮質錐体細胞の尖頭樹状突起 apical dendrite や基底樹状突起 basal dendrites などに見られる、比較的長い経過のシナプス電位の加重したものとする説。後者の考え方がもっともらしい。その理由として次のことがあげられている。
 ’焦箸伴状突起電位の干渉:大脳皮質表面の局所を電気パルスで直接刺激すると、極近傍(約5mmの範囲内)に皮質表面陰性の約10msec持続する電位変動が記録できる(図36ー3)
<図36−3>
この波は樹状突起電位dendritic potential とよばれ、樹状突起、特に尖頭樹状突起に付着するシナプス活動に基づくシナプス電位であるといわれる。樹状突起電位は、脳波の一種である紡錘波 spindle と干渉する。紡錘波はα波が小さいとき生じるから、紡錘波とα波も干渉しているとみることができる。そこで樹状突起電位、紡錘波、α波は同一の要素から生じていると考えることができる。その共通要素は、樹状突起シナプスということになる。
 脳波と大脳皮質内神経細胞のシナプス電位との相関:大脳皮質内の神経細胞から細胞内誘導によってシナプス性変動 synaptic fluctuation を記録する。この変動と皮質表面の脳波の相互相関 cross correlation を調べると、両者の相関が大である。このことは、大脳皮質細胞のシナプス電位が脳波発生の原因であることを示している。

§4.脳波のリズム決定機構
 脳波に特有なリズムを発生する機構について、次のような考えがある。
 ’焦箸離螢坤爐和臟照藜粗眇牲于麩で決定される。皮質神経細胞が1解発射すると、後過分極 after hyperpolarization が生じる。この後過分極によって興奮のない時期が一定期間続く。次に後過分極から回復するとまた発射が生じる。このようにしてリズムが生じる。しかしこの考えは、大脳皮質を他から分離する(isolated cortex)と、自発性活動(脳波)がなくなるところから認めがたい。
 △修海蚤臟照藜舛隼訃牡屬砲△詒振漸麩 reverberating circuit に注目し、この回路を神経インパルスが巡回し、その巡回時間が脳波のリズムを決定するという考えが生じた。しかしこの節も、大脳皮質を摘除しても、すでに視床のレベルでリズムを観察できることから認めがたい。
 これに代わる説として、次のような考えがある。視床から大脳皮質へ繊維を投射する中継神経細胞は、側枝を出し、介在ニュ−ロンを介して、その細胞自身を含む多数の中継細胞に抑制シナプスを作っている(図7-4)。いま視床中継細胞が発火すると、この回路によって後方抑制 backward inhibition が生じ、約100msec間、多数の中継細胞は、発火がおさえられる。よくせいがおわると抑制からの反動 postinhibitory rebound により、いっせいに細胞は発火し始める。すると、また広い範囲に抑制がかかる。かくして、多数の中継細胞が100msecの間隔で同期していっせいに発射をくりかえるようになり、リズムが形成される。

<図36−4>

§5.大脳皮質の誘発電位
 大脳皮質は、前述のように自発的な電気活動(脳波)が見られる。一方、感覚受容器や末梢神経や脳の諸構造を刺激すると、大脳皮質に、この自発電気活動に加えて、電気活動の一過性の変動が生じる。これは、これら刺激によって、大脳皮質ニューロンの活動が一過性に変化する事に由来する。この変動を誘発電位 evoked potential とよぶ。通常、誘発電位の記録には、比較的大きな電極が用いられるから、記録すれるものは、単一ニューロンの電気変動ではなく、ニューロン集団  neuron population のそれである。。この意味で、誘発電位を集合電位(mass potential)と呼ぶ。また、それは、多数からなるニューロン集団活動の結果生じる電場を記録するという意味で電場電位 field potential)とよぶことがある(85頁 容積導体の項参照)。
 誘発電位は、脳構造間の機能的結び付きを調べるのに役立つ。また、触、圧の機械刺激、音、光などの自然刺激や末梢神経の電気パルス刺激による皮質誘発電位の分布から、これ等感覚経路の投射領域、さらには これ等感覚の皮質における局在を調べることが出来る。一方、自発脳波の発生起源等の解明に役立つ。
2)誘発電位の種類
…樟榿藜組娠 direct cortical response または樹状突起電位 dendritic potential  既に述べた。(371頁、図7-3参照)

感覚性誘発電位 sensory evoked potential (図7-x27, [追加]1a,b)
 体性感覚、視覚、聴覚などの感覚受容器に適刺激を与えるか、それらに接続する末梢または中枢内経路を電気刺激すると、一定の潜時の後、当該一次感覚受容野に限局して、5〜10ミリ秒間持続する皮質表面陽性波、それに続く10〜50ミリ秒間持続する陰性波が現れる。この電位変動を一次反応 primary response という(図7−[追加]1b)。
 一次反応の潜時は、視床感覚中継核の刺激の場合では数msecと比較的短い(図7−[追加]1a)。それに反し、自然刺激を用いた場合は、受容器における時間遅れ等が加わるために長い。また、一次反応の持続期間は、電気刺激の場合、求心性斉射により皮質細胞が一度に発火するから短い。これに反し自然刺激では長い。
 視床の特殊核刺激による体性感覚野に生じる一次反応は、層的解析*によって皮質表面陽性、深部陰性の電位であるとことがわかった(図7−[追加]2a,c)。それで、この反応は視床特殊核からの求心繊維が皮質の第諺悗虜挧β里よび細胞体に近い樹状突起にEPSPを発生するために生じることがわかった(佐々木ら、1970)。
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注3)層的解析 laminal analysis(図7−[追加]2,a,b)
 ガラスまたは金属性の微小電極を皮質表面から垂直に刺入して種々の深さで電位を誘導する。いま、皮質表層で陽性波が得られ、この波が深層のニューロンの興奮性シナプス活動に由来するとする。このとき、深層でその波の起源となるシナプス活動部では、その極性が逆転して陰性波(sink)がえられる。浅部のシナプス活動による皮質表面陰性波は逆に深部で陽性波に逆転する。このように、電位変化と皮質層構造を対応させて解析する手法を層的解析という。層的解析によって、誘発電位を発生させる求心系インパルスが皮質内で最初にシナプス結合をする層や、その後に皮質内回路によって神経活動が順次伝播してゆく経過を知ることが出来る。

 一次反応の後には、約100ミリ秒持続する陽性-陰性の二次反応 secondary response, さらに、減衰しつつ約1秒間持続する6〜10/sの律動的後発射 after discharge (図7−[追加]1c)が続く事がある。これ等の波の出現や、その大きさは、意識状態や麻酔の深さなどに著しく影響をうける。また、これ等の波は、特定感覚受容野のみでなく皮質の広範囲に出現し、また、視床の感覚中継核を破壊しても消失しない。従って、視床非特殊核を経由して広範な皮質への投射によると考えられる。また律動的後発射は、視床非特殊核と皮質間の反響回路 reverberating circuit (図3-12c参照)によって発生すると考えられる。
 視床非特殊核刺激による誘発電位 non-specific thalamic response (図7−[追加]2b)
 視床非特殊核を刺激すると、潜時約5〜10msecの後、約10msec続く皮質表面陰性波を誘発する(図7−[追加]2b)。この誘発電位は、意識状態や麻酔の深さに影響される。また、大脳皮質の広い範囲に出現する。さらに、この電位も、二次反応や律動的後発射を伴うことが多い。
 非特殊核刺激による誘発電位は、潜時が長く、陰性波が優勢であること、大脳皮質の広い領域に出現するという点で、特殊核を経由する誘発電位の一次反応と異なる機序で生じると考えられている。潜時の長く陰性波であると言うことは、(イ)視床の非特殊核群の細胞の軸索は細く、(ロ)皮質の比較的浅層(2〜3層)で(図7-x22(a) af-3)、錐体細胞の樹状突起とシナプス結合しているという組織所見とよく合う(図7−[追加]2c)。さらに層的解析によって、この電位は皮質表面陰性ー深部陽性波で、視床非特殊核からの求心繊維が皮質表層に近い部位の樹状突起に発生させるEPSPに由来するといわれている。
 ち強反応 augmenting response と漸増反応 recruiting response (図7−[追加]3,[追加]2)
 視床の感覚中継核を単一刺激すると、数msecの潜時で、表面陽性ついで陰性の一次反応生じる事は既に述べた(図7−[追加]1)。いま、視床中継核を5〜10/sで頻回刺激すると、この表面陽性ー陰性波は、或振幅に達するまで次第に大きくなる(図7−[追加]3a)。この反応を皮質増強反応とよぶ。この反応は、刺激する視床中継核が投射する皮質に限局して発生する。最大振幅に達した誘発電位は、刺激をさらに持続しても、その振幅をそれ以上大きくしないで、ほぼ一定振幅で留まる。
 皮質増強反応の生じているとき、皮質細胞内記録をすると、短潜時のEPSPの発生、さらにその振幅と持続期間の増大が観察される。また、群発発射活動がみられる(図7−[追加]3b)。また、それに続くおそい表面陰性深部陽性波の一部は、深部の細胞体近くに発生するIPSPに由来するものであるという(図7−[追加]2c)。
 他方、視床非特殊核を5〜10/sで刺激すると、単一刺激で誘発される潜時の長い表面陰性波が次第に増大する(図7−[追加]3c)。この反応を皮質漸増反応と呼ぶ。この反応は両側の皮質の広い範囲で誘発され、刺激を持続すると増大した陰性波は更に大きくなったり、ちいさくなったりすること(waxing and wanning)
を繰り返す。この出現の様子は、睡眠の  stage 2 にみられる紡錘波 spindle wave の出現の様子とよく似ている。
 皮質漸増反応が生じている時、皮質細胞内記録を行うと、長潜時の小さなEPSPと(図7−[追加]3d)それに続く長いIPSPをみることが多い。

 3)ヒトの頭皮上で記録される誘発電位
 ヒトにおいて、末梢神経を電気刺激するか、音、光の自然刺激を受容器に与え、頭皮上に置いた電極から皮質誘発電位を記録する試みがなられている。しかし、発生して電位は、髄液、脳膜、頭蓋骨、皮膚を介して電極に達するので減衰してしまう。さらに、自発脳波が常に存在するため、通常の記録法では識別し難い事が多い。
 そこで、刺激時刻に時間軸を合わせて多数回刺激し、得られる電位を加算する事が行われている。これを平均加算法という。いまn回加算すると、刺激から一定の経過で誘発される電位変動(信号)はn倍されるはずである。一方、脳波のようなランダムな電位変動(ノイズ)は√n倍される。それで、信号/ノイズの比が√n倍だけ改善され、刺激による反応が見やすくなり、頭皮上の電極からヒトの誘発電位が記録可能となる。臨床的な目的に応用されて事が多い。図7−[追加]4aは音刺激による聴覚性誘発電位、図7−[追加]4bは正中神経電気刺激による対側の体性感覚野の誘発電位の例である。運動準備電位(306頁以下を参照)も平均加算法によって記録可能になった電位である。

§6.意識レベル
 動物は、はっきりしためざめ alert のときは、外界からの刺激を容易に知覚する。この時、我々は意識レベル consciousness level が高いという。また、うとうと drawsiness しているときは刺激を知覚し難いし、睡眠時は全然知覚できない。このとき意識レベルが低いという。
 このように意識レベルは外界からの刺激の知覚の善し悪しで判定される。ところで我々が外界から刺激を知覚するには、第1に受容器で受けとめられた刺激が、特殊感覚経路を介して大脳皮質の第一次感覚野 primary sensory area に達することが必要である。しかし、これだけでは知覚体験は成立しない受容器からの信号は睡眠中は覚醒しているときよりも、むしろ容易に皮質感覚野に達するのである。
 知覚体験を得るためには、皮質ニュ−ロンの活動が一定のレベルにあることが必要である。このとき感覚野にインパルスが到達すると、初めて知覚体験が生じる。この活動レベルの調節は次に述べるように網様体賦活系 reticular activating system によって行われている。

§7.網様体賦活系による覚醒反応
 網様体賦活系が意識レベル(または睡眠覚醒サイクル)を調節していると言われるようになったのは、次のような歴史的事実による。
 Bremer(1937) は脳幹を種々なレベルで切断したとき、脳波がどの様に変化するかを研究した(図7-5)。上丘と下丘間で切断(上位離断脳;cerveau isole)すると、脳波はまどろみか、睡眠時にみられる遅い波を示した。また自然睡眠と同様に、縮瞳し瞬膜が角膜を覆った。一方、延髄下部で切断(下位離断脳;encephale isole)すると、脳波は、低振幅で速い覚醒パターンを示した。2つの離断脳の違いは、後者に三叉神経その他の感覚入力が残っていることである。この事から、これら感覚入力が覚醒に必要な持続的興奮状態を駆動すると考えた。持続的な覚醒を引き起こすのに網様体が重要な役割をもつ。網様体は、脳幹に広く存在し、吻側は視床の非特殊核(網様核)となり、下方は、脊髄の後柱におよぶ。網様体には、感覚神経路から直接、間接に多くの入力が存在する(193頁参照)。
<図36−5>

 Moruzzi と Magoun(1949) は、定位的 stereotaxic に挿入した電極を用いて中脳網様体に頻回刺激を加えた。このとき遅い睡眠パターンの脳波は、低振幅速波の覚醒パターンに変化した(図7-6)。この現象をめざめ arousal, はっきりしためざめalerting, 脱同期 desynchronization 等と呼ぶ。脳波ばかりでなく、網様体電気刺激の動物行動に対する効果も調べられた。動物を軽く麻酔し「うとうと」とさせた。このとき脳幹網様体を刺激すると、動物は頭をあげ周囲をみまわす。すなわち行動的にも覚醒が生じる。
<図36−6>
 また中脳の中心灰白質、腹側網様体を破壊すると、動物は睡眠状態を続けるようになる。しかし特殊感覚経路のみ破壊しても、ただちに睡眠状態にはならない。嗜眠性脳炎 lethargic enephalitis では持続的傾眠状態となる。病理解剖から病変は中脳中心灰白質にあることがわかった。さらに中脳網様帯付近に主要が生じると傾眠状態となる。
 以上の破壊、刺激、臨床的観察から、網様帯は、脳幹を乗降する種々の感覚神経路を介して流れ込む神経インパルスによって非特異的に駆動される。そして網様帯の活動は大脳皮質に広く働き、その興奮性を高めていると主張されるようになった(図7-7)。この系を網様体賦活系 reticular activating system または上行賦活系 ascending activating system と呼ぶ。
<図36−7>
 網様体は、上述のような特殊感覚路の側枝からの入力を受けている以外に、大脳皮質からの繊維投射があるという。この経路によって、我々は外界からの刺激によって受動的に意識を規定されるのみならず、自らも意識を調節できるという。この系は後述するように、指向反射 orienting reflex とか、慣れ habituation に重要な役割を果たしているという。

§8.睡眠系 sleep system 
 睡眠は網様体賦活系の持続的活動が減少したためと考えられていた。しかし種々の脳内部位を刺激すると睡眠が生じることから、積極的に網様体賦活系を抑えて睡眠を誘発する睡眠系が考えられるようになった。
 歴史的には、Hess(1944)が、間脳の中間質 massa intermedia 、視床間橋 adhesio interthalamica を低頻度刺激すると動物がうずくまり眠るのを見た。さらに睡眠を誘発する部位は視床下部に見いだされた。視索前野 preoptic area を1〜8/sec で刺激すると、行動的にも睡眠、脳波上にも大振幅徐波が現れた。さらに視床下部の後内側部にアセチルコリンを注入すると、2〜5分の潜時で睡眠が生じ、2〜3時間も続くことが見いだされた。
  しかしこのようn刺激実験には反論がある。ネコの様な動物は、通常60〜70%は寝て暮らしている。それで上述の刺激実験の結果は、たまたま自発睡眠とかちあったために生じたのではないかという疑問である。この疑問に答えて積極的な睡眠誘発系があることを示すには、その系を破壊または不動化して不眠 insomnia を作ればよい。そして、次のような事実が見いだされた。
 前項(bの2)で示したように、脳波は、上位離断脳では睡眠パターン(図7-8 c)、下位離断脳では覚醒パターン(図7-8a)を示す。覚醒パターンは三叉神経(后砲梁枝入力によって網様体が活性化されたためと考えられる。ところが図7-8(b)に示した橋中央・三叉神経前切断 didpontine pretrigeminal transection 標本では、大脳皮質脳波は覚醒パターンを示す。この標本では、三叉神経は切断されており、三叉神経側枝からの入力による網様体の賦活はない。それにもかかわらず覚醒パターンが発生する。好む準は、切断面より尾側の脳幹が、上部脳幹にある網様体賦活系を抑制するという機構を仮定すれば説明できる。くなわち、橋中央・三叉神経前切断において、この下部脳幹から上部脳幹への抑制がきかなくなり、上部脳幹にある網様体賦活系が活性化し、覚醒が生じると説明する。この現象からは睡眠系は下部脳幹に存在することが暗示される。

<図36−8>
§9.睡眠のアミン仮説
 下部脳幹に睡眠系があることは別の実験事実からもわかる。 parachlorophynylalanine(PCPA) を注射すると不眠が生じる。この薬は、tryptophan → 5-hydroxytryptophan ( 5 HTP ) → serotonin ( 5-hydroxytryptamine; 5 HT ) となるための酵素tryptophan hydroxylase の作用を抑え、脳内のセロトニン(5HT)の不足を生じさせる。そこで、脳内のセロトニンの減少が不眠を引き起こすのではないかと考えられる。PCPAの注射を中止し脳内のセロトニンの量が回復してくると、まずノンレム睡眠が生じ、次いでレム睡眠が生じてくる。
 脳内でセロトニンを多量に含むニュ−ロンは、縫線系 raphe system(特に中脳の前部縫線)にあり、そこからセロトニン含有線維は、脳内に広く分布している。縫線系を破壊すると不眠が生じる。特にノンレム睡眠が生じなくなる。一方、青斑核 locus ceruleus はノルアドレナリンを大量に含み、ここからのノルアドレナリン含有線維も脳内に広く分布する。青斑核(尾側2/3)を破壊するとレム睡眠のみが減少する。
 以上2つのことから、Jouvet は、縫線系のセロトニン作動性ニュ−ロンがノンレム睡眠を誘発させる。一方、青斑核のアドレナリン作動性ニュ−ロンがレム睡眠を発現させると主張した(図7-9a)。
 近年、さらにレム睡眠発現には、青斑核に加えてその周囲の網様体、延髄上部の大細胞網様体等も重要な働きをしているといわれている。
 Hessから始まった睡眠系の研究は、現在とくに縫線系、青斑核の様な橋構造が主な研究対象として取り上げられているように見える。しかし睡眠という現象は、特定の脳構造や系のみで形成されるのみではなく、広い脳構造が参加することによって形成されるものと考えられる。

<図36−9>
§10.睡眠の生物学的意義
 ノンレム睡眠は、高体温である哺乳類および鳥類のエネルギー代謝を周期的に節約するための能動的機序であるといわれる。その証拠として、睡眠中代謝率の低い動物ほど寿命が長いことが知られている。
 一方、レム睡眠はヒトでは夢体験と関連して論じられることが多い。しかし、それ以外に次のような生物学的意味があげられている。レム睡眠はヒト新生児で全睡眠の50%、成人では20%である。未熟児ではレム睡眠の比率はさらに多いという。
 胎児の神経系は急速に発達する必要がある。そのために多くの刺激が必要である。レム睡眠は、中枢神経系の活動の高まっている時期であり、外部環境にかわって脳を「刺激」するのに役立つと考えられる。神経系が成熟するにつれ、環境から感覚刺激が得られるようになり、内因性の脳刺激は、不必要となる。成熟するに伴ってレム睡眠の量が少なくなるのは、この説を支持している。

§11.概日リズム(サーカジアンリズム) circadia rhythm
 人間やネズミの睡眠と覚醒のリズムは、環境を一定にしておいても24時間から25時間周期で保持される。このようなリズムを概日リズムという(805頁)。
 ラットは昼間眠ることが多く、夜になると盛んに活動する。この睡眠-覚醒の概日リズムは、眼球を切除しても松下体を切除しても変化しない。視床下部の視交叉上核を破壊すると概日リズムがなくなる。