微細加工技術による毛細血管のパターン形成と再生医療への応用

 

分子細胞機能学

森田育男

 

再生医療はゲノム医療と並んで今世紀最も期待される医療技術といわれる。自己幹細胞を使った再生医療では移植組織、臓器は免疫拒絶を受けず、また、幹細胞の高い増殖能を利用して、ほぼ無尽蔵に移植臓器を作り出すことが出来るといわれる。そして再生医療において、その再生組織への栄養・酸素供給のための血管新生が重要課題のひとつである。

最近、血管新生の分野において、血管内皮細胞に選択的に作用して、血管新生を調節する因子や、血管内皮細胞に発現して血管の形成を調節する分子が次々に同定され、血管新生についての理解が深まっている。しかし、再生組織作成という観点から、実際に毛細血管をデザインした通りに作成し、生体に用いることは不可能であった。

本研究では、あらかじめ血管網をin vitroでパターニングし、移植片もしくは生体適合性材料とともに生体に戻すことにより、損傷部位の再生への時間の短縮を目的としている。本シンポジウムでは、基盤への細胞のパターニング、組織への転写、管腔形成の過程と今後の医療への応用、さらに企業との関係などについてもお話したいと思っている。

 


 

mRNAのスプライシング異常に起因する疾患群とその分子治療

萩原 正敏

東京医科歯科大学大学院疾患生命科学研究部形質発現制御学研究室

 

多細胞生物では比較的少数の遺伝子から、選択的スプライシングにより多種多様なバリエーションを生み出している。我々はmRNAスプライシングを司るSR蛋白質群のリン酸化・脱リン酸化制御に着目して、そのリン酸化酵素群(SRPK,CLK,hPRP4など)をクローニングし、その機能を特異的に阻害する低分子化合物を探索してきた。我々の見出したbenzothiazol化合物TG003は、CLK1依存的な選択的スプライシングを抑制し、Clkの過剰発現によって惹起されたアフリカツメガエル初期胚の発生異常を正常化できる。遺伝性神経疾患、悪性腫瘍、早老症などで、原因遺伝子のスプライシング異常が見出されるとの報告が増えつつあり、我々の見出したClk阻害剤TG003は、その治療薬となる可能性がある。またウイルスでも一本のpre-mRNAが選択的スプライシングされることによって、多様なウイルス蛋白質をコードする複数のmRNAが産生されるので、我々の化合物は、HIVなどのウイルス産生を抑制する画期的抗ウイルス薬となり得る可能性がある。


間葉幹細胞源としての海綿骨酵素処理細胞群

東京医科歯科大学大学院運動器外科学   宗田 大(むねたたけし)

 

骨髄液由来の間葉幹細胞は、優れた増殖能と多分化能を有し、再生医学の細胞源として魅力があり、これらを用いた臨床応用も報告されている。しかしながら成人の骨髄液中には幹細胞の頻度は低く、個体差も大きい。特に高齢者では骨髄液の採取自体が困難なことがあり、臨床応用を考慮する場合、その実施に際して大きな障害となる。この問題点を解決するために、海綿骨をコラゲナーゼ処理して遊離する細胞群に注目し、骨髄液由来の間葉幹細胞と比較した。海綿骨、骨髄液ともに同一の骨髄穿刺針を用いて採取し、ドナーへの侵襲は同等であるが、海綿骨由来細胞は有核細胞数あたりのコロニー形成率が100倍高く、高齢者を含む16人のドナー全員から2週間で100万個以上の接着系細胞を回収できた。またこれらの細胞は骨髄液由来の細胞と、増殖能、多分化能、遺伝子発現、表面抗原等において、同等であった。海綿骨は間葉幹細胞の供給源として有用であり、再生医療実現の可能性を高める。

 


癌診療における臨床ゲノム科学の展開

 

東京医科歯科大学難治疾患研究所

三木義男

 

 がんに対する化学療法は、新しい薬剤や治療法の開発によって著しい進歩を遂げてきた。しかし、その治療効果や副作用は個人によって千差万別であり、現時点ではそれらの予測に基づいた適切な治療の選択法はない。治療前に各種抗癌剤の治療効果や副作用を予測できれば、より適切な治療法の選択につながり、治療成績向上に貢献できると考えられる。そこでわれわれはゲノム科学を応用し、がん患者における体系的解析により得られた遺伝子情報を基に、(1)がんの化学療法剤感受性を規定する遺伝子群の同定、(2)癌患者の化学療法剤感受性や副作用を規定するSNPsの同定を試みている。本発表では乳がんを対象とした研究を中心に報告する。

 


薬物徐放による局所的な骨の増加と骨補填材への応用

大学院医歯学総合研究科 インプラント・口腔再生医学 春日井昇平

 

歯科臨床においては局所的な骨の不足が問題となることが多い。1999年にコレステロール合成阻害薬のスタチンが骨芽細胞のBMP2の発現を上昇させる作用を示すことが報告された。そこで、歯を抜いた抜歯窩にスタチンを局所適用したところ、抜歯窩の治癒が促進し抜歯部位の骨が増加する現象を我々は観察した。スタチンは血中のコレステロールを下げる目的で患者に長期全身投与される薬物であり、その安全性については充分に検討されている。スタチンを局所的に骨に作用させた場合、重篤な副作用が起きる可能性は極めて低い。我々の研究をさらに発展させることにより、簡便で有効な骨の増量法(骨補填材、骨増量剤)を開発できる可能性は高いと考えられる。

 


複合人工骨材料の臨床応用に向けて

整形外科学分野 四宮謙一

今回、学際的および企業との臨床応用の現状を述べる。腰椎後側方固定術には現在自家移植が用いられている。しかしながら、腸骨から自家骨を移植する場合に、術後に採骨部痛、外側大腿皮神経障害、感染などを引き起こすこともある。このような合併症を防ぐためにも、現在2つの手法で人工骨材料の商品化を目指している。第1は骨の基質に似た材料として開発されたハイドロキシアパタイトコラーゲン複合体(独立行政法人物質材料研究所との共同研究)にBMPs(米国S社との共同研究)を結合させ効率よく骨を形成させる方法で、骨補填材料として現在臨床治験中(P社との共同研究)である。第2の方法は、既に市販されている人工骨材料に骨髄液から増殖・分化させた骨芽細胞系の細胞を人工骨材料に生着させて骨形成を完成させるものである。技術的な問題点はほぼ解決でき、材料と細胞を加えた新たな複合人工骨材料として臨床治験を申請している。