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研究者の息継ぎ

おおてき  としあき
樗 木 俊 聡

 内藤財団時報第70号(2002年9月発行)でエッセイを書かせて頂いてから4年8ヶ月が過ぎた。当時は秋田大学で研究室を立ち上げる時期であったことを考えると、研究室を構えてからも4年8ヶ月ということになる。立ち上げ時期、そして今年度もまた内藤財団から温かい御支援を頂いたことを心から感謝している。お陰さまで、ようやくここ秋田の地にも免疫学の研究室をつくることができた。助手3人、ポスドク2人、大学院生3人(臨床から2人)、技術員3人、総勢10人程度の小さな研究室ではあるが、私にとっては全員と議論ができる丁度良い大きさである。地方大学でも良い研究成果が挙げられることを何とか証明したいと、皆と日々もがきながら研究を続けている。大学の教員は、研究以外にも学生の教育や委員会などの仕事があり、研究に割ける時間が限られることは致し方ないが、研究以外に自分の存在意義を見い出そうとするのは一基礎研究者としては些か情けない。必勝ダルマも高崎から取り寄せたが、目を入れるのは満足のいく研究成果が出た時と堅く心に決め、未だに両目が入っていない(普通は片目を入れるものらしいが)。

 長く水中に潜っていると苦しくて息継ぎがしたくなる(論文を出したくなる)。この息継ぎのタイミングは個々の研究者の心肺機能によって異なる。潜っている時間の長さと比例して良い論文が出る保証などどこにもないが、細切れに息継ぎをしていては大きな成果は期待でき難い。私の心肺機能はいか程のものか?幸いにして、昨年、水中で意識が薄れかけていたときに息継ぎをする機会に恵まれた(Nat. Immunol. 7:740-746 (2006))。長らく潜水しているとたまに吸う空気はありがたいし格別にうまい(オーパスワンもアルマヴィーバも比ではない!?)。この瞬間が忘れられなくて、また自ら水中に潜る。もちろん、大学院生に学位を取らせなければいけない、留学前に論文をまとめさせなければならない、あるいは論文を出しておかないと研究費がとれない(=研究継続不能)などのさまざまな現実的要因が絡み合い、息継ぎをしたくないタイミングでしなければならないこともあるが・・・。研究を続けられることに感謝しながら、これからも教室員の皆ともがいていきたい。そして良い息継ぎができた時には、オーパスワンやアルマヴィーバで教室員と喜びを分かち合い、盲目のダルマに片目を入れてみたい。

内藤財団時報第80号(2007年9月発行)より転載

留学時のボスとの再会

 

                     東京医科歯科大学難治疾患研究所  教授  樗木 俊聡

 私が内藤財団の助成金でスイスに留学したのは1992年。あれから23年、内藤財団への寄稿は4回目、何度となくご支援いただき今日まで研究を続けられた証である。この場をかりてお礼申し上げたい。留学時のボスである免疫学者Robson MacDonald (Rob) 博士の定年を1年後に控えた昨年秋、スイスローザンヌに彼を訪ねた。街並みや趣のある駅舎も当時のままで、留学時の記憶が鮮やかによみがえる。駅前のホテルに1泊して、翌日、Robが所長を務めるルードウィヒ癌研究所で講演を行った。驚いたことに、私の留学時にポスドクや大学院生だった旧知の面々が、この研究所で数多くPIになっており、私の講演に来てくれた。講演の冒頭、スペインのテニスプレーヤー、ナダル(私は彼の野性味溢れる表情が気に入っている)のpptスライドを出したところ、“おいToshi(私の名前)、ここはスイスだ!ナダルではなくフェデラーだろ(怒)!”研究とは無関係の鋭い指摘も嬉しい。講演後、旧知のPI数人と個別に話したが、改めて、研究者としてだけでなく人としての“揺るぎないidentity”を確認できた。夕食はRob & Lana夫人の自宅に招かれた。極めつけは2000年のレ・フォール・ド・ラトゥール、素晴らしい香りと味を楽しみながら四方山話に花を咲かせた。私にとっても、自身の“揺らぐidentity”を見つめ直す意義深い旅となった。

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左から、者、Lana、 Rob、彼らの自宅前で。

内藤財団時報第96号(2015年9月発行)より転載

ローザンヌの駅舎

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新たな教室を開くに当たり

おおてき としあき
樗  木 俊  聡

 1987年に東北大学大学院歯学研究科で免疫学の研究を始めてから15年,昨年9月1日より秋田大学医学部生体防御学分野(旧寄生虫学講座)で研究室を開設させていただきました.私はこれまで素晴らしいボスのもとで薫陶を受ける機会に恵まれてきました.講義中,「免疫学には夢がある!」という熊谷勝男先生(東北大学名誉教授,現ティーセル研究所所長)の一言がこの世界に入るきっかけでした.熊谷教室で熊谷勝男先生と安保徹先生(新潟大学医学部教授)には,免疫学の醍醐味とお酒の嗜み方をご教授していただきました.1992年に東北大学を離れてスイス・カナダでの5年5カ月の留学生活を経験しましたが,各々の留学先のボスであるRob(H. Robson Mac-Donald,ルードウィヒ癌研究所副所長)と Pam (Pamela S. Ohashi,オンタリオ癌研究所・トロント大学教授)が私の研究の興味を尊重してくれたのは何より幸運でした.そして小安重夫先生(慶應義塾大学医学部教授)には私が独立するチャンスをいただきました.すべてのボスとは今も交流が続いており,まったく違うタイプの5人のボスと出会ったおかげで,私なりに”めざすボス像”が朧げながら見えるようになった気がします.

 秋田大学医学部生体防御学分野(旧寄生虫学講座)は秋田大学創設(1970年)以来,主に寄生虫学の教育と研究を行ってきており,免疫学会の会員の皆様はあまり御存知ないかもしれません.秋田大学医学部から私に託された使命は「免疫学の研究と教育」です.秋田大学への赴任が決まったとき,多くの先生方から貴重なご意見をたくさんいただきました.楽天派(?)の先生方は,「焦らずに5年ぐらいかけてゆっくり免疫学のラボを立ち上げなさい」「寄生虫学の勉強もするの?大変だな」「秋田は酒がおいしいよ!美人が多いねえ」.激励も兼ねてのアドバイスとポジティブに解釈しています.厳格派の先生方は,「教授は所謂すごろくの”あがり”ではない」「焦らないとダメだ」「遅くても2年以内には初めの論文を出さないと忘れられる」.

 私も基本的には後者の意見に賛成ですが.個人の資質の限界もあり,最後は自分の体力や精神状態と相談した上で「焦り」の度合いを決めることになりそうです.一流の料理人は平凡な材料からでもおいしい料理を作り出すことができます.平凡な料理人にも素晴らしい材料と調理場があればおいしい料理をつくることは難しいことではないでしょう.また,基礎講座の教授にとっては”研究が全て”であり,研究者は他の誰もが見い出していないものをいち早く見い出し証明することによってのみ自分の存在意義を確認することができることも承知しているつもりです.私の真の実力が試されるような気がしています.

 私は留学中に自然免疫系を担うNK細胞,NKT細胞,上皮内γδT細胞の研究を行い,それらリンパ球に共通かつ必須の分化因子がIL-15であることを見い出しました.帰国後も,IL-15が樹状細胞やマクロファージの機能成熟に重要であることを明らかにできたことは幸いでした.私の研究テーマには一貫性があるように見えるかも知れませんが,「いろいろやっていたら結果としてそうなってしまった」というのが正直なところです.小安重夫先生の御好意により分家先の秋田でもIL-15の研究をテーマの1つとして続ける予定でおり,今後はin vitroで見い出した知見の生体内での重要性をさまざまな病態モデルを用いて検証してみたいと考えています.

 免疫系は,さまざまな外来性病原体の侵襲から生体を守るという古典的な概念にとどまらず,個体の恒常性維持に必須の監視システムと理解されています.私は今後も,この免疫学はもとより生命科学の”謎解き”の世界に魅了され続けていくに違いありません.しかし,生命科学の神秘の前では人間の英知(私の英知だけかもしれませんが)など微々細々たるものです.これまで多くの自然科学者が寄ってたかって”謎解き”をしてきたにも拘わらず依然として謎だらけです.また,少々品のない言い方かも知れませんが「遂にあこがれの女性のハートを射止めた(大発見をした)と思っていたのに,冷静になって考えてみたら手も繋いでいなかった(大した発見ではなかった)」こともしばしばです.「この世界で生かされて謎解きをさせてもらっている」という姿勢を忘れずに粘り強く研究を続けていくことで何かを形に残せれば! と考えています.

 今後とも免疫学会の先生方の御指導の程よろしくお願い申し上げます.

JSI Newsletter Vol.11 No.1 2003年4月より

年相応の研究者に見られることを夢見て

おおてきとしあき
樗 木 俊 聡  

 1987年に東北大学大学院歯学研究科で免疫学の研究を始めてから15年の月日が 流れた。1992年に東北大学を離れてからスイス・カナダでの5年5ヶ月の留学生活 を経て、ついこの前慶應義塾大学に就職したと思ったら”あっ”という間に4年が 過ぎた。このぐらい書けば私の年齢は凡そ御想像がつくであろう!?ところ が・・・である。事件は1996年夏、トロント留学中に起きた。当時のボスである Pam (Pamela S. Ohashi) のところには2ヶ月に1度程度の頻度で免疫学の大御所の訪問があり、夜はPam、大御所、研究室の希望者3〜4名で食事というのがお決まりのコースであった。その日はRolfZinkernagel博士(この2ヶ月後「自己 と非自己の識別」に関する業績でノーベル医学生理学賞受賞)がPamを訪ねてい た。食事中英語で話すのもしんどいのでこのような機会を極力避けていた私だ が、Zinkernagel博士と食事できるのは最初で最後かもしれない!?と一念発起 して参加した。何と席はZinkernagel博士の隣!各人が研究の紹介をさせられた後の彼と私(当時34才)の会話。「ところで君はいつ学位を取る予定?」「私は ポスドク(しかも2回目)ですが・・」帰国後も同じような事件は続く。2000年のマクロファージ研究会(京都)でのベルギーのモーザー博士と私(当時38才) の会話。「私の研究室にポスドクで来る気ある?」「私は既に日本でポジション(助手)を持っているんです」「ゴメン、若く見えたから!」この辺りまでは”さもありなん”。なぜなら外国では一般的に日本人は年齢より若く見られるからである。ところが今年4月(当時40才)の胸腺研究会(京都)で駅からタクシーに乗ったときのこと。後部座席には東海大の垣生園子先生と現在のボスである小安重夫先生、そして運転手の隣の席には私。運転手曰く、「今日は入学式で すか?」3人とも唖然!である。運転手はなんと私が新入生(大学)で後部座席 の先生方は私の両親だと思ったのである。最後に5月の東京免疫フォーラムでのこと。私の発表が終わったあとの懇親会でどこかの大学院生が小安先生に、「先生のところの大学院生(私のこと)の話、面白かったですねえ」ここまでくるとまったく嬉しくない。今回、内藤財団の選考過程に面接がなかったのが幸いし て運良く2001年度科学奨励金をいただくことができた。貫禄をつけてハッタリを 効かせながら発表することは研究の本質とは直接関係ない(と思いたい)が、今後も続くであろう学会発表や面接などの機会に自分自身をいかに年相応に見せられるかが、私が一人前の研究者として認められるための重要なポイントであることも恐らく確かである。

内藤財団時報第70号(2002年9月発行)より転載

国立大学法人 東京医科歯科大学 (TMDU)
難治疾患研究所
生体防御学分野
Department of Biodefence Research, Medical

LAST UPDATE !: 2021.03.26

ESSAY
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敢えて10年先を考える

東京医科歯科大学難治疾患研究所  教授  樗木 俊聡

 

 2006年度内藤記念科学奨励金・研究助成に採択された時、私は秋田大学でラボを立ち上げて4年目、やっと1つ論文が出た頃だった。それから10年後の現在、東京医科歯科大学でラボを持って7年目になる。これから10年後はWho knows? 未来志向で目標を設定することは必要不可欠であろう。ズバリ、10年で1つ良い仕事を!大学は生き残りをかけて多くの目標を掲げ走り続けている。研究者を取り巻く環境も厳しさを増し、出口志向の研究を求められる機会も多い。大学で生命科学研究を行う基礎研究者は、個々人の揺るぎないidentity (立ち位置)を決めておかないと、優先順位付けをきちんとしておかないと、研究の将来ビジョンをイメージしておかないと、日々目先の仕事をこなすことに追われ、気付いてみたら研究生活が終わっていたなんてことになりかねない。良い仕事とは、敢えて昨今の施策を顧みずに言えば、究極的には自分が100%満足できる仕事だと思う。Serendipityという言葉が好んで使われるくらいだから、狙い通りにことが運ぶことは、多くの研究者にとって極めて稀であろう。過去に満足することなく、10年後の目標を適度に設定して、大胆かつ諦めずに日々継続することが、可能性を高めてくれる唯一つの方法なのかもしれない。言うは易し、、である。

内藤財団時報第97号(2016年3月発行)より転載

おもうこと


生体防御学分野 教授   樗 木  俊 聡

1991年、日本学術振興会特別研究員として研究職に身を置いて以来、東北大学歯学部助手、ルードウィヒ癌研究所(スイス)およびオンタリオ癌研究所(カナダ)ポストドクトラルフェロー、慶應義塾大学医学部助手・講師、秋田大学医学部教授を経て、2009年3月、東京医科歯科大学難治疾患研究所教授に着任しました。みなさま、改めまして、どうぞ宜しくお願い申し上げます。その間18年余り、長くても一カ所に6年半、その度に新しい人間関係を構築し生活を立ち上げていく労力は相当なものですが、一方刺激的で楽しくもあります。私は怠惰者ですから、半ば強制的に自らを新しい環境におくことが自分をimproveするためのよい機会と捉えています。  

 免疫学には夢がある!とは恩師熊谷勝男先生(東北大学名誉教授)のことばです。私もそう思います。当時歯学部の学生だった私はこのことばに魅了され(= 騙され)研究の道を志しました。しかしながら、閉塞感が充満している今の時代、当時の様にのんびり研究を行うことは難しくなりました。日々研究成果を問われ、成果が出ないと研究費がとれない=研究継続不能という悪循環を逃れるため、多くの研究者は、その先には先細りの研究しかないことに薄々気付きながらも、あたかも自ら踏襲してきた研究路線以外興味がないフリをして、成果の出や すい目先の研究に走りがちです。しかしながら、苦しい時こそ必要なのは「無駄な研究」ではないでしょうか。教授にオーダーされた研究でもなく、採択された科研費の研究課題に即した研究でもなく、個人のmotivationと自由かつ大胆な発 想に基づく遊びの研究です。この手の研究はdutyの合間に行わざるをえないため 時間の捻出が難しく、かつ無駄な結果に終わることがほとんどですが、確率の少ない「当り」こそ将来への布石です。そしてその「当り」は、ギリギリの精神状態に追いつめられた息の根が止まる寸前の研究者の眼前に突如として現れることがあります。  

 研究は大きな成果を求めるほど不断の努力を要求されます。電車に乗っている時も風呂で頭を洗っている時も夢の中でも「あの実験はどうすればよいか?この結果にはどういう意味があるのか?」等々常に研究のことを考えています。答えを得られぬまま過ぎることがほとんどですが、私の拙い経験では、この一見「無駄な瞑想」に割く時間が多ければ多いほど、突然答えが見つかる(ひらめく)可能性が高まるような気がします。忙しい雑務の合間の休憩時間に瞑想する程度では、ひらめきが生まれる可能性は皆無です。私の最大のストレスは、この「無駄な瞑想」に割ける時間が昨今著しく減ったことです。若い研究者は「無駄な研究」と「無駄な瞑想」漬けの日々を送るべきです。  

 すべての研究成果は先人たちの多くの成果の上に積み重ねられていきますが、それでも他人が命がけでとった獲物を食して日々生計を立てるのではなく、自らとった獲物を多くの人に分け与えることができるような研究成果に出会えれば、この世に生まれ研究に人生を賭して良かったと思えるような気がします。まだまだそのレベルには達していませんが、もがきながら日々研究を続けることで、新装開店の地お茶の水からも、みなさまに多くの研究成果を報告できればと思っています。そして最後に、次代を担う若き研究者の「無駄な研究」に幸あれ!

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                              東京医科歯科大学難治疾患研究所 樗木 俊聡

松島綱治先生におかれては、東京大学医学部での長年にわたる教授職の任期を終えご退官を迎えられたこと、多くの研究者育成に尽力されたこと、今なお高い研究アクティビティを維持・継続しておられることに心から敬意を表したい。

 先生の輝かしい業績の数々は、私如きが述べるまでもなく、多くの先生が他稿で必ずや紹介するはずで、ここでは割愛させていただく。先生は、生命現象や疾患への深い洞察力はもとより、社会へ還元する意識を強く持たれている研究者だと私は思う。私を含むほとんどの研究者が基礎研究だけでも覚束ず、社会還元に至っては出口の光すら見えない中で、松島先生の基礎研究と社会還元のバランス・立ち位置は絶妙で、このバランス感覚は、ケモカインのプロトタイプCXCL8とCCL2を米国で同定された当初から一貫しておられるように思う。松島研のホームページでも“研究のゴールは、普遍的生命現象の根幹に関わる機序を解明する、もしくは疾患予防・病態改善・治療につながる重要な標的分子を提供することと、それに基づくワクチン・抗炎症剤・免疫制御剤・がん治療薬の開発である”と述べておられるが、言葉を選ばずに言わせて頂くなら、松島先生は、生命現象の根幹解明(ケモカインプロトタイプの同定)と創薬開発の両方を達成した“バケモノ”である。

 バケモノの所以は他にもある。松島先生は多くの国内外学会や研究会で会長を務めてこられた。昨年の国際サイトカイン・インターフェロン学会(ICIS2017)や2009年の国際炎症学会(WCI2009)でも会長を務められ、大成功裏に終わったのは記憶に新しい。マクロファージ分子細胞生物学研究会(MMCB)も、松島先生が30代の1991年に金沢で立ち上げている。私はこのような研究者を知らない。以来今日まで25年間、毎年日本各地でMMCBが開催されている。昨今免疫学会でも英語化が推進されているが、MMCBでは当初から国際シンポジウム形式(英語化)を取り入れていた。学会活動の重要性は認識していても、自ら積極的に学会や研究会を立ち上げ、会長を引き受ける研究者は少ない(というか、私などは余力がない)。一昨年松島先生からMMCBを引き継がせて頂いたが、私の力だけでは心もとない(松島先生、引き続きご支援を!)。松島先生は、研究を離れてもバケモノの片鱗を見せる。私もワイン愛好者の一人だが足元にも及ばない。先生は専門家も舌を巻くワイン好き特にブルゴーニュ通で、赤だけでなく白、シャンパン、デザートワインに関する品種、醸造法、温度管理、抜栓のタイミング、料理とのマリアージュなどに関する知識と万能の五感を持っている。現地ワイナリーまで訪れる。ゴルフや山登りも本格的で、基礎研究だけで疲れ果ててしまう凡人には“バケモノ”への道は程遠い。

 免疫学は成熟期を迎えており、松島先生の退官記念シンポジウムでは「炎症・免疫研究の未来を語る」と題したパネルディスカッションが行われた。免疫学の最大の特徴の1つは、免疫細胞がフットワーク良く目的地に移動するケモカインに依存した現象である。また、マクロファージの機能は免疫学をはるかに超えており新たな隆盛の気運である。ケモカイン研究に長年携わり、MMCBを四半世紀も先導されてきた松島先生は、やはり時代を先取りするバケモノである。

 

松島綱治先生退官記念誌より転載

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         恩師、小安重夫先生最終講義 2021.3.18

 

東京医科歯科大学の樗木でございます。慶應小安研同窓生を代表して、謹んでお礼と祝辞を述べさせていただきます。まずは、パンデミックの収束が見えない中、オンラインで素晴らしい最終講義「感染免疫研究に魅せられて」を拝聴する機会をいただき誠にありがとうございました。小安先生が慶應義塾大学に着任されたのは1995年10月、それから今日まで25年5ヶ月、ハーバード医科大学時代まで遡りますと、実に30年5ヶ月という長きに渡りPIとして研究を継続され、数々の素晴らしい研究成果を上げられ、この3月で大きな節目を迎えられました。何より健康で無事に一区切りの日を迎えられましたこと、誠におめでとうございます。また、大変お疲れさまでした。小安先生は、現在も理研の理事、免疫学会の理事長という要職につかれておりますので、寂しいという感情は抱いておられないと思います。先生は“元気印の塊”のような方で、私が慶應でご指導いただいた1998-2002年当時だけでなく、その後も、忙しい仕事の合間を縫って、バドミントンやサッカーをされていましたし、金曜夕方にはハッピーアワーと称して、ビールを飲みながら研究+アルファを語っておられましたので、この最終講義を境に、急に老け込んでしまう小安先生の姿など、誰も想像できないと思います。

小安研の同窓生なら、先生とカラオケをご一緒したことがあると思います。先生のレパートリーの中で、沢田研二の「勝手にしやがれ」は皆で盛り上がる定番ですが、私が個人的に好きなのは、さだまさしの「風に立つライオン」です。先生の現在の、さらには今後就任されるであろうお立場で、「風に立つライオン」の様に、これからの日本の基礎研究を、正しい方向に導いて頂きたいと、切にお願い申し上げる次第です。

最後に、旧慶應小安研スタッフ並びに茂呂先生と相談して、また同窓生の皆様にご賛同いただき、慶應で先生がラボをスタートされた1995年のシャトー・ラフィットと、ペアーのワイングラスを記念に送らせて頂きます。私事ではありますが、私は小安研に在職中、毎週土曜午後にワインスクールに通っていた時期がありました。今回のワインの選定に私の知識が多少役立ちましたので、当時のことは何卒お許しください。また、ワイングラスには「Memories from 1995 to 2021」とメッセージを入れさせていただきました。お忙しい時間の合間に、ご苦労を共にされた奥様とお楽しみいただければ、同窓生一同大変嬉しく存じます。簡単ではございますが、先生の今後の益々のご発展をお祈りして、私の挨拶とさせていただきます。この度は誠におめでとうございました。

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