エネルギーの生産−サイトゾールとミトコンドリア


  1.いつでもどこでもエネルギーが必要
  2.エネルギー獲得の概観
  3.サイトゾールで解糖
  4.ミトコンドリア内で効率的なエネルギー生産
    1)TCA回路
    2)酸化的リン酸化









更新日:2002/04/08

1.いつでもどこでもエネルギーが必要

  大空を舞うカモメ。体を空気中に浮かせて、前進するためには大変なエネルギーが必要であることは容易に想像できる。目に見える筋肉運動だけではなく、生物が生きて行くためにはあらゆる場面でエネルギーが必要である。

  たとえば、これまで「DNAの必要な部分の転写が起こってmRNAが作られた」とか、「2つのアミノ酸がペプチド結合をつくってジペプチドになった」とか、サラリといってきた。しかし実際にこれらの反応が生体内で起こるためには、酵素とエネルギーが必要である。酵素はもちろん生体内で活性化エネルギーを下げるが、ゼロにすることはできない。

  たとえば、X(AB)という化合物が加水分解されると、−ΔG(下の図の左b-c)のエネルギーを発生してY(AHとBOH)になる。しかしながら、反応が進むためには最初の山である活性化エネルギー(a−b)を越える必要がある。酵素はこの山の高さを低くすることはできるが、ゼロにすることはできない。

 このようにエネルギーを発生する反応を発エルゴン反応(exergonic reaction) とよぶ。今の反応の逆反応(上の図の右)には、当然エネルギーが必要になる(吸エルゴン反応、endergonic reaction)。この場合は、a−c以上のエネルギーを供給する必要がある。

 タンパク質や核酸を生合成(biosynthesis)する反応は、すべて吸エルゴン反応である。そこで、生体内では吸エルゴン反応と発エルゴン反応を共役(coupling)させて、エネルギー収支があうようにしている。このために使われる発エルゴン反応がATPの加水分解である。

 ATPは、RNAのところで出てきたリボヌクレオチドの一種である。アデノシン一リン酸に、さらにリン酸が2つ結合したアデノシン三リン酸が正式な名称だが、ATPという名前のほうがいまや一般的である。

  上の図で示されたATPの左端にある2つのリン酸は不安定で、加水分解されてエネルギーを放出することができる。実際には酵素の助けを借りて、ATPは左端のリン酸を切り放してADPになるときに、エネルギーを放出する。ADPはさらにもう一つのリン酸を切り放してAMPになりエネルギーを放出することもできる。一度に2つのリン酸(これをピロリン酸と呼ぶ)を切り放すこともある。

 実際には下の図にあるように、ATPからリン酸が反応する分子に移され(これをリン酸転移反応、transphosphorylation、あるいは単にphosphorylationという)、反応する分子を活性化して、相手の分子と反応することが多い。このような反応を触媒する酵素をキナーゼ(kinase)と総称する。この例は、アデノシン一リン酸の3’末端に、シチジン一リン酸が付加され、5’→3’へ伸びて行くときの反応のようすである。

  このように、ATPはエネルギーを蓄え供給する分子として、とても重要である。ATPはエネルギーの貨幣(energy currency)なのである。仕事をすると貨幣の形で給与がもらえ、この貨幣を使って必要なものを買う。これと同じ様に、食物を食べてそのエネルギーを使いやすい単位(ATP)に変えて、必要に応じて使うのである。

 もう一つここで知っておかなければならない重要な共役反応は、高エネルギー電子と水素原子を運ぶ反応である。この反応を担う分子はNAD(nicotinamide adenine dinucleotide、ニコチンアミノアデニンジヌクレオチド)とNADP(nicotinamide adenine dinucleotide phosphate、ニコチンアミノアデニンジヌクレオチドリン酸)である。この2つの分子の役割は異なり、水素を奪って異化反応にはたらくのがNADで、水素を与える同化反応にはたらくのがNADPである。ここでは前者のみに注目する。

 NADは水素原子と2個の電子を奪って、自分はNADH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)になる。この反応を触媒する酵素は脱水素酵素(dehydrogenase)である。

 さて、これらのことを頭に入れて、ATPはどのようにして作られているのかを見てゆこう。

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2.エネルギー獲得の概観

  食物の三大栄養素は、タンパク質、炭水化物、脂肪である。それぞれ消化の過程で、構成する単位に分解され、目的に応じて使われる。エネルギー源としては、炭水化物と脂肪が使われるが、ここでは炭水化物を中心として見てゆこう。炭水化物は、消化によって最終的にはブドウ糖に変換される。

  ヒトの血液中にはおよそ80〜100mg/100mlのブドウ糖が存在する(血糖値)。これは食べた食物から来るし、必要に応じて貯蔵してある肝臓のグリコーゲン(glycogen)を分解して放出される。

 ブドウ糖は血液中から細胞に取り込まれ、1)解糖(glycolysis)、2)TCA回路(クレブス回路)、3)電子伝達系と酸化的リン酸化系をへて、二酸化炭素と水に分解され、エネルギーが取り出される。

 燃焼の場合は、次のような反応だが、生体内での酸素による爆発的な酸化ではなく、脱水素によって段階的に酸化がおこなわれ、この水素が酸素に渡されて水ができる。その運搬体となるのは、もちろん上で述べたNADである。

   燃焼  C6H12O6+6O2 → 6CO2+6H2O

   生体内 C6H12O6+2NAD+ → 2ピルビン酸+2NADH+2H+ 1)
        2ピルビン酸+8NAD++2FAD → 6CO2+8NADH+8H++2FADH2 2)
          
10NADH+10H++2FADH2 → 10NAD++2FAD   3)

        上の式でADP+Pi → ATP は省略


3.サイトゾールで解糖 

 解糖は、後で述べる無気呼吸でも有気呼吸でも必ずたどる、最初の共通のステップである。解糖は次のようなステップで進む。

  それぞれのステップはもちろん酵素が触媒する。これらの酵素はいずれもサイトゾールに存在している。

(1): hexokinase, (2): phosphoglucoisomerase, (3): phosphofructokinase, (4): aldolase, (5): glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase, (6): phosphoglycerate kinase, (7): phosphoglyceromutase, (8): enolase, (9): pyruvate kinase。

  1個のブドウ糖から(4)の働きで2個のグリセロアルデヒド三リン酸ができるので、これ以降はすべて2個づつで進行する。したがって(6)と(9)でのATPも2個づつ、合計4個できることになる。(6)と(9)でのATPの産生は、基質レベルのリン酸化(substrate-lebel phosphoryation)によっておこり、あとで述べる酸化的リン酸化とは異なる。

 つまり解糖によって1個のブドウ糖から4個のATPができることになる。(1)と(3)で2個のATPを投資しているので、差し引きの儲けは2個のATPということになる。また(5)のステップでNADHが2個できる。

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 Metabolic Pathway of glycolysis

 解糖系は生物の進化の非常に早い時期にすでに完成していたと考えられている。原核生物の嫌気的細菌では、解糖によって酸素を使わずにATPを 生産している(無気呼吸、anaerobic condition)。

 解糖系を動かし続けるためには、NADHをもとのNADに戻してリサイ クルしなければならない。そのためには水素を受け取ってくれる分子が必要になる。

 無気的な 条件下で水素を受け取る分子には2種類ある。一つは1)無機化合物、もう一つは2)有機化合物である。

 1)無機化合物には硝酸塩や硫酸塩がある。硝酸塩還元細菌などがこの例である。

 2)有機化合物にはエタノールや乳酸がある。たとえば、酵母菌は解糖の結果できたピルビン酸をアセトアルデヒドに変え、さらに解糖の過程で生じたNADHを使いアセトアルデヒドを還元してエタノールを作っている(アルコール醗酵)。乳酸菌による乳酸醗酵では、ピルビン酸がNADHで還元され乳酸が作られる。

 ヒトに有用な有機物が生じる これらの過程は醗酵(fermentation)とも呼ばれる。

 真核生物では、酸素の供給がある状態では、ピルビン酸はミトコンドリア内に取り込まれる。酸素が不足すると無気呼吸 を行うことがある。たとえば、酸素の供給が十分でないと骨格筋では無気呼吸によって乳酸が蓄積する。

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4.ミトコンドリア内で効率的なエネルギー生産

1)TCA回路

  ミトコンドリアの基質に取り込まれたピルビン酸は、すぐに補酵素A(CoA)と結合してアセチルCoAになる。この過程は単一のステップではなく、触媒する酵素(ピルビン酸脱水素酵素)は3種類の酵素(pyruvate decarboxylase, lipoamide reductase-transacetylase, dihydrolipoyl dehydrogenase)の複合体である。しかも一つ一つの酵素が複数個あつまった大きな酵素複合体となっている。そのため、効率よくアセチルCoAをつくることができる。 この過程で1分子のピルビン酸から、二酸化炭素が1つ、NADHが1つできる。

  アセチルCoAは、TCA回路(tricarboxylic acid cycle, citric acid cycle or Krebs cycle)に入る。TCA回路は名前の示すとおり、複数の酵素反応がサイクルを形成している。簡単にいえば、アセチルCoAはオキザロ酢酸にアセチル基を渡しクエン酸になる。以後、 7ステップの酵素反応で、最初に入ったアセチル基の炭素数である2個の二酸化炭素が放出さ れ、3個のNADH、1個のFADH2、1個のGTPが生成し、ふたたびオキザロ酢酸にも どる。この酵素反応はすべてミトコンドリアの基質で行われる。

  回路に入った2個の炭素は、最初の1回転ではなく、次の回転以降に二酸化炭素となって系 から出て行く。

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 Metabolic Pathway of Krebs cycle

2)酸化的リン酸化

  こうして生成されたNADHとFADHは、ミトコンドリア内膜に埋め込まれた酵素複合体に電子を渡し、この電子は最終的に酸素に渡され、まわりにある水素イオンと結合して水を生成する。このときにNADHとFADHの持っていた高エネルギー電子がATPを合成するために使われる。この過程を電子伝達系(electron transfer system)と呼んでいる。

  ATPが生成するおおまかな過程の模式図が次に掲げてある。電子伝達系に関与する酵素は3種類ある(いずれも単一の酵素ではなく複合体である)。

 NADHは2個の電子を 最初の酵素に渡すと、この電子は酵素に含まれる鉄原子や銅原子をたどってゆきながらエネルギーを放出し、このエネルギーでミトコンドリア基質中の水素イオン(プロトン)を基質からミトコンドリアの膜間腔に汲み出す。2個の電子が3種類の酵素複合体をたどって酸素 に渡されるまでに、3個のプロトンが基質から膜間腔に汲み出される。

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 Oxidative phosphorylation

  こうしてプロトンが次々と汲み出されると、基質と膜間腔の間にプロトンの濃度差が生じる。 このプロトンの濃度差が最終的なATPを合成する仕事を行うのである。プロトンは濃度差にしたがってミトコンドリアの内膜に埋め込まれた膜貫通タンパク質であるATP合成酵素(ATP synthase)のトンネルを通って元の基質に戻ろうとする。ちょうど蒸気がタービンを 回すように、プロトンの動きによってADPからATPへ変換される。1個のプロトンが1個 のATPをつくるので、NADH1個から3個のATPが作られることになる。この一連の過程を酸化的リン酸化(oxidative phosphorylation)と呼んでいる。

  こうしてつくられたATPはミトコンドリアからサイトゾールへ出て行き、そこで細胞の活動に使われる。

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